小雪サンが歩く
あたしの名前は、小雪。お母さんは、聖って名前で、お父さんは、悟っていうの。お母さんは、いつも傍にいてくれて、出かけるときには、必ず小雪を寝かしつけてから出かけるから、淋しいなんて思ったことはないよ。お父さんも帰ってくれば、抱き上げて頭を撫でてくれる。でも、お父さんの一番はやっぱりお母さんなの。お母さんのところにいけば、おでこにちゅってして、ただいまって優しいトーンで言うの。ラブラブだよね。小雪って名前は、お母さんが頭をひねってひねって考えてくれたの。ココに来たときに、雪が降ってたから小雪。小さな雪。体もちっちゃい小雪は、小雪って名前が大好き。時々、コーちゃんっ呼んでくれる。その呼び方も大好き。お母さんのくれる御飯は、一番おいしい!毎日、手作りで作ってくれる。中でも、キャベツが大好き。御飯の前に待て!って言われるから待ってるんだけど、お母さんの目とあわせなきゃくれないの。だから、待てって言われたら、お母さんの目をしっかり見るようにしてる。
小雪がいつも夜スヤスヤ寝ているのは、お母さんとお父さんの部屋の隅っこ。そして、お父さんの休みの日には、あたしを連れて公園に連れてってくれる。色々なお友達もいるの。お母さんは、結構モテモテなの。お父さんもそれなりにモテるんだけど、お母さんになつかないお友達はいないよ。皆、お母さんが大好き!そんなお母さんを持ってみんなにいいなあって言われるの。とっても、気持ちいい。お母さんは、なんでも出来るのよ。小さい小雪のサイズの洋服がないから、お母さんは手作りで作ってくれる。センスのある可愛い洋服。ヒラヒラのレースのついた可愛い洋服。小雪はね、その洋服着てるときは、友達に自慢するの。みーんな、いいなあって言うのよ。小雪は、いいこだねってお母さんの友達も言ってくれるの。そんなときは、愛想して、撫でてもらう。お母さんは、ニコニコ笑いながら、お友達のお母さんやお父さんとお話してるの。
でもね、いいことばっかじゃないのよ。お友達がずっと、お母さんにばっか撫でてもらってずるい!って思うときもあるの。でも、そう思っていれば、お母さんはすぐに小雪を抱っこしてくれるの。お父さんもおんなじ。でも、お母さんのほうが好きだなー。お父さんは、昼間いないもの。お散歩に連れてってくれるのもお母さんだし。でも、公園に連れてきてくれるのは、お父さんだから、もちろんお父さんも大好きだよ。でも、お母さんを一人じめするお父さんは嫌い。
最近、お母さんのおなかが大きくなってきたの。小雪は、2歳になったよ。それは、子どもが出来たんだよ、って友達のリリィさんが言ってた。リリィさんは、出産の経験があるおばあちゃまなの。子どもが出来ると、おなかがおっきくなって、それから、生まれるんだよ、って言ってた。小雪も、お姉さんになるんだ。より一層、おなかが大きくなった頃に、お父さんが急いで家に帰ってきた。その時、お母さんは、ハアハア息してて、小雪は、何も出来なかったの・・・。お母さんの周りをうろうろして。お母さんは、「大丈夫だよ」って言ってたけど、やっぱり辛そうで。お父さんの形相も凄かった。急いで、二人は、出かけていった。出るときに、お父さんは、「小雪、留守番頼む。おねいちゃんになるんだから、意味、わかるよな?」そういってた。おねいちゃんになる、あ、赤ちゃんが生まれるんだ、って思った。
小雪は、いつものソファーでずっと寝てた。いいこにしてなきゃ、って思ったの。その日の夜、お母さんは帰ってこなかったけど、お父さんが帰ってきた。夜、遅かったけど、ニコニコしてた。そして、小雪を抱っこして、撫でながらいった。
「小雪!おねえちゃんになれたぞ!女の子だ!」
嬉しそうで、小雪もうれしくなった。おねえちゃんになったんだ。小雪は、嬉しくて、お父さんの顔をペロペロなめた。その日は、小雪と、お父さんと二人で布団に入った。
