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討伐、来週でもいいですか?―ワンオペ魔王、勇者に絆される―

作者: 秋文
掲載日:2026/07/14


 前世、俺はブラック企業で働く社畜だった。


 残業月百時間、有給消化率ゼロ、上司の口癖は「気合いでなんとかしろ」。そんな人生に見切りをつけて――というか、たぶん過労で――死んだ次の瞬間、俺は見知らぬ玉座の間で、見知らぬ連中に平伏されていた。


「魔王様、どうかご了承ください。先代魔王様が失踪された今、この魔王国を治められるのはあなた様しかおりません」


 俺の頭には鋭い角が生え、漆黒の衣装を纏っていた。


 先代魔王とか知らんがな、と思ったが、目の前に積まれた未決裁書類の山と、崩壊寸前の魔王軍の予算表を見た瞬間、前世の社畜根性が抜けなかった俺は、うっかりその紙を手にしてしまった。


 それが三年前。


 以来、俺は魔王としてこの城を回している。


 四天王は病欠、産休、派閥抗争でまさかの全員離脱中。つまり実質ワンオペ。今日で徹夜四日目。目の下のクマはもう洒落にならない色をしている。


「魔王様、住民から苦情です。隣のドラゴンがうるさいと」


「はいはい、対応します……」


 バンッ!!!!!!

 そんな折、玉座の間の扉が勢いよく開いた。


「魔王を討伐に参った!」


 ああ、また近所の子供が紛れ込んで勇者ごっこをしている。

 俺は書類から顔も上げずに答えた。


「討伐、来週でもいいですか。今ちょっと締め切りが」


「……は?」


 声のトーンで、ようやく本物の勇者だと気づいた。

 慌てて書類から顔を上げると、目の前には鎧をつけた勇者が剣を構えている。後ろにはそのパーティが臨戦体制に入っていた。


 席を立ち精一杯の威厳をかき集めながら、勇者の前に立ちはだかった。


「よくぞこの魔王城まで辿り着いた、勇者よ……褒めてつかわす。だが、生憎…この…でなお…し…てぇ」


 カッコ良く決めるはずが、途中から呂律が怪しくなっていた。視界が霞み、目の前が真っ白で何も見えなくなる。

 瞬間、体がぐらりと傾いた。魔王といえども四徹の限界だった。


 崩れ落ちる寸前、俺の体は誰かの腕に受け止められていた。一瞬開けた視界に、さっきまで剣を構えていた勇者の、なぜか泣きそうな顔が映る。


「……これが、世界を脅かす魔王……?」


「はな…せ…みっともない」

 支えられた手を解こうと、身体を動かそうとするが、力が入らない。


「離しません」


 そう言った勇者の目の奥に、何か不穏な光が灯ったのを、俺はこの時まだ知らなかった。


---


「大丈夫だ! 魔王は俺に任せろ!!」


 心配する神官たちに、勇者は胸を叩いて言い切った。


 倒れた魔王をお姫様だっこで寝室まで運んだ私に、「討伐対象への好意は職務放棄では? 魔王が倒れているこの機にやるべきでは?」と正論をぶつけていた神官も、ここまで頑固な勇者は見たことがなかったのか、やがて根負けしたように息を吐いた。


「……わかりました。ただし何かあれば、すぐ連絡をください。いつでも戦力を増やして駆けつけます」


 そう言い残し、パーティは王国へと引き上げていった。残されたのは、俺と、居座る気満々の勇者だけだった。


 翌日から、勇者は魔王城に住み着いた。


「討伐は、あなたが有給を消化してからにします」


 ベッドで目を覚ました俺に、開口一番これである。


「勇者、お前の仕事は討伐だろう」

「あなたの労働環境を改善するのも、広い意味で世界平和への貢献です」

「屁理屈だな」

「知ってます」


 そう言って、勇者は俺の代わりに書類仕事を手伝い始めた。戦闘力は規格外なのに、事務処理能力もなぜか高い。おまけに住民の苦情処理までそつなくこなす。


 魔王ともあろう者が人間の手を借りるなど、本来なら沽券に関わる。……と、心の中で葛藤したものの、目に見えて減っていく未決裁書類の山を前にすると、御託を並べる気力も失せた。


「少し、顔色も良くなりましたね」

「……」


 毎日の睡眠、三度の飯。勇者に世話をされたせいで、以前より頭が動くようになってきた気がする。寝付きはよくないが、倒れる事は無くなった。全く、これが勇者のする事か。


「今、口角が上がってました」

「気のせいだ」


 最初の数日、勇者は律儀に手帳へ何かを書きつけていた。表紙には「魔王討伐のための弱点観察記録」とあったが、中身はいつの間にか「本日のクマの濃さ」「陳情書への対応、丁寧すぎて逆に怖い」といった謎の観察日誌に変わっていた。


