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僕を振った大好きな幼馴染の様子が変だ -弟分卒業の条件は、俺が死ぬまで逃げないこと-

作者: 青空のら
掲載日:2026/03/04

プロローグ


「えっ? 幼馴染の冬彦君と付き合っていない!? 嘘でしょ?」


 女の敵である、親友の夏樹が私の言葉に大袈裟におどろいている。

 男どもの視線を釘付けにするサラサラの髪にくりくりの目、女である私から見ても可愛い──つまり、すべての女の天敵だ。


「いや、本当だって」

 最近、少し様子がおかしいと言われたが、自分では自覚はない──夏樹の気のせいだろう。

 尋問のような激しい詰問に、うっかりと冬彦からの告白を断ったと告げた途端に夏樹の声色が変わった。

 自分たちのことを棚に上げて、幼馴染と付き合っていないのを嘘だと曰う夏樹。

 まさにどの口が言う、だ。

──いや、もうくっついた後で、全校生徒公認のバカップルだから、有言実行かぁ……


「一切好意はないの?」


 遠慮なく核心部分をついてくる。流石は女の敵だ。親友だというのに容赦がない。


「そりゃあるよ、可愛い弟分だもの」

 可愛い彼女ができるまで、暖かく見守るのが姉貴分としての務めだもの。

 早く、役目を開放されたい。

 どこかにいい男、落ちてないかな?


「だったら付き合っても良かったんじゃないの?」


 両片思いでグズグスしていた張本人が無自覚に煽ってくるのって、何か腹立つな。


「夏樹はそんな感じで春人以外と付き合えた?」


 ここはきちんと釘を刺しておく。

 何度早く付き合えと急かしたか、数え上げたら両手両足じゃあ足りなかった──もげてしまえ、おっぱい。


「うぐ! 確かに無理だけどさ」


 予想外の反撃に夏樹がたじろぐ。

 感情のまま振り上げた拳をシャドーボクシングっぽくこちらに突き出すが、そのままバランスを崩し、宙を泳ぎ身体を私に預けてきた。


「でしょう?」

 くそっ! 可愛いな。その仕草が男心をくすぐるんだな。メモしておくよ。

──いつ出番来るんだろう?


「でもさ、勘違いしてるって事もあるんじゃないの?」


 夏樹がこてんと顔を横に傾げる。


「勘違い?」

 可愛いな、ちくしょう!

 全人類の女の敵認定してあげるよ──天然物には勝てないぞ!!


「そう、勘違い!」


 身を乗り出すようにこちらに近づく。夏樹の顔が目の前にある。

 絶対に男なら気があると勘違いする距離感だ。春人には同情しておくよ。

 もめごとに巻き込まれる未来しか見えないよ。


「例えばどんな?」

 好き、嫌いに勘違いがある?

 冬彦の好意が勘違い?

 確かにひなどりが初めて見たものを親と刷り込んでしまうようなものかな?

 初めて見た年頃の異性──うむ、なるほど。

 うんうん、私のことをちゃんと異性と認定しているなら、可愛いところあるじゃないか。見直したぞ、冬彦。


「向こうからの過剰な好意に対して当たり前だと思い込んで、麻痺してるとか?」


 事ある毎に『秋葉ねぇ!』と駆け寄って来る態度に私への好意を感じ取っていない、と言えば確かに嘘になる。


「──」

 ひなどりが母親に駆け寄る姿にも見えなくはない。


「騙されたと思って今から私の言う事に従ってみて! まず、目を閉じて想像してみて」


 夏樹の言葉に従い目を閉じる。

 能天気に笑っている冬彦の顔が浮かんでくる。


「向こうに冬彦君が見えます。秋葉に気付いたのにそのまま素通りしました」


 むっ! 冬彦の癖に生意気だぞ。

 駆け寄って来いとは言わないけれど、会釈の一つくらいはしてもいいよね?


「放課後、校門を出ようとしたらいつも後ろから追いかけて来る冬彦君が来ません。後ろを振り返ると同学年の可愛い子と話しながら下校しています」


……微笑ましいじゃないか。

 うんうん、若いっていいよね。

 これで私も晴れて子守りから解放されて彼氏作りに専念できるもの……


「日曜日、勉強を教えて欲しいと押し掛けて来る冬彦君が来ません」


…………自由な時間があるって素敵だよね。

 きっと私だって素敵な彼氏ができているはず……


「今日で1週間冬彦君と口を聞いていません」


………………

 少しくらいは顔を出しなさいよ。寂しいじゃない。


「進学、就職と他県に引っ越すので顔を合わせるのは年末年始の帰省時位になります」


……………………弟分なら姉貴に会いに来なさいよ!

 何よ、冬彦のくせに……


「ある日、結婚式の案内状が届きます。もちろん差出人は冬彦君です」


…………………………私の事を好きだって言ってた癖に!!

 嘘だったのね。遊びだったんだわ……


「ゆるさない……」

 絶対に許さない。許すわけがない!


「えっ?」


 夏樹が目を白黒させている。何に驚いているんだろう?


「浮気なんて絶対に許さない!!」

 そうよ。浮気よ! 浮気するなんて男のクズよ!!


「ふぇ!?」


 夏樹が素っ頓狂な声をあげたが騙されない。冬彦をたぶらかしたのはお前か!


「好きだって言ったんなら最後まで責任取れ!!」

 行き遅れたらどうするつもりだ!

 乙女の純情を返せ!!

 絶対に逃さないんだから──


「ちょっと、相手が違うから!!」


 はっと我に返ると夏樹の胸ぐらを掴んでいた。

 すまない気持ちで夏樹に視線を向けるとニヤニヤした笑みを浮かべている。


「それで冬彦君と付き合うのはやっぱり無理そうなの?」

 ニヤニヤ。

 その気持ち悪いうすら笑いはやめてよね。写真撮って春人にみせるよ?


