終わらないでって、思った全部
体育館の床の匂いが、今日はいつもより強く感じた。
ボールの音も、みんなの声も、全部がやけに響く。
その一つ一つが、もうすぐ聞けなくなる気がして、
耳から離れなかった。
「ラスト一本!」
その声で、胸がぎゅっとなった。
——ああ、終わるんだ。
ずっと続くと思ってた。
明日も、来週も、来年も、
この場所に来れば、みんながいると思ってた。
でも違った。
この「当たり前」は、ちゃんと終わりがあるものだった。
サーブを打つ手が、少し震えた。
深呼吸をしても、うまく息が入ってこない。
涙が出そうで、必死にこらえる。
あの人に恋したときも、こんな感じだった。
「まだ好きなのに」って思ってるのに、終わりが決まってる感じ。
どうにもできないまま、時間だけが進んでいく感じ。
あの人は、もう違う方向を見てて。
誰かの名前を呼んで、笑ってて。
私はずっと同じ場所に立ってた。
——叶わないって、わかってたのに。
それでも、
少し期待してしまった日もあった。
目が合っただけで嬉しくて、
たった一言で一日が救われて、
何もない日には、勝手に落ち込んで。
そんな繰り返しだった。
でも、
あの時間は、全部本物だった。
一瞬でも同じ時間を過ごせたこと、
ちゃんと好きになれたこと、
全部、嘘じゃなかった。
だからこそ、
終わるのが、こんなに苦しい。
「ナイス!」
仲間の声で、現実に戻る。
コートの中には、みんながいる。
何回もぶつかって、
何回も泣いて、
何回も「もう無理」って思ったのに、
それでもやめなかった人たち。
一緒にここまで来た人たち。
その中に、もうすぐ遠くに行く親友もいる。
帰り道にくだらないことで笑ったり、
試合前に「大丈夫」って言い合ったり、
そんな時間が、もう当たり前じゃなくなる。
「次負けたら終わりだね」
あのとき、笑って言った言葉。
——ほんとは、全然笑えなかった。
終わりが怖い。
恋も、仲間も、バレーも、
全部、一気に離れていく気がして。
「絶対勝とう!」
その声に、みんなが強くうなずく。
その瞬間、涙があふれそうになった。
——まだ一緒にいたい。
まだ、この時間の中にいたい。
ラリーが続く。
ボールを追いながら、
どうでもいいはずのことを思い出す。
みんなでふざけた日とか、
怒られて落ち込んだ日とか、
試合に負けて、泣きながら帰った日とか。
そんな全部が、急に大事に思えてくる。
ボールが上がる。
「チャンス!」
その声で、体が勝手に動いた。
ジャンプする。
その一瞬、全部が重なる。
好きだった人の横顔も、
仲間の笑った顔も、
泣いてる顔も、
全部。
——終わらないで。
心の中で、何度もそう思った。
でも同時に、
——この一球で終わっても、後悔しないように。
そう思った。
腕を振り抜く。
「いけ!!」
ボールが相手コートに落ちた瞬間、
時間が一瞬止まった気がした。
次の瞬間、
「やった!!」
みんなの声が重なった。
誰かが抱きついてくる。
誰かが泣いてる。
気づいたら、自分も泣いてた。
嬉しいはずなのに、
どうしてこんなに涙が出るのかわからなかった。
たぶん、
もうすぐ終わるってわかってるから。
この時間が、
もう戻ってこないってわかってるから。
ふと、コートの外を見る。
好きな人がいた。
いつも通りの顔で、
でも少しだけ、こっちを見ていた。
目が合った気がした。
それだけで、胸がいっぱいになった。
——やっぱり、好きだったな。
言えなかったけど、
伝えられなかったけど、
それでも、
この気持ちはちゃんとここにあった。
消えない。
コートに戻ると、仲間が笑ってる。
「まだ終わってないよ!」
その一言で、また涙が出そうになる。
——まだ、終わってない。
でも、
いつかは終わる。
恋も、仲間との時間も、バレーも。
全部。
でも、
終わるからこそ、
こんなに大事で、
こんなに忘れられないんだと思う。
だから私は、前を向く。
涙を拭いて、もう一度コートを見る。
みんなの顔をちゃんと見る。
この景色を、全部覚えておくために。
——終わらないで、って思いながら。
それでも、
——ちゃんと終わらせて、前に進むために。
このお話は私の中学最後の夏に体験したお話です。失恋,バレーの引退、親友とのお別れ全てが重なった夏でした。今思うとこのような体験をしたからこそ私はここまでの成長してこれました。




