1・せいじょさまとおうじょさま
私は、聖女様なんだそうだ。
えらーい、えらーい、聖女様だったそうだ。
だった。つまりは過去形だ。私はもうそう呼ばれて、傅かれる存在じゃない。私が何も覚えていない頃に、具体的にいうとまだ生まれて間もない頃に、何もかもなくなったそうだ。
全部過去形だ。
私は私の何も知らない。
たとえば、私は私の名前を知らない。故郷も知らない。両親も知らない。赤子の私を聖女と祭り上げていた連中が邪教の民として断罪されたのに、私だけが生き残っている理由も。
あぁ、でも最後の部分はわかってきた。
こんな私でも有効活用する、そんな時勢だったのだ。邪教の聖女でも何でも、女であることが何よりも大事なこと。女でなければできないことを求められ、でも求められた存在を渡したくない場合。そのときには同じ機能を持つ、別の女を差し出すしかない。
で、邪教の聖女でも構わない、と言い放ったやつがいた。
そんな女でも女なら、子をうめるならばそれで構わないといったやつがいた。
――魔王だ。
■ □ ■
『お前がわたくしの身代わりだなんて、いくら必要なことでも虫唾がはしりますわ!』
ある日、私を訪ねてきた少女。
綺麗な髪をわさっと長く伸ばしていて、赤いリボンの髪留めをつけているかわいい子。
その、綺麗なドレスを着た彼女は、私を見るなり顔をしかめた。おいおい、綺麗なお顔が台無しじゃないか、と思っていたら、彼女はきゃんきゃんといろいろと教えてくれた。
私は、ドレスの彼女――王女様と同い年なんだそうだ。
そして魔王と呼ばれる存在がいて、彼は和平の代わりに姫を妻に差し出せといったそうだ。
当時まだ、生まれてすらいない王女を。
そしてその言葉どおりに王女が生まれてきて、王様達は大混乱。かわいいかわいい娘を嫁にやるのも嫌なのに、相手が魔王だなんて絶対に受け入れられないことだからだ。
しかし国の平和も大事。
王様と王妃様は悩み、そして偶然私の存在が明るみに出たのだ。
どこか、ド田舎の修道院に閉じ込める予定だった、この聖女様を使うことにしたのだ。
私はそれからずっと、お城の離れから一歩も出されないで生活をしている。表向きは王妃様の遠縁で、家族をなくして一人になったのを引き取って育てている、という感じだ。
王様の縁じゃないのは、こんな私を書類上でも王族にしたくないのだろう。
そんなこんなで、私はもう一人のお姫様として、もうじき魔王に差し出される。いなくなってもいいお姫様だから、きっとみんなが流すのは感涙だ。ぐっばい、疫病神ってやつだ。
その先にあるのが何か、私は知らない。興味ない。
どこへ行っても私はいらない子で、死ぬまでずっとそうだから。