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 とぼとぼと静枝は力無く歩いていく。

 今日もスーパーへ買い物へ。だが、今日の目的は夕飯の材料ではなかった。


「はぁ」


 今日は朝から散々だった。

 結局、朝食は昨日の夕食の残りものを温めただけに終わった。

 夫は「たまには…な」と苦笑していたが、娘には大層不評だった。

 二人を送り出した後も、洗濯機に洗剤を入れ忘れたり、テーブルを拭いている際に置いてあったガラスのコップに手を当て落としてしまった。

 粉々になったコップは結構高かったのに。


「なんなんだろ、今日は」


 わざとらしく愚痴っぽく口にする。

 本当は分かっている。

 それは忘れようとしているから。

 忘れようと考えて、考えすぎて他の事に気が回らなくなっているのに。


「そう言えば、昨日ここで…」


 半ば無意識に呟きが洩れた。

 洩れて慌てて口を塞ぐ。それも忘れようとした事だったのに。

 だけど、ここは確かに昨日少年と出会った場所。

 そして、今もまた少年はそこに立っていた。

 静枝はなるたけ顔を合わせないようにそのまま通り過ぎようとする。

 3歩。2歩、1歩。

 そして少年の脇を通り過ぎる。

 何事もない。

 そっと胸を撫で下ろす。


「いつになったら気付くのかな」


 背中からの声。

 思わずビクッと体が震え、足が止まる。


「いや、気付いてはいるんだよね、始めから。認めたくないだけで」


 聞いてはいけない。

 静枝の中で何かが警告を発する。

 ニゲロッ!

 逃げなければ。

 だが、足が動かない。


「待っている人もいるのに。それにも気付こうとしないの?」

「何が分かるのよっ!」


 叫んだ。

 叫んでから静枝は叫んだのは自分だという事に気付いた。

 そうあの少年には何も分かるはずもない。

 だったら、分かるのは誰?

 それは…


「そう、誰にも分からない。だからと言って、あなた自身が理解を拒否するのはどうかと思うよ」


 ヤメテッ!

 静枝の中で悲鳴が聞こえた。

 イヤッ!

 カエリタクナイッ!

 ココニイルノッ!

 ふいに手の甲に冷たい感触があった。

 そこに目をやると手の甲が微かに濡れていた。

 なぜ?

 さらに手の甲に水滴が跳ねる。

 そして気付いた。泣いているのは自分。


「やめて…」


 静枝は懇願する。


「私はここにいるの。あの人もあの子もいるここに」

「いないさ」


 少年の言葉が静枝の心を切り裂いた。まるで錆びた刃のように、無惨にもギザギザにささくれだった傷口を残して。


「うそっ!」

「いつまで目を背けるの?」

「うそよっ! 黙ってっ! 言わないでっ!!」


 ふいに少年の声が止まった。

 いつの間にか静枝は両手で顔を押さえて俯いていた。

 もしかしていなくなった?

 微かな希望と共に顔を上げる。だが、そこに少年はいた。

 何の感情も見せないで、ただ静枝をじっと見ている。

 そして、言った。


「ここは夢だ。あなたは現実に帰るべきだ」


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