「冬彦の癖に生意気だから!」

 そう、弟分なのに私の乙女心を弄ぶなんて──生意気よ!


「生意気だから、どうなの?」

 ニヤニヤ。

 絶対に写真に撮ってやる。スマホどこだっけ?


「責任を取らせる!」

 冬彦の好きだという言葉を本気にしちゃった責任……取らせなくちゃ!


「あらあら、ご愁傷様! 間違っちゃった。おめでとう!!」

 ニヤニヤ。

 パシャ! バッチリ撮ったからね。玉砕した時は道連れだよ──死なば諸共。

 逃げようと思っても逃さないんだから!!冬彦め覚悟しておけ!!



「ほらそこ、間違ってるよ。問題を良く読んで」

  彼氏がいきなり誕生するわけもなければ、当然、幼馴染が突然誕生するわけもない。

 今日も恒例になっている弟分の面倒を見る。


「えっ、どこ?」

 せっかくちゃんと解けたと思ったのに。まだまだか──


「ここの問3」

 隣の芝生は青い。よそ様を羨ましがってばかりいても仕方がないのだが……羨ましいものは仕方がない。

 冬彦の面倒をみて気を紛らわす。


「ちょっと待って、もう一度最初から解くから」

 きちんと一人でできるところを見せたい。秋葉ねぇの前だからこそ。


「──」

 目の前にいるのは弟と同い年の冬彦。家が隣で家族ぐるみの付き合いがあり、自分の事を秋葉ねぇと慕ってくれている。とはいえ一つ歳下の弟分で男として見たことはない。

『秋葉ねぇと同じ高校に行くんだ!だから勉強を教えてよ!!』

と言われ押し切られるように受験勉強を見て以来、定期的に勉強会をしている。


「これで合ってる?」

 頑張って同じ高校に入れたのに、ダメダメの落ちこぼれなんて見られたくないよ。頑張る。


「正解!でもこっちの公式を使う方が解くのは速いかな?」

 地頭はいいのに素直すぎて、引っ掛け問題に簡単に引っかかるのは、性格由来だろな。純粋とも、単細胞ともいうけど。


「なるほど、さすがだね」

 確かにこちらの公式を使う方が早く解けそうだ。違いはどこにあるんだろう?

 この着眼点の違いが秋葉ねぇとの距離の差なのかな?


「──」

 冬彦は素直に改めて違う公式を使って解いていく。

 疑うことを知らない上に、私に口答えすらしないいい子だ。


「ところで、学校で何かあった?」

 いつもと様子が違う秋葉ねぇにさりげなく質問を投げかける。

 明らかにテンションが違うよ。どうかしたの?


「うん? 平々凡々、いつもと変わらないよ」

 何もないことが問題なんだ。彼氏──いや、ボーイフレンドでいいから欲しい。年頃の乙女なら全員が思うことだ。


「そうかな?秋葉ねぇ、さっきから何度もため息ついてたよ」

 無意識だったんだね。よかった。僕のことを幻滅したのかと心配してたけど、杞憂のようだ。本当によかった……


「あれ? うそ! 無意識に出てた?」

 弟分の前でため息つくなんてとんだ失態だ。姉貴分の威厳がなくなっちゃうじゃない。失敗、失敗、気をつけなくちゃね。


「それで何があったの?」

 僕のことじゃないとしても心配だよ。学年が違うから学校じゃあ近くに入れないからね。はあ、彼氏にでもなれれば、どんな口実をつけてでも近くにいられるのに………


「大した事じゃないよ。春人と夏樹がくっついたんだ」

 春人に憧れてボクシング部に入部した冬彦は春人も夏樹も良く知っている。

 はれて周囲全員から公認済みのバカップルが爆誕。


「えっ!? 春人先輩と夏樹先輩が!? えっ? あの二人って付き合ってたんじゃなかったの?」

 いやいや、秋葉ねぇの言ってることがおかしい。意味不明すぎる。あの二人が付き合っていなかった? えっ?


「本人達曰く、ただの幼馴染だったんだってさ」

 お互いが好意を抱いているだけ──って周り中にバレバレだったけどね。

 というか、相思相愛で付き合ってるようにしか見えなかった。

 いまさら感は隠しようがない。


「春人先輩と夏樹先輩、どう見ても相思相愛でイチャイチャしてるように見えたけど」

 いや確かに、抱き合ったり腕組んだり、そんな露骨に恋人ムーブはしてなかったけど──うん、恋人ムーブはしてなかったけど、恋人にしか見えなかったんだよね。なんだろう、あの二人のオーラ。


「うんうん」

 もちろん私にも異論はない。

 朝夕仲良く登下校してる姿を見ると他の人間の入る余地無かったもんね。ほぼ全校生徒が目撃しているわけで。それでも玉砕覚悟で告白する勇者は絶えずいたわけで。

 やはり、女の敵だよ、夏樹。

 私なんて告白なんてされた事なんて無いよ。

 もちろん、弟分の冬彦からのはカウントに入れていない。


「ため息をつくって事は羨ましいの、秋葉ねぇ?」

 親友の幸せをやっかむなんて、秋葉ねぇらしくないもん。普段なら逆に笑い飛ばしてテンション上がってるはずなのに。

 そんなに羨ましかったの?


「うーん、どうだろね? 羨ましいのかな?」

 無意識にため息つくなんてなんて致命的だ。

 さらに弟分の前でやらかすとか最悪だよ。

 モヤモヤしてるこの気持ち──彼氏ができたら収まるのかな?


「じゃあさ、秋葉ねぇ、そろそろ本気で考えてくれない?」

 恋人が欲しいなら、身近にいるよね?

 僕が彼氏に立候補してもいいよね?

 僕にはチャンスないのかな?

 年下はダメなの?


「うん? 何の話?」

 いつも冬彦の話はちゃんと聞いてる。今は内容が飛躍しすぎて理解が追いついてないだけ。冬彦は何の話をしているのだろう?


