3・うそつきなげぼく
そもそも、この護衛役はよくわからない男だ。
眼鏡で無口で、しゃべったと思えば淡々としていて。どうやっても親しみを抱こうとは思えないヤツだったけれど、私はそんなに嫌いではなかったりした。
実を言うと、件の王女も嫌いではない。
少なくとも媚びへつらって、私の機嫌を伺うような目をする連中よりは。烈火のごとく嫌悪するさまを隠そうともしない王女や、氷よりもさらに冷たい態度を崩さない彼がずっといい。
だって、嘘つきは嫌いだ。
そう、私は嘘つきというものが大嫌いなのだ。
「だからお前も嫌い」
夜。
嘘でなければひどい冗談でしかないことを言い出した、護衛役を私は切り捨てた。
当然だ。私でなくとも、誰もがきっとこの男を切り捨てたに違いない。むしろ言葉ですんでいるだけ私は、まだまだ優しく甘いはずだ。たとえばあの王女なら、兵士を呼んだはず。
それだけのことを言い放った男は。
「嘘ではない、と申し上げましたが」
と、涼しい顔で目を細める。
月明かりでもそれがはっきり見えて、なんだかすごく腹が立った。
嘘だろうがなんだろうが、この際どうでもいいこと。
「では、もう一度申し上げます」
そんなこと、できるわけがない。
「この手をとって、どうか一緒に逃げてはくれませんか?」
そんなこと、できるわけがないって、なぜこの男はわからないんだろう。そもそも、ここがどこかわかっているのだろうか。ここがどういうところで、どういう状態なのか。
現在、件の魔王はこことは別の離れにいる。何でも例のお姫様を横抱き――というか荷物みたいに片腕で抱えて、さっさと引っ込んでいってしまったらしい。
なにせ娘が一目ぼれしたとはいえ、元々嫁がせたくないから私を用意していた国王。もっとも恐れていた事態を前に、でも何もできなかったらしい。しかし口だけはそれなりに達者な人だったから、たぶん相手の魔王がカチンときてしまったんだろうな、と思う。
まぁ、要するに『既成事実』ってやつを、作るべくせっせと励んでいるらしい。
王女様も、難儀な人に惚れたもんだ。
今頃どんな状態なのか、おぉ、考えるだけで恐ろしい。
「王女はどうでもいいのですが」
どうでもいいとか、お前は本当にこの国に仕えている身分なのか。ひどいな。いたいけな女の子が、父親ぐらいに年齢の離れた相手に、哀れなことをされているかもしれないというに。
「今はあなたのことです。八つ当たりで公開処刑される前に、一緒に来ていただきます」
「やだ」
「あなたが先ほど気にしていた王女が、女性としてもっとも悲惨な目にあっても、同じような返答ができるならば。こちらとしては別に、構わないのですがね」
ん、んんん?
それはどういう意味なんだろう。女性として、もっとも悲惨?
あいにくそれを考えられるほどの知識が、私の頭脳には備わっていない。ただ、相当なことをされるんだろうな、とは思う。こういうときに、取引材料にするくらいなんだから。
「王――魔王は、あなたも共につれて帰るつもりです。叶わなければ、あの王女を罪人がつながれている牢獄に押し込みかねない。そうなれば、どういう目にあうかはお分かりですね?」
「……なんで?」
そこまでして、どうして私を連れて行かなきゃいけないのか、わからない。別にいいじゃないかと思うわけなのだ。邪教の聖女なんて、そもそも生かしておく理由がカケラもない。
そりゃあ、まぁ、王女様はかわいそうだけどね。
でも、私は別に生き長らえようとは、ちっとも思わないわけで。
「そうだった、あなたはそういう人でしたね」
呆れ気味に彼はつぶやき、ぐっと接近してくる。
む、もしや無理やり連れて行くつもりなのか。叶うとは思わないけれど、一応身構えた私だったけれど、彼はさも当然と言った様子で私のあごを持ってくいっと上を向かせて。
即座にふさいだ。
唇を。
硬直数秒、逃れようともがくほど息が苦しくて、しかも離してくれない。バタバタしているうちになんだか意識が遠のいてきた。おいおい、酸欠で意識が飛ぶとか勘弁してよ。
ぬるりと口の中に入ってきたそれを必死に、必死になって押し返し。
そして私は、そのあたりで意識がすぽーんと彼方へと飛んでいったわけで。