幕間:『鏡の中に灯った光』
鏡の中に映る自分を見るのが、大嫌いだった。
「気味が悪い」「呪われている」「不吉な色だ」
実の親から浴びせられた言葉の礫は、幼い僕の心を、ずたずたに引き裂くには十分すぎる威力を持っていた。
だから僕は、いつも俯いていた。長い前髪で視界を遮り、自分の瞳が何を映しているのかさえ、誰にも悟られないように。
僕にとって、自分の体は「恥ずべきもの」であり、この世に存在してはいけない証拠だった。
あの日、アストレイア侯爵家に引き取られた時も、僕はただ、次の地獄を待っていた。
「名門の家柄を汚すな」と罵られるのか、それとも見えない場所で折檻を受けるのか。
けれど、目の前に現れた「お姉様」は、僕の予想をすべて裏切ったのだ。
春の光をそのまま形にしたような、柔らかな桃色の髪。
吸い込まれるほどに澄んだ、深い碧の瞳。
そして、今にも倒れそうなほど儚げなのに、僕を守るために車椅子から立ち上がった、その凛とした姿。
『あなたのその髪、ふわふわでお日様みたいな、とてもいい色がするわね。綺麗……』
生まれて初めて、僕の存在を肯定してくれる言葉を投げかけられた。
それも、これ以上ないほど純粋で、慈愛に満ちた笑顔とともに。
その瞬間、僕の世界を支配していた暗闇に、たった一筋の光が差し込んだのを覚えている。
……けれど、知ってしまった。
僕の光であるお姉様が、重い病を抱えていることを。
彼女が僕に向けてくれるその笑顔も、優しく髪を撫でてくれるその手も、彼女が削っている「命の時間」の欠片なのだということを。
「……っ、はぁ……っ、嫌だ、来ないで……!」
あの夜、僕はまた過去の悪夢に捕まっていた。
暗い部屋で一人、冷たい言葉に震えていた僕を救いに来たのは、やはりお姉様だった。
本来なら、一度眠れば翌日まで起きられないはずなのに。
あんなに顔を青白くして、肩を震わせながら、お姉様は僕を抱きしめてくれた。
自分自身の平穏よりも、僕の心の平穏を優先して。
(どうして……。どうして、僕なんかのために、お姉様の大切な時間を捨ててしまうのですか……!)
情けなくて、申し訳なくて、けれど、抱きしめてくれるお姉様の温もりが、これ以上なく愛おしかった。
僕の背中を叩く優しいリズムが、僕の中に渦巻いていた呪いを、一つずつ消し去っていく。
腕の中で再び深い眠りに落ちたお姉様の、穏やかな寝顔を見つめながら、僕は誓った。
もう、自分の姿を恥じたりはしない。
お姉様が「綺麗」だと言ってくれたこの容姿を、僕は誰よりも誇りに思う。
そして、お姉様が起きていられる貴重な時間を、一秒たりとも無駄にはさせない。
朝になり、僕は自らハサミを手に取った。
視界を遮っていた前髪を切り落とすと、そこには決意を宿した新しい僕がいた。
「お姉様……」
眠り続ける彼女の手を取り、その柔らかな指先に、誓いの口づけを落とす。
お姉様の隣に立つのは、誰にも譲らない。
いつか現れるかもしれない王太子だろうが、高名な騎士だろうが、関係ない。
お姉様が目を開けた時、真っ先にその碧い瞳に映るのは、僕だけでいい。
お姉様が僕の人生を照らしてくれたように、これからは僕が、彼女のすべての夜を払い除けてみせる。
たとえそのために、僕のすべてを捧げることになろうとも。