「き、決まってるじゃん! 俺の告白の返事だよ!!」

 絶対に顔真っ赤になってるはずだ。でも、ここでちゃんと言っておかないと後悔する。秋葉ねぇくらい可愛ければいつ彼氏ができてもおかしくない。

 学年が違うから邪魔しに行くチャンスがない。

 だから、玉砕覚悟で突撃するしかないんだ。

 無謀だとわかってても、他に選べる道はないもの。


「ええ? またまた、本気じゃないでしょ? 一時的な気の迷いだって! いつも言ってるけど、冬彦には同い年くらいの可愛い子が似合うよ」

 チャンスがあれば私に向かって『付き合ってくれ』と言う冬彦。

 流石に回数が多すぎて真剣に言ってるようには受け取れないんだ。

 告白っていうのは、こう、なんていうか、よくわからないけど、一人に一度っていうか──真剣に向き合ってするものだと思う。


「俺は秋葉ねぇがいいの!!」

 他の誰かではなくて、秋葉ねぇじゃなきゃダメなんだ。なぜ、わかってくれないんだろう。

 他の女の子なんかじゃあ、秋葉ねぇの代わりにならないのに……


「私のどこがいいの?」

 ここはズギュン!と心を撃ち抜かれるシーンなんだけど、長年姉貴ポジションで居るだけに『可愛い』と思ってしまう。

 残念ながらトキメキを感じない。弟にトキメキを感じないのと同じ感覚で。既に冬彦に対しての気持ちは家族と同様な物かもしれない。


「何度も言ってるけど、頭が良くて、優しくて、面倒見が良くて、とにかく容姿も性格も全てひっくるめて全部だよ!」

 最初から身近に理想の女性がいるんだもの、他の女性になんて試験が向かないよ。

 なぜわかってくれないんだろう?


「そっか、ありがとう。でもね、私には冬彦が可愛い弟分にしか見えないから、付き合うとかそういう気持ちにはなれそうにないよ。ごめんね」

 学校で私の姿を見付ける度に猛ダッシュで駆けつけて来る姿は、子犬が尻尾を振ってる幻覚と重なって見える。どちらかと言うと懐いているという表現がぴったりだ。


「わかった。今は我慢する! でも俺が弟分を卒業した時はあらめて交際する件を考えてくれよ!」

 弟分からの卒業。明確な目標ができた。しかし、それを達成するまではあくまでも弟分……男とすら見てもらえてないんだね。


「じゃあ、楽しみに待ってるね」

 はいはい、可愛い弟分の成長を見守るのも姉貴の務め。飽きるか、心変わりするか、可愛い彼女を作るまでは彼氏は諦めますか。

 トホホ。


「絶対だからな!俺は本気だから」

 しつこい男は嫌われるから、秋葉ねぇへのアタックは月に一度と決めている。

 今月は我慢する。残念だけど、我慢する。

 来月こそは……はぁ、辛いなぁ。我慢できるかな──いや、男らしく我慢する!

 はぁ……

 秋葉ねぇ……

 弟分からの卒業かぁ……



──────



確かにはっきりと振られた。悲しい片思いの現実を突きつけられた。なのに何か変だ。何かというより全てが変だ。ちょっと待って欲しい。



──────



「秋葉ねぇ、おはよう!」

 俺の女神は今日も可愛い。声を聞きたくてこちらから声をかける。もちろん、秋葉ねぇの登校に合わせて家を飛び出している。


「あ、冬彦! おはよう、今日も元気だね」

 よかった。少し支度に時間がかかったから、家を出るのが遅くなってしまった。

 先に登校して、もういないのかと思っていた。

 もしかして、待っててくれたのかな?

 それなら──嬉しい。


「もちろん、それだけが取り柄だからね」

『私には冬彦が可愛い弟分にしか見えないから、付き合うとかそういう気持ちにはなれそうにないよ。ごめんね』

 昨日も振られたけど、そんな事は気にしていない。一緒に歩きながら、横に並べる自分の幸せを噛み締める。尊い。


「あ、そうだ。今日のお弁当渡しておくね。今日のおかずは秋刀魚だって言ってたよ」

 まとめて作った方が効率いいと、うちの親が冬彦のお弁当も一緒に作っている。

 同じ釜の飯を食った仲──もう、家族も同然よね……


「ありがとう。秋葉ねぇとお揃いの弁当だね。お昼が楽しみだよ!」

 校門前でおばさんの手作り弁当を秋葉ねえからを受け取る。いつも美味しいお弁当、感謝しかない。おばさん、ありがとう!



──────



「冬彦、今帰り?」

 思ったより早く冬彦が出てきてくれて良かった。自意識過剰かもしれないけど、けっこう通りすがりの生徒に見られてる気がする。

 いや、別に変なことをしてるわけじゃないから、恥ずかしいわけじゃないけど、何か落ち着かない。

 冬彦は毎回は平気そうのはなぜかしら?


「そうだよ」

 部活が終わり、秋葉ねぇを探しに校舎へ向かおうとした時、後ろから声を掛けられた。振り返ると秋葉ねぇが立っていた。


「じゃあさ、一緒に帰らない?」

 べ、別に弟分と一緒に帰るだけだから変じゃないわよ。いつものルーティンよ。


「もちろん!」

 いつもと逆のパターンにいつも以上にテンションが上がる。ここ数日一緒に帰れなかったから尚更だ。


「よかった」

 思わず胸を撫でおろす。彼女もいないヘタレな弟分に断られたらショックで寝込んじゃうわよ。

 でもなぜ、私から誘っているんだろう?


「秋葉ねぇの頼みを断るはずないだろ!」

 ズギュン!

 ほっと胸を撫で下ろす秋葉ねぇの姿にハートを撃ち抜かれる。

 こんなレアな姿は見たことないかも……今晩は布団の中に入ってまぶたを閉じた瞬間にこのシーンが再現されるはず。絶対だ。反芻しすぎて眠れないかも──


「それなんだけどさ……呼び方」

 相変わらずヘタレなんだから。弟分をやめる気なら、呼び方からよね?


