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星の令嬢は永遠のまどろみに愛される〜一日六時間しか起きられない病弱令嬢が、四人の男たちに囲われ、やがて永遠の眠りにつくまで〜  作者: 真白しろ


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第10話:天才魔術師の好奇心と、削り取られる命の音

俺――シリル・クロムウェルは、退屈していた。

宮廷筆頭魔術師の家系に生まれ、幼い頃から「規格外の天才」と呼ばれてきた俺にとって、王立学園の授業など欠伸が出るほど容易いものだった。

今日も昼休みの喧騒から逃れ、学園の裏手にある古い温室で、持ち出した禁書上がりの魔術書を広げていたのだが。

「……ん?」

ふと、温室の入り口から、ひどく心地の良い、けれど奇妙な魔力の揺らぎを感じた。

まるで陽だまりのようにぽかぽかとした、攻撃性の欠片もない魔力。だが、その流れはどこかいびつだった。

視線を向けると、温室の隅にあるベンチに、一人の女子生徒が座り込んでいた。

ふんわりとした桃色の髪。透けるように白い肌。

そして彼女の膝の上には、普段は決して人間に懐かないはずの角付きの幻獣カーバンクルの子供が、喉を鳴らして丸まっている。

「……おいおい。こんな人目につかない場所で、無防備に寝落ちする令嬢がいるのかよ」

思わず口から呆れた声が漏れた。

彼女のことは、俺も噂で知っていた。アストレイア侯爵家の令嬢、リリアーナ。

入学初日に上級生を退けたかと思えば、あの完璧主義のエドワード殿下の茶会で、あろうことか殿下をクッション代わりにして熟睡したという、今学園で最も話題の「眠り姫」だ。

俺は読みかけの魔術書を閉じ、音もなく彼女の隣にしゃがみ込んだ。

「……無防備にも程があるだろ」

すぐ目の前まで顔を近づけても、彼女は起きる気配がない。すーすーと、平和そのものといった寝息を立てている。縁取られた長いまつ毛が頬に影を落とし、その顔立ちは、芸術品のように整っていて儚い。

だが、俺のアンバー(琥珀色)の瞳が捉えていたのは、彼女の美貌だけではなかった。

俺は銀縁の眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、彼女の体を覆う「魔力の流れ」を視た。

「……なんだ、これ」

背筋に、冷たいものが走った。

ただの病気じゃない。呪いでもない。

彼女の体内にある莫大で清らかな魔力が、彼女自身の『意識』を絡め取り、深い深い海の底へと引きずり込んでいる。まるで、魔力そのものが彼女の時間を喰らっているかのように。

「……おかしな魔力の流れだ。君、自分の『時間』が削られていることに気づいてないのか?」

問いかけても、当然返事はない。

俺の頭の中で、猛烈な勢いで計算式と魔術理論が組み上がっていく。

この魔力の消費速度。彼女の生命力。それらを天秤にかければ、彼女が1日のうちで『目を覚ましていられる時間』は――。

(……たったの、数時間? いや、今は六時間程度か。だが、このままいけば遠からずゼロになるぞ)

ぞくり、と。

純粋な知的好奇心とは違う、得体の知れない焦燥感が胸をざわつかせた。

こんなにも温かく、優しい魔力を持った少女が。

膝の上の小さな命を慈しむように抱きしめたまま、静かに、確実に、この世界から『退場』しようとしている。

「……冗談じゃない」

俺は無意識のうちに手を伸ばし、彼女の桃色の髪に触れていた。

指先に触れたその髪は、見た目通りひどく柔らかくて、温かい。

「こんな面白い……いや、こんなに美しい術式バグを放置して、永遠の眠りにつかせるなんて、天才の名が廃る」

彼女の頬にそっと指の背を這わせる。

冷たい。もっと温めてやらなければ、本当にそのまま消えてしまいそうだ。

「君のそのふざけた眠り病、俺が暴いて、ぶっ壊してやるよ。……だから、勝手にいなくなるな」

それは、今まで魔術の探求以外に何も執着してこなかった俺が、初めて他人の命に――一人の少女に、強烈な執着を抱いた瞬間だった。

「――貴様。お姉様に気安く触れるな。その腕を切り落とされたいか」

突如、背後から凍りつくような殺気が叩きつけられた。

振り返ると、温室の入り口に、アストレイアの義弟――テオドールが、抜剣する寸前の姿勢で立っていた。ヘーゼル色の瞳が、俺を完全に「排除すべき敵」としてロックオンしている。

「おっと。怖い番犬のお出ましだ」

俺は両手を軽く上げて降伏のポーズをとり、ゆっくりと立ち上がった。

チャラチャラとした笑みを浮かべ、わざとらしく肩をすくめてみせる。

「誤解しないでくれよ、義弟殿。君の可愛いお姉様が、こんな所で無防備に寝ているから、風邪を引かないか心配して見ていただけさ」

「黙れ、クロムウェル。お前のその胡散臭い目は、お姉様には相応しくない。二度と近づくな」

テオドールは俺を睨みつけたまま足早に近づき、ベンチで眠るリリアーナを、まるで世界で一番壊れやすい宝物を扱うように、そっと抱き上げた。

その手つきの優しさと、俺に向ける殺意のギャップに、思わず笑みがこぼれる。

「……忠告、感謝するよ。でも」

彼女を抱き抱え、温室を出て行こうとするテオドールの背中越しに。

俺は、すっかり夢の中にいる桃色の髪の令嬢を見つめ、誰にも聞こえない声で呟いた。

「俺は、欲しいと思った知識ものを諦めたことはないんだよね」

チョーカーに触れ、魔力を落ち着かせる。

まずは、王宮の地下書庫にある禁書群から洗うか。彼女の『時間』が尽きる前に、必ず答えを見つけ出してみせる。

天才魔術師の心に火をつけた無自覚な令嬢は、義弟の腕の中で、ただ幸せそうに微睡み続けていた。

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