第12話「俺と妹と銀髪の少女」
「は?今なんて」
「お兄ちゃんの様子を見に来た」
少女はにこりと微笑みながら、繰り返して言った。
はて。俺にこんな妹はいただろうか?
「えっと、そのお兄ちゃんって俺のこと?」
「うん」
少女はこくりとうなずきながら肯定した。
「お姉ちゃん?どういうこと?」
成実が不安げにこちらを見ている。
それりゃそうだろうな。下手したら、この少女は両親の不倫とかでできた子かもしれないし。
「まさか、見ず知らずの少女にお兄ちゃんと呼ばせて喜んでるの?」
そうそう、こういう女の子にお兄ちゃんと呼ばれるとうれしく……
「ならねーよ。つか、お前気にするとこそこかよ」
まったく、しょうもない事を考える妹だ。もっと周りを見習ってほしいものだ。
「……間違えた。お兄ちゃんではなく、お姉ちゃんだった」
例えば、自分の間違いを訂正しているこの少女を見習ってほしいものだ。
……って、あれ。なんか間違えてる気が。
「そうそう。男の子なんかに勘違いされちゃお姉ちゃんがかわいそうだよ」
うん、間違いじゃなかった。
名も知らない少女よ、お前は間違えてなどいなかった。間違えていないから呼び方を元に戻してくれ。
「お前のその言葉が、どれだけ俺に傷を負わせてるか考えた事あるか」
「うん、今度から気をつけるよ」
「じゃ、お姉ちゃんと約束できる?」
「うん」
スル―された。
「成実、いい加減にしろ。なんか、取り返しのつかない誤解を与えてる気がするのだが……」
「えー、いいじゃん。お姉ちゃんかわいいし。全然問題ないって」
「かわいいかわいくない以前に俺は男だから。これ重要な」
たびたび思うのだが、こいつは本当に俺性別を勘違いしているんじゃないか。
「え、大きい方のお姉ちゃんがお兄ちゃんでお姉ちゃん?」
銀髪の少女は、俺と成実を交互に見ながら謎な言葉を言っている。
「おい、お前のせいでそこ混乱してるぞ」
「私のせいじゃないもん。お姉ちゃんがかわいすぎるのがいけないんだよ」
何当然のことを、と言わんばかりの雰囲気で成実が言う。俺からしてみれば、異常以外の何物でもないのだが……
「訳分からないこと言うな。だいたいいつも、かわいいだの可憐だの言いやがって。俺は男だって何回言ったらわかるんだ」
「でもあそこだと、女の子だったじゃん」
そのことを、思い出させるな。あんなことは、記憶の奥底にコンクリ詰めして鎮めてたのに。
「あんなのは、ただの夢だ」
「あれ?さっきは心当たりないって言ってた気がするんだけど」
「何のことだ?さっぱりわからないのだが」
しまった。危ない、危ない。誘導されてしまった。危うく、あの夢を認めるところだった。
「お姉ちゃん、現実逃避は止めようよ」
「現実逃避じゃねえ。あんなもん、ただの夢なんだよ」
「ほんとにあきらめが悪いね、お姉ちゃんは。アイリスちゃんからもなんか言ってあげなよ」
「ただの夢は、ただの夢なんだよ。ん、今なんて」
アイリスという単語が聞こえた気がするのは気のせいだろうか?
「アイリスちゃん、さっきからお姉ちゃんおんなじことばっかり言ってるよね」
「おい、ちょっと待て。今確かにアイリスって言ったか。言ったよな、絶対」
「お姉ちゃん、明らかに動揺してるよね。アイリスちゃんはどう思う?」
「うむ。私もマスターは動揺していると思う」
「だから無視すんな。おい、あれは夢なんだろ。夢なんだよな。なんでお前がここに居んだよ」
「……マスター、少しは静かにしてくれ」
「あれは、あれは夢じゃなぐふっ」
おい、なにも鳩尾に入れることはないだろ。
「お姉ちゃん、大丈夫?まってて、今私が助けてあげるから」
「ちょ、待て。状況が理解出来なぐふっ」
多少よろめきながらも立ち上がった俺に対してアイリスは、そう言ってさきほどと全く一緒のフォームで殴ってきた。
「お姉ちゃん?何が起こったの。どうして、そんなにつらそうなの?ねえ!」
「ごほっ、いや、心配するならまずそのてをおぐふっ」
なおも攻撃は続き、
「お姉ちゃーん、しかっりして。お姉ちゃーん」
俺は心身ともにボロボロになっていた。
「……アイリスちゃんって、案外危険な子かも」
「ごほっごほっ、成実、何だこの状況は。しっかり説明しろ」
何故俺が殴られたのかの事情聴取を行い、判決を言い渡そうとしていたのだが、帰ってきたのは、
「いいけど。ただ単に、お昼休みにアイリスちゃんが教室に来て、事情の説明とかしてくれただけだよ」
こんな、一言だけ。
「ならなぜ、俺はこのように地面に転がらないといけないのだ?」
こんな状況になるときは、成実も一枚かんでいる時が多いので、成実に集中的に質問することにする。
「さあ?なんでだろうね?」
「さあ?なんでだろうね?じゃねえよ。ちゃんと答えろよ」
答えは、予想外のところから帰ってきた。
「だって、お兄ちゃんが気づいてくれなかったんだもん!!」
「だってさ」
アイリスからだ。確かにこいつが実行したんだからな。俺には、こいつに聞くという選択肢はなかった。
「わかるかよ、そんなもん」
「ん?我が主と我は契約をしているので問題なく気づけたはずだぞ」
へえ、そうなんだ。でもあれ、
「じゃ、俺はなんで気づけなかったんだよ」
「こっちから気づけないようにしたからな。ところで、さっきから何かなっておるが?」
軽く受け流された気がする。で、何かが鳴ってるって?
「ん?確かに。携帯にかかってきてる。誰だろう」
画面を見ると、知らない番号からだった。無視しようかとも思ったが、とりあえず出てみることにした。