「なに?」

 言いにくいそうに秋葉ねぇの声が小さくなっていく。


「昨日の告白断ったけど、諦めちゃった?」

 あきらめちゃったのなら仕方ない……



「天地に誓ってもそんな日は来ない」

 将来、俺以外の誰かと付き合う姿を見る事になったとしても、秋葉ねぇを好きだというこの気持ちは変わらない。


「よか**」

 本当によかった……



「えっ?ごめん、よく聞こえなかった」

 俺とした事が秋葉ねぇの呟きを聞き逃してしまった。

 ああ、なんてことだ。


「ううん、何でもないよ!それでね、弟分を卒業するっていうのなら、いつまでも『秋葉ねぇ』って呼ぶのはおかしくないかな?」

 じゃあ、なんて呼ばせよう?

 秋葉、以外の呼び方が思い浮かばない……

 

「!?」

 言われてみればそうかもしれない。しかし、秋葉ねぇは秋葉ねぇだ、他に呼び方が思い浮かばない。俺の女神……


「ほら、私も冬彦の事呼び捨てにしてるし、冬彦も私の事を秋葉って呼び捨てでいいんじゃないかな?」

 他に呼び方がないから仕方ないよね。

 秋葉、って呼ぶしかないよね。


「よ、呼び捨て?」

 俺の女神を呼び捨て!?


「──」

 冬彦が動揺している。

 そんなに嫌がらなくてもいいじゃない……

 いや、ここで引き下がるわけにはいかない。絶対に呼ばせてみせる。


「嫌われるのが怖い……」

 無意識に口から言葉が溢れていた。マジで呼び捨てなんてして嫌われたらどうしよう!?


「ふふふ、そんな事で嫌うわけないでしょ?それとも諦めちゃうの?」

 良かった。嫌がってるんじゃなかった。

 ほっとした私の口から笑い声が漏れる。

 びっくりさせて。もう、冬彦のくせに。本当に冬彦のくせに……


「頑張る!頑張って呼び捨てしてみる!」

 俺の女神が小悪魔的な笑みを浮かべてこちらを見つめている。


「頑張る程じゃないと思うけど。じゃあ、頑張って」

 死ぬ気で頑張ってよね。呼び捨てくらいで満足してちゃあ、駄目なんだから……



──────



「……」

 夕食後、俺の姿は秋葉の部屋にあった。もちろん勉強を教えてもらう為である。


「どうかしたの?」

 冬彦の隣をキープする。誰も見ていないから心配しなくていいよ。私も気にしないもの。


「今日は隣なんだね」

 横に座った秋葉の囁く息が耳に掛かる。俺の女神の吐息で昇天してしまう。というか、ここは天国だろうか?

  いつもはテーブルの対面に座るはずの秋葉が今日は横に座っている。


「ふふふ、対面でもいいんだけど」

 うーん、どうしようかな?

 ご褒美のことは黙ってようかな?

 それとも知っていたことバラしていじめようかな?


「──」

 そう言うと秋葉は自分の胸を指差す。

 うん、確かに僕の視線の先はそこだけど?


「それなりの頻度で視線を感じていたのよ、自意識過剰かな?」

 もう、バラしちゃおう。可愛い弟分だと思ってたのに、色気づいちゃって……

 いつの間にか可愛い年下の彼女なんかを紹介してくるんだよね……


「自意識過剰なんて、そんな事はないよ!」

 バレてないと思っていたけど、バレてた!!

 秋葉の自嘲めいた口調に反射的に答え、そして気付いた。壮大に自爆した事を……


「──」

 許さない。私というものがありながら、恋人を作るなんて……

 絶対に許さないんだから……


「そ、それよりさ」

 何とかして話題を変えなければならない。弟分から昇格する前にただのエロガキ認定されてしまう。それだけは避けねば……


「──」

 あんなことや、こんなことをしてる所を見せつけてくる気ね。許さないんだから……


「隣だと俺、臭くないかな?」

 色気から程遠い話題に変えてしまえ。これでなんとかならないかな?

 部活後にシャワーを浴びているとはいえ真横。秋葉の良い匂いがするという事は逆にこちらの匂いも届くはず。

 秋葉のいい匂い。口に出した途端にエロガキ認定される。我慢、我慢、いい匂いすぎる……無心になるんだ。


「そうかな? くんくん」

 はっ? 変なことを考えてた気がする。

 冬彦の匂いでも嗅いで気持ちを落ち着けなければ。平常心よ、平常心。


「──」

 秋葉が顔を近づけて来ると、そのまま俺の胸に顔を埋めた。

 無心になるんだ。そう、無心に。


「うん、やっぱりそうだ」

 絶対にそうだ。落ち着くもの。

 今までイライラしていたのが嘘のように落ち着いていく。

 アロマ? まあ、いいわ。せっかくだから堪能しておこう。


「──」

 くんか、くんか。すーはーすーはー。

 僕の胸元で秋葉の呼吸音が聞こえる。呼吸音?

 何も出来ずに待つ事3分、秋葉が顔を上げた。


「ふう、堪能した。じゃなくて!! 大丈夫! 全然臭くないよ、本当だよ? 信じて!」

 うん、満足した。

 腫れ物が落ちたような不思議な感じがする。

 あれ? 一体何に起こっていたんだっけ?

 あれ? 



──────



「久しぶりに一緒に食べない? 天気も良いし外に行こうよ!」

 渡し忘れたふりして渡さなかった冬彦のお弁当を見せながら、人質として活用する。

 そのまま弁当を渡さずに持ったまま先に教室を出た。


「うん。いいよ、秋葉」

 朝に弁当を受け取るのを忘れた時は、昼休み秋葉のクラスに受け取りに行く。

 そして、今日は誘われるまま一緒に中庭に出た。


「えへへ、久しぶりに一緒に食べるし、食べさせてあげようか?」

 そういえば冬彦が言っていたような気がする。

『告白は月に一度までって決めてるんだ』

 ということは、まるまる一か月待たなくちゃいけない!?


