S2 第13章 ーつながる言葉ー
夜明け前だった。
漆黒の空。
地平線の向こう側。
わずかに白み始めている。
乾いた風。
荒野の岩肌を撫でていた。
誰も、言葉を発さなかった。
あの空の裂け目。
eraSerですら膝をついた、"上"の何か。
圧倒的な気配.
まだ世界にこびりついている。
自分の手を見つめた。
二本の枝.
最初、この世界へ来た時。
ミッチが拾って、投げ渡したもの。
「使え」
ただ、それだけだった。
武器ですらない。
ただの木の枝。
でも。
今は違う。
無数の傷。
乾いた血。
泥。
汗。
何度も折れかけ、
何度も握り直してきた。
もう、ただの木切れじゃない。
「……怖かったか」
不意に、ミッチが言った。
「めちゃくちゃ」
本音だった。
空の向こうの存在。
今までとは根本的に違う。
強いとか、速いとか。
比較の次元じゃない。
世界そのものを削る圧力だった。
「でも」
白み始めた空を見る。
「逃げたいとは、思わなかったです」
ミッチは何も言わない。
ただ、口元だけが、ほんの少し緩んだ。
アリアが、静かに隣へ腰を下ろす。
白銀の星衣が、薄闇の中で淡く揺れていた。
「……ハルト」
「ん?」
アリアは少し迷うように視線を伏せる。
「本当に強くなったね」
風が吹く。
少し照れくさそうに笑う。
でも。
アリアは空を見上げたまま続ける。
「でも……まだ足りない」
静かな声だった。
その言葉の重さ。
今の僕はちゃんと受け止められた。
eraSerが従った存在。
世界から言葉を奪おうとしている"何か"。
まだ、届かない。
「うん」
静かに頷いた。
否定しなかった。
足りないのなら。
また積み上げればいい。
その時だった。
ミッチが、ゆっくり立ち上がる。
腰の後ろへ手を回した。
重い金属音。
一本の古びた剣。
錆だらけの大剣。
刀身は黒ずみ、刃は欠けている。
目が、ゆっくり見開かれた。
「……それ」
忘れるはずがなかった。
初めてeraSerに襲われた、あの草原。
地面に突き刺さっていた一本の剣。
強くなりたくて。
必死で持ち上げようとした。
強くなりたくて。
枝を手放し、剣を振りたかった。
でも。
重すぎた。
動かなかった。
置いていくしかなかった剣。
「まさか……」
ミッチが鼻を鳴らす。
「放っとくのも、何か気になったからな」
ツクヨ・ミが吹き出した。
「今までどこに隠してたの♪」
「重かったぞ、これ」
ミッチは当然のように答える。
無造作に、その剣を僕へ放った。
「うわっ!?」
慌てて受け止める。
重い。
でも、あの時とは、違った。
腕が沈む。
足が軋む。
それでも。
落とさなかった。
「前のお前じゃ、振ることすらできなかった」
アリアの言葉。
胸によみがえる。
——自分を動かせないなら、重いだけ。
剣を見つめる。
錆びている。
ボロボロだ。
なのに。
握った瞬間。
胸の奥が、脈打った。
柄の小さな宝玉。
淡く光り出す。
「……!」
アリアが目を見開く。
刀身の錆びが、崩れ落ちていく。
刃に、銀色の輝きが戻り始める。
宝玉が、さらに強く輝いた。
ミッチの目が、わずかに見開かれる。
ザ・ハクが、息を呑む。
そして——。
乾いた音。
刀身の中央。
細い亀裂が走った。
「……え?」
次の瞬間。
甲高い音を立て。
剣が、真っ二つに砕け散った.
風だけが吹く。
砕けた刃が、地面を転がった。
ツクヨ・ミが、ぽかんと口を開ける。
「伝説の剣♪……壊れたね♪」
アリアも、目を瞬かせている。
ミッチはしばらく無言だった。
それから。
「……フッ」
低く、小さく笑った。
折れた柄を見つめる。
「す、すみません……」
「気にするな」
ミッチは肩をすくめた。
「その剣じゃ、今のお前には足りんらしい」
「剣がお前の強さに耐えられない」
苦笑した。
腰へ視線を落とす。
そこには、いつもの二本の枝。
ボロボロで。
不格好で。
ただの木の枝。
でも。
静かに、握り直した。
「……でも」
少しだけ笑った。
今なら自信を持って言える。
「僕には、これがありますから」
二本の枝を見つめる。
「これが——」
「僕が、積み上げてきたものだから」
その瞬間。
地平線の向こうから、朝日が昇った。
黄金色の光が。
荒野を。
仲間たちを。
そして、僕の進む道を。
いや、一人で進むのではない道を。
静かに照らし始めていた。
Season 2「つながる言葉」完