次の日、小雪は、小さな体をバスケットに入れてもらって、白い建物の中にはいっていった。お父さんは、うれしそうにしてた。お母さんに久しぶりにあった気分だった。でも、お母さんも嬉しそうだった。やっぱり、小雪は、お母さんもお父さんも大好き。もちろん、生まれてきた赤ちゃんも大好き。お母さんもお父さんの子どもだもん、可愛いに決まってる。内緒で入った小雪を見て、お母さんはうれしそうに頭を撫でてくれたの。それから、赤ちゃんを見せてくれた。やっぱり、可愛い。小さい。テレビでみたお猿さんみたい。赤ちゃんは、小雪を見て、笑った。お母さんも笑ってた。お父さんもニコニコ笑ってた。小雪の家に家族が増えました。お母さんが赤ちゃんと一緒に帰ってきたのは、三日後。赤ちゃんは、お母さんにくっついてた。小雪も一緒にお母さんにくっつきたくて、抱っこをせまったの。そしたら、「小雪はおねえさんなのに甘えたさんだねー」って言って、赤ちゃんを支える右手の反対側の腕で、小雪を抱っこしてくれた。このほうがよーく赤ちゃんを見ることができた。そして、お母さんは、赤ちゃんのことを、『千春』と呼んでいた。そう、この女の子は、千春ちゃんって言うんだ。ちーちゃんとか呼んでる。千春ちゃんは、元気いっぱいな女の子で、小雪の小さな手を握るの。ぎゅーって握ってきて可愛いのよ。だから、千春ちゃんのことは、大好き。お母さんが、料理しているときに千春ちゃんの面倒を見るのは、小雪の係りになってた。千春ちゃんにずっと傍にいるの。小雪をひっぱったりするけど、赤ちゃんだから仕方ない。おねえさんになったんだもの。小雪は、千春ちゃんのおねえちゃん。
散歩に行くときも、お母さんは、千春ちゃんのカートを押しながら、小雪のリードを持って散歩するの。上を見れば、沢山の桜が咲いてる。そう、千春ちゃんが生まれたときに、桜が沢山咲き始めてた。千の春を持ってきた千春ちゃん。桜並木を歩きながら、すれ違う人、すれ違う人と、千春ちゃんのことを見ていった。そして、お友達のリリィさんには、きちんと面倒みてあげるんだよ、って言われた。おねえさんになったんだから、聖サンを少しでも助けてあげるんだよって。
千春ちゃんが、立てるようになって、小雪は、いつも追い掛け回されるようになった。でも、遊んでいるようで、小雪のことを捕まえようとする。そうすると、お母さんは、千春ちゃんに「小雪をいじめちゃ駄目だよ」って言うの。やっぱり、お母さんは優しいな。
そんな日々が過ぎて、あっという間に千春ちゃんは、6歳になって、小雪は、8歳になった。小学校というところに千春ちゃんは行くようになった。淋しくなった家だけど、千春ちゃんは、しゃべるようになり、小雪を抱っこできるまでになった。小雪はもともと小さいから、軽いし、小雪を抱っこしたがってたまらない千春ちゃんには時々痛い思いをさせられるけど、おねえちゃんだから、キャンって鳴いちゃうときもあるけど、我慢するの。千春ちゃんは、小雪によく話をしてくれる。
「今日はねえ、小雪に似たワンちゃん見てきたよ。真っ白でね、でもね、やっぱり小雪が一番可愛い!」
お母さんにそっくりな千春ちゃんは、小雪のことを可愛がってくれる。散歩にも、千春ちゃんは抱っこされないで、一人で歩いてリードを持ちたがり、一緒にお母さん、千春ちゃん、そして小春で歩いた。
季節は、夏になり、あの小さかった千春ちゃんとお母さんと一緒に歩いてた桜並木は、緑でいっぱいだった。そして、いつもお父さんが連れてってくれていた公園へは、今でもよくいく。千春ちゃんは、お父さんも大好きで、お父さんに抱っこをせまる。いつも一緒にいた。お父さんとお母さんも相変わらず仲良しで、千春ちゃんも仲良しで。でも、千春ちゃんが生まれる前は、よくお母さん泣いてた。子供を育てられる自信がないって。そんなお母さんにお父さんは、「一人で育てるんじゃないよ、二人で育てるんだよ、小雪もいるじゃないか。」って。そうよ、お母さん、小雪もいるのよ。そんなお母さんのおなかにスリスリしてた時期もあったっけ。けど、今は、そんなことなくて、ニコニコしてる。でも、千春ちゃんが悪いことをしたときは、手をぺちって叩いて「駄目よ」と言っている姿は、『お母さん』そのものだった。