「はい!じゃなくて、我慢する。食べさせてもらうなんてお子様みたいだ」

 弟分を卒業する為にも我慢、我慢。うーん、涙出ちゃうぞ、血の涙。


「そっか、じゃあまた今度にする?今なら食後の膝枕もセットで付くんだけど?」

 一か月も待たせるの? えっ?

 冬彦のくせに!


「ぜひお願いします!!」

 叫ぶと共にその場で土下座した。後悔はない。というか、この機会を逃した方が後悔するだろう。


「じゃあ、あーんして」

 ふふふ、早く冬彦が素直になって告白してきますように。

 たっぷり召し上がれ。


「!?」

 秋葉が差し出したたまごサンドをそのままいただく。味のアクセントとして、たまごの焦げた味と塩っぱさとガリガリとした殻の歯ごたえがする。


「味はどうかな?美味しい?」

 凝った料理は失敗するから、無難な料理にした。サンドイッチなら失敗するはずがないも。味はどうかな? 美味しいと言って!


「もちろん美味しいよ。最高だね」

 間髪入れずに即答する。もしかして、もしかしなくても、秋葉の手作り? 俺の天使のお手製? 

 何かの悪戯や実験だとしても嬉しすぎる。俺は遠のく意識を必死で繋ぎ止めた。


「良かった。まだまだあるから全部食べてね」

 もう、ガッつくほど美味しかったのなら良かった。いつもの食べ方と少し違ったから心配しちゃったじゃない、もう!



──────



「というわけで、今日からマネージャーとして参加してくれる秋葉さんです。みんな仲良くしてください」


 キャプテンの春人先輩からの入部の紹介が終わると同時に秋葉に駆け寄る。


「入部したんだね!」

 僕の女神がマネージャーに!?

 部活の時間もそばにいるなんて信じられないよ。夢じゃないよね?


「ええ、今日からマネージャーとしてよろしくね」

 顔真っ赤になってる気がする。バレてないかしら? バレてないよね? バレてないはず。

 冬彦のあの顔を見てる限りは顔が赤くなってるのはバレてないみたい。ひとまず安心。


「さあ、ビシビシ仕事教えるからね。秋葉、覚悟しなさい」


 先任マネージャーの夏樹先輩が秋葉の横でニヤニヤしている。以前から何度か秋葉を勧誘していたと言ってたので、今回の入部は念願かなって嬉しいのだろう。


「受けて立つわよ」

 冬彦を誘惑しようとする小娘どもめ、蹴散らしてやるんだから!


「俺、嬉しいです!ラ、ランニング行ってきます!」

 今以上に頑張らなくっちゃ!少しでも良いところを見せたい。



──────



「俺、水に浮かないから苦手なんだ」


 春人先輩、夏樹先輩、秋葉とプールに来ていた。水泳トレーニングという名の息抜きである。鍛えられて引き締まった肉体の春人先輩の体脂肪率は一桁、水に浮かぶわけがない。


「浮き輪抱えてる姿も似合ってるって! ほら、楽しまなくっちゃ!」


 そう言うと夏樹先輩が春人先輩に水を掛け始めた。

 カップルの邪魔をするのは野暮だな、とか、おっぱいって本当に水に浮くんだな、とかぼんやりと考えていると隣から視線を感じる。

 振り返ると秋葉がこちらを見つめていた。


「俺たちも楽しもうよ」

 バカップルとまで校内で言われている二人に付き合っていては、こちらの精神が持たないよ。

 僕は秋葉と一緒に楽しむ方がいい。いや、秋葉を眺めてる方が楽しい。


「冬彦、羨ましいの?」

 確かに夏樹の胸は凶器だけど、そんなに凝視しなくてもいいでしゃう? おっきい方が好きなんだ?

 私のことを好きだって言ったくせに、浮気するんだ……許さないんだから。


「ちょっとだけね」

 先輩二人の関係? 俺は秋葉さえいれば他に何もいらないよ。


「そう、おっぱいが大きい方がタイプなんだ?」

 くう、やはり、夏樹は全人類の、女の敵だ。

 浮気したらどうなるかわかってるわよね?

 うふふ、どうなるか……


「ぶふっ!? いきなり何言い出すの」

 俺は秋葉以外のおっぱいなんて見ないよ? なんてこと言うんだ? 俺の女神に失礼じゃないか?


「見てたでしょ?」

 あっ、目が泳いでる。やはり見てたんだ、夏樹の胸。すけべなんだから、油断も隙もない。

 絶対におっぱい星人だわ。


「はい、ごめんなさい」

 ジトっと睨まれては逃げようがない。もとより俺の辞書に秋葉に嘘をつくという言葉はなく、ここは素直に謝るしかない。


「他の女のおっぱい見るのは浮気だからね!」

 私のことを好きだって言ったくせに、浮気するんだ……許さないんだから。


「わかった、これから絶対に他の女の人のは見ない」

 う、浮気なんだ? 俺は秋葉一筋だよ? その前に付き合ってないよ?


「わかれば宜しい」

 その素直さに免じて今回だけは許さてもいいかな?

 少し可哀想かな?

