キラキラキャンディー
キャンディーと限定スピチャンに支えられ、架純は称賛や警告を都合よく受け取り、自分が正しいと信じ込んでいく。
友人の制止すら拒み、彼女は再びキャンディーを選ぶ。
2050年。6月。
「お客さまの貴重なご意見、ありがとうございました」
最後の電話を終え、ヘッドホンを外した。
「あなたのおかげ。今日もありがとう」
パソコンの横に、ちょこんと座る限定スピチャンを撫でた。
「最近、神対応だねぇ」
マネージャーの滝田信広が両手を叩き近づいてくる。
「ありがとうございます」
「みなさんも、小宮さんを見習ってください」
今度は、フロア全体に太い声を響かせはじめた。
「皆さん。お客さまの声を聞く事が、何よりも大切です」
話を遮るかのように、ガチャガチャと音がする。
「私の話に耳を傾けていない人がいますね。優先順位という言葉を知っていますか」
動きを止めたスタッフに、矢を射るような視線を送っている。
「お言葉ですが」
新人の石田さんが立ち上がり、更に空気を張りつめる。
「マネージャーには、就業終了のチャイムが聞こえませんでしたか」
「いいえ。聞こえました」
「それならば、優先順位を理解していないのは、私たちではありません」
「ほう。勤務時間外は、話も聞けないということですか」
「おっしゃる通りです」
私が透明人間のフリを、するわけにはいかない。
サッと立ち上がり、頭を下げた。
「石田さん。私の言葉を優先するよう声を上げてくれたことに感謝しています」
これも、キャンディーのおかげだ。
「いや、その……」
「お客さまのご意見は、ダイヤの原石だと思っています。なぜなら『ライフスパン堂』を更に輝かせてくれるのです」
皆、拍手を忘れてしまうほど聞き惚れているのだろう。
「一緒に頑張りましょう!」
「……」
羨望な眼差しに包まれているのを感じる。
「きょ、今日も一日お疲れ様でした」
マネージャーの一声で、一斉にバタバタと音を立て始めた。
きっと、キラキラした私を見ていられなかったのだろう。
『まもなく1番線に列車が参ります』
短めのアナウンスに耳を傾ける。
「わざわざ知らせてくれて、本当に親切よね」
周りの音を拾うために、アンテナを立てる。
すると、聞き覚えのある声がした。
「あ、石田さん」
近づこうと一歩、踏み出す。
「……言葉が出てこなかったわよ」
「私も。小宮さん、やばいよね」
思わず足を止めてしまう。
「ありえない。『ダイヤの原石だと思っています』なんて、普通思わないでしょ」
「マネージャーの慌てっぷりも、面白かったけどね」
……そんな。
頬が熱くなってきた。
こんなところでも、私を褒めてくれているなんて!
「お礼を言わなくちゃ」
大きく足を踏み出したところで、シューっと音が響いた。
一瞬で二人の姿を見失ってしまった。
「ただいま」
玄関の戸までが音を鳴らし、私の帰りを迎えてくれる。
バッグにぶら下がるモフモフの毛に頬ずりしながら、リビングに向かう。
「……そういえば、カサブタが治ってる!」
私の声に反応したのか、母と目が合った。
「お腹が空いたわ」
「もちろん、分かってる。私の手料理以外、口に合わないのよね」
「大福は?買ってきた?」
「そんなことより、今日ね……」
ザルに入れた糸こんにゃくを洗いながら、石田さんの話を聞かせた。
「でも、一つだけ残念なの。スピチャンにも耳があれば、キラキラした話が聞けたのに。お母さんも、そう思わない?」
チラッとソファーに視線を移すと、母の姿がなかった。
「トイレに行ったのかな」
テーブルの真ん中に置いた土鍋に火をつけた。
「お母さーん。お待たせ」
グツグツと焼き豆腐が揺れ、出来上がりを知らせる。
「早く食べようよ」
椅子の後ろでピタっと足を止め、鍋に視線を送っている。
「さぁ、座って」
「……なによ、これ。嫌がらせなの?」
「そうだった!玉子割るね。お母さん手が震えちゃうもんね」
「こんなもの食べれないわよ!」
猫のような俊敏な動きでリビングを出て行った。
「きっと、歳なのね」
具材二種類のすき焼きをスマホ片手に、一人で堪能した。
様々な『限定スピチャン』がネットにアップされている。
「あ、この子は口にピアスついてる。なんかロックっぽくていいかも」
同じ表情は一つもない。
『鼻がないところが、かわいいの』
画像と共にコメントを添えている。
「まぁそれもかわいいけど、やっぱり白目にホクロがある私の『スピチャン』が一番」
親指で画面を送り続けると『注意!』の二文字が目に留まった。
「なに?」
体温が少しずつ下がっていく。
『キャンディーを全部、食べないで!私の友人が……』
「あー。この人たち羨ましいのね」
更にコメントを読み進めた。
『限定スピチャンは、どこに売っていますか?』
『一個でもいいので、譲ってください!』
優越感に包まれ、体温が戻ってきた。
「……そういえば、お母さん。なんで持ってたのだろう」
スタスタと母の部屋の前に立ち、ノックをした。
「聞きたいことがあるんだけど」
ゆっくりと襖を開ける。
「寝てるの?」
母からの反応はない。
「こんな早く寝るなんて、おばあちゃんじゃない」
ピクっと背中が動いた。
呼ばれたがっていた『おばあちゃん』と言ってあげたから嬉しかったのだろう。
「私って親孝行な娘よね」
クスッと笑い、戸を閉めた。
今朝もモフモフの毛が頬に触れ、目が覚めた。
「スピチャン、おはよう」
起き上がり、紫の毛糸を首にかける。
「ちょっと、大きめのペンダントみたいだね」
姿見越しに話しかける。
「これで、今日もずっと一緒よ」
スピチャンは私の胸あたりで揺れている。
サンダルを引っかけ、玄関を開けた。
ゴミ袋を片手に灰色の雲で覆われている空を見上げる。
今にもポタポタと肌を濡らされそうだ。
「急がないと」
カラス避けのネットをめくり袋を置いたその先に、由紀ちゃんの姿が見えた。
「久しぶり!出産おめでとう」
「ありがとう」
視線を合わせようとしない。
「女の子って聞いたよ」
「うん」
片目の眼帯を隠すように髪が乱れている。
「架純ちゃん、結婚しないの?」
「今のところ予定なしかな」
「その前に、相手がいないんだったね」
「急いで探す必要もないと思ってるの」
「期限が決まってるのに?」
───ムズ、ムズ。
「自分の年齢、分かってる?」
え、待って。
「架純ちゃん、そろそろやばいと思うよ」
おかしいな。
「私だってギリギリセーフな感じだったし」
「やめて」
やっと目線を合わせた由紀ちゃんは、私の胸あたりを凝視している。
「な、なんで持ってるの」
「え?」
眼帯を露わにし、みるみる顔が青くなっていく。
「す、捨てたのに」
ガシッとスピチャンを掴み、引っ張る。
「キャンディーは?食べたの?」
「食べたよ」
「今すぐ、捨てて!」
なにするのよ。
子どもを手に入れたのに、スピチャンまで奪おうとしているなんて!
「私だけのスピチャンなの!」
「架純ちゃん、お願い!」
走り出した私は、無意識に十字架のピアスをグリグリしていた。
────「キャンディー、食べなくちゃ」
ポタポタと耳障りな音を消すために。




