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ホテル ロークジット  作者: 東京多摩
2/8

その2

「明日は槍衾。しかし、冷蔵庫の心臓は白く燃え上がり、ギターを酒におぼれさせた。だからこそ夢日記の筆者は夢になり、古道具屋に連れて行かれた!それが映画の弊害なんです!サハリンの西へ男は軽やかに生き、道は光であふれ…」

「「「よっ!!越後屋!!」」」



秋風の吹く大通りに停めてある選挙カーの上には、妙齢をはるかに過ぎた男が何人も立って演説しており、その周りにも多くの聴衆がひしめいていた。演説自体の内容は意味が分からないが、耳に響く人々の喧騒から逃れようと、私は足を速めた。

しばらく歩くと、真四角でサイコロのような建物が見えてきた。その建物は、白い壁に窓がところどころくっついていた。こちらの面は6だから、反対は1かなつぶやいて、街路樹とブロック塀の間を歩いていった。


重厚、それでいて優美。分厚い木製の板に細かく、かつ繊細に草花と鳥が彫り込まれている。サイコロの入り口は、そんな木製のドアで締め切られていた。ドアの横にある呼び鈴を鳴らすと、ブーと低音が聞こえた。


少し待った。誰も出てこない。もう一度鳴らす。またブーと音が鳴った。しかし、誰も出てこない。再度呼び鈴を鳴らす。待てど暮らせど誰も出てこない。


「呼び鈴をそう何回も鳴らすのは誰だい?ここは店員の出てこない深夜の居酒屋じゃないよ。」


不意に後ろから声をかけられた。驚いて後ろを振り返ると、白衣に眼鏡をかけた、割合若い男が立っていた。歳は20代の後半から30代の前半ほどだろうが、少し扱けた頬がより歳を感じさせていた。


「あぁ、今日来るって言われてた子か。」


いぶかしげな顔のまま、男はなにか納得したのか腕組みをしながらうなずいていた。


「初めまして。これからよろしく。」


寸分も動かず、私に対する歓迎の白衣の男がが言葉をかけた。こちらも一応、よろしくお願いしますと声だけで返しておいた。


「はいはーい、お待たせしてすみませんねー。何か御用ですか?」


背中側から声をかけられ振り向くと、重厚な扉の隙間から女性が顔を見せていた。夜にこの状況になったら、ホラー映画のワンシーンみたいだな。ふっとそう思った。


「えー、ホラー映画って、そんなに私の顔、怖いですか?それとも、映画の主役みたいにきれいとか、かわいいってことですか?もちろん、後者ですよね!で、きれいとかわいい、どっちですか!?」


思っただけのはずだが、いつの間にかに口に出ていたようだ。鬼気迫る勢いで女性が私に近づき、とうとう鼻っ面が当たりそうな位置まで来てしまった。目は寝ていないのか血走りがあり、鼻息はものすごく荒い。白衣の男よりは若そうなのだが、状況と迫力で年齢にそぐわないオーラを出している。


「前者だろうが後者だろうが、お前は映画に出れるようなタイプじゃないよ。それより、何していたんだ。彼が待っていたのに。」


脱力と悲しみを目に湛えた白衣の男は、こちらを親指で指し、女性に対して少し怒ったような声を出した。もっとも、現在の状況に対して怒っているのか、それとも、仕事を遂行していないことに怒っているのかはわからない。


「片づけですよー。だってセンセー、書類に飽きたって外に行っちゃったじゃないですかー。だから代わりに整理整頓をしていたんですよー」

「そんな過去もあったような気がする。しかし、それとこれは話が別だろう」

「酷くないですかー。私のせいじゃないのにー。」


もー、プンプンです!と女性が腕を振り回しながら抗議していた。それに対して、白衣の男はあんまり口答えすると、減俸十分の十にするよ。と短く言った。そして、絶望に打ちひしがれている女性をしり目に、こちらにくるりと振り返り、真っ直ぐ私の目を見据えた。


「来て頂いたのに待たせてしまって申し訳なかった。これから、中を紹介しますから、どうぞ彼女の後について行ってください。」


手で指された女性は、えー、先生のお仕事じゃないんですかー。と間延びした声で不満を垂れ流していた。


「いいから仕事する!後で200円までお菓子買ってあげるから。」

「本当ですか!やーりい!」


先ほどの絶望がなりを潜め、花咲いたような笑顔を見せた。それじゃあ早速ついてきてください!レッツゴー!と、強引に背中を押されて、女性とともにサイコロへと連行されて行った。


中に入るさなか、白衣の男が内ポケットから紙を取り出し、ペンで何やら文字を書いているのが見えた。


その眼は、感情がなく、まるで深く、深く底の見えない沼のようであった。

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