 私だけを見るなら許してあげる。


「──」

 僕の返事に満足したように秋葉がうんうんと頷く。

 本当におっぱいって水に浮くんだ……ああ、俺の女神のおっぱいが……あっ、鼻血出そう。

 


──────



「右に逃げたよ、追いかけて!」

 春人が冬彦の近接プレッシャーを嫌って距離を取ろうとしていた。

 ジャブで重心をずらした後、反撃に出ようとしする冬彦のパンチをいなし、そのままダッシュして背後に回ろうとする。


「──」

 秋葉の声に反応して、右側へ身体を傾けて春人先輩の進路を塞いだ。

 マタドールと闘牛、春人先輩と俺の対照的なスタイルを二人一括りにしてよく評される。


「そこ! フェイント掛けて左の進路を塞いで!」

 ちっ、さすがはエース、反応がいい。

 春人は冬彦の反応に対し、小さくジャブを放ち牽制するとすぐさま反転した。


「──」

 今日も秋葉の声がよく聞こえる。さすがは俺の女神。指示も的確だ。

 そもそも弱小部、春人先輩に憧れる新入生の大量入部はあったものの、進学校のモヤシ生徒には過酷な春人先輩の練習量についていけずに大半が脱落、3ヶ月後には春人先輩と俺の二人だけになっていた。


「違う! 身体全体をぶつける感じで! そう! 嫌がって右に逃げるところにパンチを置いておけば当たるはず!」

 私の声に反応して、冬彦が的確に春人の進路を塞いでいるが、明らかに相手が一枚上手だった。

 ぐぬぬ、今回も負けた……


「──」

 ほとんどのパンチ、というか全てのパンチを捌く春人先輩に対抗する為には被弾覚悟で突っ込んで行くしかなく、必然とリング上が闘牛場と化す。もちろん闘牛は俺だ。


「──」

 悔しい。少しくらい手加減してもいいでしょう? 空気が読めないんだから……

 どうして夏樹はこんなのと付き合ってるのかしら? やはり顔かしら?

 でも冬彦の方がいい男よね? まあ、夏樹がライバルじゃなくて良かったわ……ライバル? えっ?


「ああ、また当たらなかった、、、」

 進路に置いてたパンチを春人先輩は当然のように叩き落とすと、手打ちで腰の浮いてる俺の顔面にストレートを叩き込む。俺はそのままリングに崩れ落ちた。そしてそのまま練習終了。


「耳はいいんだよな。セコンドの秋葉の声にほとんど反応してたしな」


 当然だ。どんな大歓声の中でも秋葉の声を聴き分ける自信はある。


「スタミナも付いてきたし、最終ラウンドまで手と足が止まらなければ対戦相手次第ではチャンスはあるな」


「大会の話?」


 夏樹先輩がリングを降りた春人先輩にタオルを渡す。


「そうだ」


 去年の秋の大会は春人先輩の名前を全国的に轟かせた。弱小高校に彗星の如く現れた脅威の新人選手春人。


「でもまだ一発もまともにパンチを当てた事がないから」

 早く春人先輩にパンチを当てて秋葉に認めてもらう。弟分を抜け出すんだ!


「相手が相手だから仕方ないよね」


 夏樹先輩は春人先輩の1番の理解者だ。その強さも一番よく知っている。伊達にバカップルと呼ばれているわけではない。


「まったく、大人げないわ!」

 後輩に花を持たせる意味でも、一発くらい当たってあげてもいいじゃない。

 この様子だと、冬彦が春人に一発当てるなんて、卒業までなさそう……えっ? 卒業までおあずけ!?

 ちょっと、どういうことよ!!


「まだ馬鹿になる気はないんだよ」


 三人の会話を聞きながら、俺はまだリングの上から動けずにいた。そして秋葉の幻聴を聴きながら微睡に落ちて行く。


「ケチくさいこと言わずに一発くらい殴られてくれてもいいでし……」



──────



「元気出しなよ!十分立派な成績だよ」

 次があるわよ。

 私も我慢するから、元気出しなさい。


「……うん」

 秋葉の慰めが虚しく聞こえる。張り切って臨んだ大会は残念な結果に終わった。

『そうだなぁ? 春人にパンチを当てれるくらいに強くなったら立派な男の子、弟分卒業だね』

ボクシング部入部直後にはっぱを掛ける様に秋葉に言われた言葉が頭の中で繰り返される。

 同じ学校ということで大会の組み合わせは別ブロック、春人先輩と当たるとしても決勝戦。練習とは環境も違うのでもしかしたらチャンスはあるかもしれないと臨んだのだが。


「次の全国大会に向けて頑張ろうよ」

 まさか、簡単に実現できると思って出した条件がこんなに難しいと思わないじゃない!?

 普通は練習中にクリアできると思うでしょう?

 あの堅物の春人、練習中ですら冬彦のパンチを全部さばくのよ。いい加減にして欲しい。

 ジャブの一発くらい被弾しなさいよ。目視で全部さばくとか、目がいいどころじゃなくて変態だからね。


「……うん」

『闘牛』『ノーヒット』と称されてた俺はまったく警戒されていなかったようで、試合開始後にダッシュで間合いを詰め連打、嫌がって逃げるのを追い詰めて連打、それだけで全ての試合が終わった。問題は春人先輩と対戦出来なかった事だ。

 今回の全国大会への出場枠は二枠。危険なスポーツであるボクシングにおいて、同門対決はする必要がないと、無条件で春人先輩の不戦勝になった。

 つまり、一度も春人先輩と拳を合わせること無く終わった。パンチを当てるなんてもってのほかだ。


「今日はすごく格好良かったよ」

 ボクシングを始めた頃に比べれば天地の差だ。いや、マネージャーを始めた頃からと比べても雲泥の差だった。

 本当に格好がいい……

 弟分だと思っていた冬彦はいつの間にか、すっかりと男の子になっていた。


「……ありがとう」

 いつも秋葉は優しい。こんな時にも励ましてくれる。いったい何時になったら俺は秋葉の横に並ぶのがふさわしい男になれるのだろうか?

 俺の女神に相応しい男に……



──────



「冬彦はまだ私の事、好きでいてくれてるのかな?」

 もう、十分に我慢した。

 もう、いいよね?

 今月はまだ冬彦から言われてないもの──


「もちろん大好きだよ!!」

 大会の結果に落ち込んでいる俺を励ますからと言われて呼ばれた秋葉の部屋。

 突然の問い掛けに驚きつつも、素直に本心を返した。


「本当?嬉しい!」

 やっと言ってもらえるんだね。

 十分過ぎるほど待ったもの……

 逃げようっても逃さないんだから、覚悟しなさい!