毎日が、楽しく過ぎていった。でも、小雪は、痛い思いをした。おなかがズキズキして。動けなくなってしまったの。そんな小雪をお父さんもお母さんも千春ちゃんも心配してくれて、病院に行ったの。そしたら、お父さんもお母さんも千春ちゃんも皆、小雪を病院においていってしまった。お母さんはと千春ちゃんは泣いてた。小雪、いいこにしてるから、お母さん、千春ちゃん泣かないで?そんな思いで、「くぅーん」と泣いた。病院のカゴの中で寝ていた小雪を診察台に置くと、注射を打たれ、小雪は意識がなくなったの。そのとき、小雪は、思い出した。夢を見ていた。初めて、お母さんたちの家族になったときのこと、名前を考えて頭をひねっていたお母さんの姿、赤ちゃんが育てられるか不安で泣いてたお母さん、なぐさめるお父さん、小さな千春ちゃんを見に一緒にお父さんと内緒で病院に入ったこと、桜並木が綺麗だったこと、初めて、千春ちゃんが小雪のことを呼んでくれたとき。すべてが、よみがえってきた。そして、次に目が覚めたとき、おなかの痛みと、お母さんと千春ちゃんが目の前にいた。
「大丈夫?もうすぐ痛くなくなるからね。」という懐かしいお母さんの声が聞こえた。千春ちゃんも、「よくなったら、公園で遊ぼうね。」といっていた。ぼーっと意識の中、二人の姿に安心して、おなかの痛みも忘れ、また寝てしまった。次に目が覚めたときは、お母さんに抱っこされたときだった。ぎゅーって小雪を抱きしめて、泣いていた。ペロペロと涙をなめて、お母さん泣かないで、そううったえた。小雪は、元気になるよ、千春ちゃん、公園一緒に行こうね、また、笑おうね。その言葉どおり、小雪は、そのまま、病院を出た。お父さんは、帰ってくるなり、小雪のいるところにきて、抱き上げてぎゅーってした。「小雪は、お母さんの初めての子供なんだよ、よかった。」そう言ってた。お父さん、心配かけてごめんね。その日から、懐かしいお母さんの味を食べた。病院の御飯は、まずかったんだもの。やっぱり、お母さんの作った御飯が一番おいしいわ。千春ちゃんも、にこにこして、小雪を膝の上に抱き、本を読んでくれた。小雪は、幸せだ、と思った。お母さんに出会ったとき、抱き上げてくれたとき、怖くて震えてしまったけど、今でもそれは、よき思い出。お母さんの手は、温かかったもの。小雪は、それから、おなかの痛みもなくなって、元気になった。
千春ちゃんと約束どおり、公園へといった。一緒にはしゃいで、一緒に走った。千春が一生懸命走っても追いつかないほど、千春ちゃんは、大きくなっていった。そして、小雪は、年をいっぱい取った。18歳になったときには、千春ちゃんは、小雪をお母さんと同じぐらいの高さで抱っこしてくれるようになった。小雪は、動きにくくなってしまったし、千春ちゃんはもう16歳になっていた。寝たきり状態になった小雪には、ベランダでよく昼寝をしている。千春ちゃんは、一人の男の子を連れてきて、小雪に紹介してくれた。
「小雪、あたしのいい人!拓也君だよ。」
と。拓也君は、小雪を優しい目で撫でてくれた。どこか、お父さんに似ているような気がする雰囲気だった。小雪は、拓也君にしっぽを二振りして、また、二人の様子を見ていた。
「拓也君はね、2個年上なんだよ、小雪と同い年だね。」
初めて来たときのことを思い出した。お母さんに似た優しい千春ちゃんは、お父さんと似てる温かい拓也君を選んだんだね。幸せだね、千春ちゃん。
小雪は、幸せ。お母さんとお父さんと千春ちゃんに出会えて幸せ。そう思いながら、目を瞑った。