「勇者、それ何のメモだ」

「弱点を探ってるだけです」

「弱点が"尊い"はおかしくないか」

「気のせいです」


 手帳を覗こうとすると、勇者は無言でそれを胸に大切そうに抱え込んだ。


 日毎に、俺の仕事量が減っていった。勇者自身が片付けているだけではなく、他のものにもうまく仕事を回しているようだ。


「勇者、お前……討伐より内政向いてないか」

「あなたがそう言うなら、転職も視野に入れます」

「討伐する気あるのか」

「ありますよ。でもあなたの有休消化が先です」


 そんな押し問答をしていたら、俺は療養という名の軟禁生活に入れられた。


 書類を取り上げられ、ベッドに押し戻される。


「返せ、これは仕事――」

「駄目です」


 逃げようとした手首を掴まれ、そのまま覆いかぶさられる格好になった。心臓が変な音を立てる。


 魔王ともあろう者が人間ごときに組み敷かれるとは、屈辱以外の何物でもない――そう自分に言い聞かせている間にも、振り払うはずの手はなぜか動かなかった。


「お、おい」

「あなた、この数日ずっと見てましたけど、自分のことを後回しにする癖がありますよね。私が仕事量を減らしたのに、なぜ別の仕事を請け負っているのですか?」


 社畜根性が身について、仕事がないと不安になってしまう。何も言い返せない俺の顎を、勇者の指がそっと持ち上げる。


「また私の前で倒れて、担がれたいんですか? ……力、抜いていいんですよ」


 勇者の顔が更に近づいて、唇が重なった。


 最初は触れるだけだった。だが俺が抵抗をやめた瞬間、キスは深くなり、気づけば自分の手が勇者の襟を掴んでいた。前世でも今世でも、こんなに誰かに構われたことはなかった。


 離れた時、二人とも息が上がっていた。


 熱を持ちそうな身体を冷ますように問いかける。


「……討伐はどうした」


 勇者は微笑みながら答えた。


「明日、ちゃんとします」


 その笑みの意味を問う前に、勇者はそっと額を合わせてきた。触れた場所が、温かかった。


---


 そして迎えた最終決戦当日。


 沸き立つ両軍が見守る中、勇者は剣を抜かず、ただ俺を見つめていた。痺れを切らした俺は声を荒げる。


「何をしている、さっさとやれ」

「できません」

「は?」


 勇者は剣を捨て、歩み寄ってくる。その迫力に俺は後退るが、玉座の肘掛けに阻まれ、逃げ場を失った。


 突然の勇者の行動に、両軍が静まり返る。


 俺の腰に手が回り、引き寄せられる。至近距離で視線がぶつかった。


「もう働かなくていいです。これからは、私が幸せにします。だから――結婚してください。愛しています」


 両軍が注視する中、プロポーズとも取れる言葉に頭が追いつかない。


「お、おい、待て――」

「もう、待てません」


 言うが早いか、唇が塞がれた。抗う力はもう残っていなかった。頬を包まれ、角度を変えて求められるたび、膝から力が抜けていく。無意識に、俺は勇者の胸元にしがみついていた。


 長いキスの後、離れた俺は真っ赤な顔で睨んだが、迫力はまるでなかったと思う。


「離せ、両軍が見てる……」

「見せつけます」


 勇者が身体をさらに密着させて来る。


「……お前、正気か」

「正気です。あなたを幸せにしてみせます」


 いつもの軽口も余裕もなく、ただ本気の目だけがあった。

 再び迫る唇を制そうと、慌てて止めに入る。


「ま、待て、これ以上は……」


 言い終わる前に、また唇が塞がれる。深く長いキスの後、ようやく解放された俺に、勇者はもう一度、今度は静かな声で聞いた。


「――結婚の返事、聞かせてもらえますか」


 両軍が完全に置いてけぼりのまま、俺はしばらくの沈黙の後、小さく頷いた。


 こうして「魔王討伐」は、なぜかプロポーズの成立をもって幕を閉じたのだった。


 ――なお、魔王国はその後、勇者の尽力で民主共和制へと移行した。魔王城は「魔物公共団体」と名を変え、今ではすっかりクリーンな職場になっているという。


**了**

最後まで読んでただき、ありがとうございます。

時折修正加えるかもしれませんが、温かく応援していただけると幸いです(^^)

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