「何か変だよ、どうかしたの?」

 秋葉の部屋には高校に進学してからは勉強目的以外で訪ねた事はない。

 女神の部屋にいるんだ……


「あのね、お願いがあるんだ、そんなに難しい事じゃないし、どうかな?」

 そう、簡単なことよ。いつもと同じことをするだけだもの。

 何も難しいことじゃないわ。

 そう、素直になればいいのよ……


「秋葉の願いなら喜んで」

 難しくても必ず叶えてみせる。絶対に。

 そういえば、今までに秋葉にお願いされたことはあったかな?


「冬彦なら簡単だよ。これを私に向かって読み上げて欲しいの、駄目かな?」

 駄目なら、その時は……私が読み上げるわ。

 どちらが言っても違いやないわよね?

 ええ、違わないわ。

 結果が同じなら、どちらが言おうと関係ないもの……


「読み上げればいいんだね、わかった!」

 秋葉の手から紙を受け取った。A4サイズに秋葉の手書きの文字が並んでいた。

 秋葉らしい丸みのある文字だ。

 俺の女神は文字さえ美しい。


「ちょっと待って! 心の準備をするから」

 スーハー、スーハー。

 一字一句聞き逃すわけにはいかない。

 ええ、逃すわけにはいかないの……絶対に逃さない。


「!?」

 秋葉は胸に手を当てて呼吸を整えている。

 読み上げを聞く準備? えっ? ええ??


「準備OK!読み上げてくれる?」

 もう大丈夫よ。

 あとは、タイミングだけよ。


「じゃあ、読み上げるね」

 俺は秋葉から渡された用紙の内容を読み上げる。

 ざっと見た感じ、読み上げるのに覚悟のいるような内容は見当たらない。


「──」

 あら、心臓がドキドキしてる。どうして?

 顔まで赤くなってきた。あれ?

 早く読みなさいよ。冬彦のくせに……


「俺冬彦は秋葉の事が好きです。大好きです!」

 当たり前の事が書いてある。なので、そのまま読み続ける。


「はい!」

 やっと、聞けた。

 減るもんじゃないのにケチくさいわよ。


「だから俺と付き合ってくれ!」

 何度も言ったセリフである。


「はい!」

 絶対に逃さないんだから!


「将来、俺の子供を産んでくれ、できるだけ沢山」

 !? OK? えっ? 付き合えるの?


「はい!」

 浮気は絶対に許さないんだから。絶対に!


「浮気はしない」

 浮気ダメ、絶対にダメ。


「はい!」

 ふふふ、ちゃんと録音したから、後から言い逃れなんて無駄だからね。


「他の女には目もくれない」

 俺の女神に悲しい顔は似合わない。

 俺のことで嫉妬してくれる?


「はい!」

 目線で追いかけるのも浮気なんだからね。あとでちゃんと言い聞かせておかなくちゃ。


「だから俺と結婚してください!!」

 えっ?

 いや、今更読み上げないという選択肢はなかったけれど──

 弟分を卒業できていないのが事実として重くのしかかってくる。

 春人先輩の壁はまだまだ高い……


「…………」

 冬彦の動揺が見て取れる。

 どちらかしら?

 返事がないことに対して?

 それとも、自分が言ったセリフに対して?

 自分の言ったセリフには責任を取りなさいよ!

 本気にさせたのが悪いのよ!!

 そう、冬彦が全部悪いのよ!!!

 絶対に逃さないんだから!!!!


「えっ?」

 ここの流れで拒絶されたら死にたくなる。

 いや、欲張っているのは自覚している。けど、欲が出るのは仕方のないことだ。

 ワンチャン、俺の女神の横にいれるチャンスだと浅ましく考えてしまった。

 もちろん、後悔はしていない……

 気まずくなって、そばに入れなくなるのが怖い……


「こちらこそ、よろしくお願いします!!」

 えへへ、やっと……

 やっと……


「!?」

 そう言うと秋葉が胸元に飛びついてきた。相変わらずいい匂いがする。


「もう絶対に逃さないんだからね」

 死ぬまで放す気はないのよ。覚悟しなさい!


「こっちこそ、どこまでも着いていくからね」

 弟分と思われていてもいい。

 やっと秋葉の隣に立てるんだ。


「絶対に絶対に逃さないんだから、どんなに嫌がっても離れないんだから!」

 ちゃんと告白できたご褒美よ。

 私は冬彦の頬にそっと唇を添えた。

 


 急にデレてきた気もするけれど……

 俺の女神は今日も可愛い。尊い。



Fin.

とある日の部室にて


「全国大会優勝おめでとう!」


 ささやかながら祝勝会が開かれていた。本来ならもっと派手にやってもいいはずなのに、うちの学校は“進学校“の一言で全部スルーされる。

 壮行会も祝勝会も前例ゼロ。今回も当然ゼロ。だから、部員4人でこじんまり。


「ありがとう。これもみんなのおかげだよ。

本当に」


 頭を下げる春人の姿を見て夏樹が涙ぐんでいた。

 ちぇ、美人は何やっても絵になるんだから。ずるい。


「来年は俺も優勝目指して頑張ります!」

 今年は不戦敗だったけど来年こそは打倒、春人先輩だ! あっ、卒業かぁ──

 まだまだ先だけど寂しくなるなぁ。

 

