2・まおうさまのおよめさま
魔王魔王というけれど、相手は人間じゃない、なんてことはない。軍事力に優れた国の若き国王陛下のことで、その圧倒的な軍力に本人の威圧感などなどからそう呼ばれている。
どうも、彼の即位に関して、それはそれはすばらしい争いがあったそうだ。
当時の国王夫妻、つまり魔王の両親も、王の何人かいたという側室も相次いで殺され、何人かいたという王のきょうだいも、殺されたり誘拐されて行方不明になったりしたという話。
その争いは数年前に終わって、生き残った彼の身内は修道院に逃げ込んだ側室が命を落としてまで産み落とした妹一人。その妹も、信頼の厚い部下に嫁がせてしまったとか何とか。
あの国の王族は結婚で外に出ると、同時に王族ではなくなるらしい。その子供も例外なく王族ではなくなるから、きっとそうやって勢力争いから逃がそうとしたのだろうと勝手に思う。
こうしてたった一人の王族になった、魔王と呼ばれる王。
彼についての話は、噂でもあまり聞かない。私の護衛役曰く、鋭い目つきをした、体格のいい武人といった風体なのだとか。まぁ、自ら剣を振るう人らしいから、当然か。見た目は決して優しそうではないというけれども、孤児院への寄付や妹との手紙のやり取りなど、聞けばにっこりしてしまうような話も多いらしい。よかった、恐ろしい人だったらさすがにつらい。
それとなく仕入れる魔王の話を聞くにつれて、私はだんだん楽しみになっていた。
相手に会うのが、とても楽しみだった。
で、今夜の夜会でようやく私は、彼に会うことになったわけだが。
「……延期、ですか?」
いざ広間へ、と意気込んだ頃になって、それがだめになってしまった。何があったのかよくわからないけれど、来るなといわれた場所に行って、いいことがあるとは思えない。
じゃあ仕方がないですね、と私は部屋へ戻る。
その間に、本当の姫が魔王の妻になることが決まった。
おや、実におかしいことだ。私は魔王と呼ばれる男の妻になるために、今日という日まで生き長らえてきたはず。かわいいかわいい、いとしのお姫様を差し出さないための、生贄。
それがどうして、守られるはずのお姫様が勝手に嫁にいくのか。
答えは簡単なこと。
恋をしたのだ。
あのお姫様は魔王を一目見て、私にくれてやるのが惜しくなったのだ。相手はここと同等の力を持っている国で、さらに発展していくのは目に見えて明らか。ゆえに国王も私を使ってでも繋がりを持とうとしたわけで、あれ、でもじゃあ私はどうなってしまうんだろうか。
まぁ、別に死んでもそう悔いはなかった。
そもそも、悔いを感じるほどの人生でもなかった。
私なんかが外に出ても生きていけないことぐらい知っているし、使いどころをなくした道具は捨てられるだけなのだろうと知っている。いくらなんでも、もう夢を見る年じゃない。
明日にも殺されるのだろうと思い、痛くなきゃいいな、と願った。
痛いのは嫌いだ、痛いから。
だから、ずっと昔に見た記憶のままに、適当に指を組んで祈る。どうかどうか、死ぬならぽっくりとあっさりと。痛くも苦しくもないまま、眠るように。口に出して祈ってみた。
それを、無口な私の護衛役が、哀れむでもなく静かな目をして見ていた。