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星の令嬢は永遠のまどろみに愛される〜一日六時間しか起きられない病弱令嬢が、四人の男たちに囲われ、やがて永遠の眠りにつくまで〜  作者: 真白しろ


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第8話:黄金の王太子と、無防備なうたた寝

翌日。私の『六時間』は、朝からひどく慌ただしく過ぎていった。

「お姉様、あの王太子の茶会など、体調不良を理由に辞退するべきです。ただでさえ昨日倒れられたばかりなのに!」

「そうはいかないわ、テオ。相手は次期国王陛下よ。アストレイアの名に懸けて、無礼を働くわけにはいかないもの」

馬車の中でもずっと小言を言い続けるテオを宥めながら、私は王立学園の特別サロンへと向かっていた。

ただでさえ体力がないのに、王族との謁見となれば、身につけるドレスや装飾品も学園の制服以上に重く、格式高いものになる。歩いているだけで、足元に泥が絡みつくような重だるさを感じていた。

特別サロンの豪奢な両開き扉の前に着くと、王家の近衛騎士がスッと槍を交差させた。

「リリアーナ・フォン・アストレイア様ですね。殿下がお待ちです。……護衛の方は、ここまでで」

「なっ……! お姉様を一人で中に入れろと言うのか!?」

激昂しかけたテオの腕を、私はそっと引いた。

「大丈夫よ、テオ。すぐ戻るから。……それに、何かあればあなたがすぐに助けに来てくれるでしょう?」

「……っ。当然です。扉の向こうで、何か一つでもおかしな物音がしたら、王家の騎士ごと斬り捨てて踏み込みますからね」

物騒なことを言う猛犬をなんとかお座りさせ、私は一人でサロンの中へと足を踏み入れた。

「――よく来てくれたね、リリアーナ嬢」

窓から差し込む春の光をすべて味方につけたような、眩い存在がそこにあった。

太陽を溶かしたようなプラチナブロンドの髪に、深みのあるアメジスト(紫色)の瞳。白を基調とした軍服風の装いを完璧に着こなすその人は、この国の王太子、エドワード・ル・アルカディア殿下その人だった。

「お招きいただき、光栄の至りに存じます。エドワード殿下」

私はふらつく足元にぐっと力を込め、完璧な淑女のカーテシー(挨拶)を披露した。

彼がふわりと微笑むだけで、周囲の空気が甘く香るような錯覚を覚える。なるほど、学園の令嬢たちが彼を一目見ようと色めき立つのも納得の、圧倒的なカリスマ性だ。

「楽にしてくれ。今日は公式な場ではないのだから。……さあ、こちらへ」

エドワード殿下に促され、私は向かいのふかふかとしたソファに腰を下ろした。

テーブルには、見たこともないような美しい砂糖菓子と、芳醇な香りの紅茶が並べられている。

「昨日、中庭の廊下での君の振る舞い……感銘を受けたよ。特待生を庇い、上級生をたった一言で退けるとは。アストレイアの『星と天秤』の家紋に恥じぬ、見事な気高さだった」

アメジストの瞳が、面白くてたまらないといったように私を観察している。

私は首を小さく横に振った。

「勿体なきお言葉です。ですが、私は貴族として、アストレイアの娘として、当然の振る舞いをしたまで。称賛されるようなことではございませんわ」

「当然、か。……皆、口ではそう言うがね。実際に行動に移せる者は少ない」

エドワード殿下はティーカップを置き、ふっと目を細めた。

王太子である彼のもとには、毎日数え切れないほどの人間が擦り寄ってくるのだろう。私のような侯爵家の令嬢も、本来なら彼の歓心を買うために必死に媚びを売るのが普通なのかもしれない。

けれど、私にはそんなことをしている余裕はない。

なぜなら――。

(……どうしよう。急に、ひどい眠気が……)

チクタク、チクタク。

サロンの壁に掛けられた時計の針が、無情にも『午後二時』の五分前を指していた。

慣れない重たいドレス。王太子と対面するという極度の緊張感。それらが私の体力を想定以上のスピードで削り取り、タイムリミットを早めてしまったのだ。

「殿下……申し訳、ありません。私、少し……体調が……」

視界がぐにゃりと歪む。

頭の芯が麻痺したようにぼんやりとして、舌がうまく回らない。

「リリアーナ嬢? 顔色がひどく悪いが……」

エドワード殿下が驚いたように立ち上がり、私に手を伸ばそうとした。

本来なら、不敬にならないようすぐに立ち上がり、辞去の許可を求めなければならない。

けれど、私の体はもう、私の命令を聞いてはくれなかった。

「……ふわぁ」

限界だった。

私は、国の頂点に立つ次期国王陛下の目の前で、こともあろうに、こてん、と首を傾げて――そのまま、甘い甘い微睡みの底へと落ちてしまったのだ。

「……リリアーナ嬢?」

エドワードは、目の前で突然「すーすー」と平和な寝息を立て始めた桃色の髪の令嬢を見て、完全に言葉を失っていた。

(……眠って、いるのか? 私の目の前で?)

仮にも王太子である自分の茶会で、居眠りをする人間など今まで一人もいなかった。皆、一言一句を聞き漏らさぬよう、緊張で顔を強張らせているのが普通だ。

「おい、しっかりしろ」

エドワードが彼女の肩を揺さぶろうと身を乗り出した瞬間、バランスを崩したリリアーナの体が、ふわりと前へ傾いた。

咄嗟に両腕で受け止めると、彼女はエドワードの胸元にこてんと頭を乗せ、彼の上等な軍服をまるで『寝心地の良いクッション』か何かのように扱い、さらに深く心地よさそうに眠り込んでしまった。

「っ……」

胸元に押し当てられた柔らかな桃色の髪から、甘い花の香りがふわりと漂う。

腕の中にある体は、昨日レオナードが言っていた通り、鳥の羽のように軽かった。少し力を込めれば折れてしまいそうなほど華奢で、儚い。

『彼女は、特異な眠り病を抱えているそうです』

事前の調査で側近が報告していた言葉が、エドワードの脳裏に蘇る。

なるほど、これが噂の。

(私に媚びることもなく、私の権力を恐れることもなく、ただ己の正義に従い……そして私の腕の中で、これほど無防備に眠るのか)

自分を特別な『王太子』としてではなく、ただの『心地よい場所』として扱った彼女の無意識の行動は、エドワードにとってあまりにも衝撃的だった。

退屈だった彼の日々に、突如として舞い降りた未知の存在。

「……面白い。実に、面白い令嬢だ」

エドワードは、胸元で微睡むリリアーナの背中にそっと腕を回し、その羽のような体を抱きしめた。

アメジストの瞳の奥に、王族特有の強烈な『独占欲』がギラリと火を灯す。

「これほど美しい鳥なら、私の特別な鳥籠で保護してやらねばならないな」

バンッ!!

その時、サロンの重厚な扉が、蹴り破られるような勢いで開け放たれた。

「……そこまでです、色ボケ殿下。僕の姉から、今すぐその汚い手を離してください」

殺気を全身から立ち上らせたテオドールが、剣呑なヘーゼル色の瞳でエドワードを睨みつけていた。

王太子という絶対的な権力者と、過保護な猛犬の義弟。

二人の男の視線が激しく交錯し、サロンの空気がバチバチと凍りつく。

もちろん、すっかり夢の中にいるリリアーナがその修羅場を知るはずもなく、彼女はエドワードの胸元でただ幸せそうに、ふにゃりと寝返りを打つだけだった。

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