「まあ、不戦敗とはいえ、冬彦も“2位”は頑張った方だよ」

……いや、語弊がありすぎるけど、本人が自覚していないようだし、訂正は不要だろう。

 全国大会クラスになると同門対決しても文句は言われないらしい。嫌らしいダブルスタンダードだね。


「そうそう、あっさり棄権したのにみんな驚いていたわよ」


 ぐぬぬ。頬に手を当てるしぐさが可愛い。悔しいが可愛い。絶対に女の敵だよ、夏樹。


「勝てないのわかってて戦うなんて意味ないですよ。戦うだけなら練習でいくらでもできますからね」

 目標は春人先輩にパンチを当てること。いまだに一発も当たってない。これじゃ、秋葉に合わせる顔がない。

 弟分から抜け出せない自分に腹が立つ。


「ははは、今からスパでもするか? 今なら一発当たるかもよ」


 陰で猛抗議しても『パンチ喰らって馬鹿になりたくないから遠慮しとく』とはぐらかされてる。

 ぐぬぬ。夏樹の見張りがなかったらお尻蹴飛ばしているのに、融通の効かない男だ。

 そこがいいのと、夏樹はいうが──惚気はいいよ。お腹いっぱい、遠慮しとく。


「あら、やだ。やっと後輩の顔を立てる気になったのかしら?」

 幸せそうな顔が憎い。何も知らないと思っているのだろうか? あの夏樹がどうして我慢できると思っているのが不思議でならない。

 いっそ、ここでバラしてやろうか?


「もう、浮かれるのもいいけど、ちゃんと空気を読みなさい、春人」


 右手をあげて叩く振りをするが、本気で叩くわけがない。

 うん、全世界が敵に回ったよ、夏樹。


「いつでも大丈夫ですよ、春人先輩!」

 チャンスは一度でも多い方がいい。大会後で疲れているなら、今がチャンスかもしれない。


 スパコーン。


「寝ぼけたこと言わないの。本気のスパなんて許すわけないでしょう? 今は休養期間なの、休むのも練習のうち。わかってるわよね?」

 手綱を緩めるとすぐにこれだもの。一瞬も目を離せないわね。


「もう、手加減してよね、秋葉」


 叩かれたところを男二人してさすっているが自業自得だ。

 こら、そこ、夏樹! 甘やかさない!


「はぁ、冬彦がもう少しまとも、いえ、スマート、これも違うわね。もう少し格好よければねぇ──」

 思わず愚痴が口をついて出る。仕方ないよ。こんな甘々の二人を見せつけられたら……


「えっ?」

 意外だ。秋葉は容姿とか、外見には興味がないと思っていたのに……格好いい男?

 はて? 格好いい、いい……!? 春人先輩だ!!


「そういじめてあげないでよ」

 

 夏樹、庇わなくていいよ。あなたの彼氏はあっちよ。


「ははは、これ以上何を望んでいるの?」


 さわやかを通り越して、脳天湖に笑われても、少しムカつくわね。もう一度叩いたらダメかな? ね、夏樹、春人叩いてもいいかな?


「俺、頑張るよ。春人先輩みたいに格好良くなる」


 格好いい春人先輩をお手本にすれば間違いない。部活もそうだったし、あとは私生活も真似すれば──


「ええ、そうね。頑張って──」

 いい男になって、胸張って私を引っ張っていってね。胸筋とかはゾクゾクするくらいい形してるし、いい匂いするもん……


「春人先輩は週に1度は告白されているというのに、俺なんか──」


 まだまだ足元にも及ばない。頑張らなくちゃ! まず手始めに……何をすればいいんだろう?


「えっ?」

 ちょっと! 何か変な言葉が聞こえたんだけど? えっ? 告白?


「次に1、2度しか告白されない。まだまだなね。もっと告白されるように頑張るよ」

 うん、本当は嫌だけど、秋葉が望むのなら頑張る。お互いに時間の無駄だと思うんだけどな……俺には秋葉がいるもの。


「ええ??」

  どういうこと? 冬彦が告白されてるのもの? 月一で? えっ? ちょっと待って、意味がわからない……


「あちゃー」


 夏樹が自分の額を叩いている。それは可愛くないと思う。なぜした?

 というか、知っていた?

……どういうことだ?


「俺だって、きちんと公開できたら、告白に呼び出されることもなくなるだけどな」


 知ってるよ、入籍したんでしょう。

 おめでとう、新婚さん。ほやほやだね。

 うちの学校は一応“進学校”を名乗ってるから、バレたら絶対に揉めるからお勧めしないよ。


「もう、春人ったら!」


 軽く春人を叩くポーズをする夏樹。いやもう、お惚気はいいから話を進めてちょうだい。


「いやいや、おめでとう。いや、そうじゃなくて、えっ?」

 君たちの件は夏樹から事前に聞いているから今更報告はいらないよ。それどころじゃないから──冬彦が月一で告白されていた!?

えっ? 初耳なんですけど!?


「ありがとう。入籍報告をきちんとできたら告白されなくなるはずなのに──」


 全国一位、てっぺん取ってる男のくせにぐだぐだ贅沢言わないの。いい男の価値が下がるよ。

 ああ、夏樹を選んでいる時点で下がりようがないのか……ごめん、言いすぎた。


「みんな受験でナイーブになっている時に公開できないもの。我慢しましょう。私も春人が告白されてるのも我慢するわ」


 既婚者の余裕だぁ。人妻の色気は全くない残念娘のくせに。


「えっ!? 先輩たち入籍したんですか? おめでとうございます!!」

 まったくわからなかった。いつしたんだろう? 大会前かな?

 俺と秋葉はいつになるんだろう? まずは実績を積まないといけない。それと、格好いい男にもならなくちゃ。ああ、時間が足りない──


「「ありがとう」」


 さわやかに祝福への返事をする二人。

 独身の私にはまぶしすぎる──

 ああ、このまま溶けちゃうんだ……


「本当に時間の無駄ですよね。お互いに。先輩には夏樹先輩、俺には秋葉がいるというのに」

 どうせなら、その時間は秋葉とイチャイチャしたい。

……したことないけど。



 ぐぬぬ。今すぐ役所に行きたいけれど、冬彦はまだ未成年。誕生日であと1年と2ヶ月──

 3人のが卒業したあとに冬彦に群がる女の子の群れという幻覚を見た。いや、予知夢に違いない。

 絶望が私を襲う──



「えええ!!!」



Fin.

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