05
「ほんとあの時の益子ウケる♪」
「休日の買い物に付きあわされて疲れたお父さんて、まさにあんな感じだったよね~。口なんか大きく開けちゃってさ」
何かが引っかかってるが思い出せない。
いや、思い出せないのではなく、消えてなくなってしまったという方がしっくりくるのか、自分の記憶に実感といったものがないのだ。
夏休みが終わり、新学期が始まって最初の休日。
益子は買い物に行った友人ら三人と再び、同じショッピングモールにいた。
結局、海には行かなかった。友人達には、どうしても今年はしなければならないと言って、益子は両親と山の祖父母の墓参りへと行った。
戦時中に土地を転々とし、親戚や身内ともバラバラで所在もわからないまま、自分達も歳をとり、直系の家族は愛海一家のみ。そのため、唯一の孫であった益子は特に可愛がられた。
田舎で暮らすにはそれなりに余裕のあった祖父母だったので、遊びに行けばいつもお小遣いがもらえたし、欲しい物も大抵は買ってもらえたのだが、益子は中学校に上がると、お小遣いも元々欲しいものも無かったのであまりねだらず、「何もいらない」と、言うようことが増えていた。
遠慮や、まして、両親に何か言われたわけではない。育って行く過程で触れてきた全てのことが益子の性格を形成し、自発的にそうなっただけである。
もちろん、祖父母が嫌いということはない。むしろ田舎の家へ二人に会いに行くのが大好きだった。
祖母の料理は自分の口に合ってたのか、行くたびに手伝っているうちに覚えたほどだし、高齢のわりには見た目も中身も元気なお祖父は、近くの森や山で虫取りのイロハや、いろいろな遊び道具の作り方を教えてくれた。
近所の子供達に紛れて、暗くなるまで山や川を走りまわっていた益子は、今でこそ憧れ抱かれるお嬢様だが、田舎にいる時はそこらのガキ大将にも負けないお転婆っぷり。
しかし、大好きな祖父母が他界してから、田舎を訪れる頻度は次第に減っていった。
「あれ、どっちが先に亡くなったんだっけ?中学卒業.......。いや、三年の夏休み後だっけ?」
忘れるわけが無いのに思い出せない。
だが、思い出したいのはそこではない気がする。
夏休み前......。そう、水着を買いに来た時......、何かがあった気がする。
なぜ海に行くのをやめたのか?ましてや、自発的に墓参りに行きたいと思うなど......。
祖父母の墓参りの時に不思議なことが起こった。
両親も忙しく予定がつかす、実に八ヶ月ぶりに行くと、墓の周りは相応の汚れ具合なのだが、メインの墓石だけ妙に汚れている。
特に苔が逞しく、微小のものが点々としたものではなく、一本の生き物のように色濃く茂った苔が、土台から墓石を全周巻き込むように生えている。
最後に来た時から期間は空いたが、ここまで成長していた苔には両親も驚いていた。
ともあれ、苔を取り除こうと水をかけると、苔は流れるように、するりと落ちたのだった。
驚いたのはその後。
苔の落ちた墓石には大きなヒビ割れがあり、それを繋ぐ役目をしていたのか、苔が落ちたことによって祖父母の墓はバラバラと崩れ、その中には手紙と、それとは別に紙幣の束が入った封筒。硬貨を包んだ棒金と呼ばれる筒。それらがいくつもビニール袋に入れられた状態で出てきた。
「私にあげるはずだったお小遣いだって。いくらくらいあったんだっけか?」
手紙には、恐らく亡くなる間際であろう祖父母が書いた両親と自分への手紙だった。
益子の家族以外に遺産を相続する者がいなかったので、祖父母がいなくなった後の家や財産は全て両親の物となった。
勿論、益子にも分配はあったが特に使う宛ても無いので両親に預けた。
その後に出てきた益子宛の金銭を、両親からは好きに使いなさいと言われたので、
「まぁ墓を新調した女子高生なんてそうそういないよね。自分のじゃないけど」
思い返してみると、「我ながら奇特なことをしたのでは」と、少しだけ顔がにやける。
「あ~、なに笑ってるのよ~。なんか夏休み明けから怪しいのよね~」
「まさか益子嬢......、彼氏でござるか?」
「え、そうなの?あたし達にお墓参りなんて嘘ついて、さては彼氏と......。いやぁあたしの益子が~」
「彼氏などどこにいるか!それに、誰があんたのじゃ」
戯れ、益子が一人の友人のわき腹を擽っていると、もう一人の友人が、携帯端末の画面の大きなタブレットで何かを検索している。
「でもさ、海行かなくて正解だったよ」
「なんでよ。ってかさ、あんた達だけでも行けば良かったのに。それこそ今ここでイチャイチャしてるの、彼氏だったかもしれないし」
「いや、ほれ」
友人が差し出したタブレットを見ると、ネットのニュースの記事が映し出されている。
それを見た瞬間、益子はあの日ショッピングモールで起きたことが頭の中に流れ込んでくるのを感じた。
画面には「○島海岸、女子校生水死体で発見」と、書かれている。
そこには通常なら海岸の写真だけで、もちろん死体など写っていないはず。ネットニュースだとしてもモザイクなどの、最低限の配慮はあるだろう。しかし、その記事には覆いなどで隠されもしない、打ち上げられた死体の写真が鮮明に載っていた。しかもそれは、
「……なんで、私達……」
かろうじて聞こえるかと思われる、小さな声に友人が反応する。
「ん?益子?」
自分の名前を呼ばれるが益子は画面から目が離せない。
更に益子は画像の端、野次馬の群れの中に違和感を感じると、一人だけ不自然にこちらに顔を向けている人物を見つけた......、あのガスマスクの男。
そう、あの時、無人のショッピングモールで出会った男だけがこちらを向いているのだ。
「やっぱり夢じゃなかった。でもだとすると今ここにいるのって……」
「お~い、益子譲~」
ハッとして、目の前の友人の存在に気づく。
「な~に恐いもん見たような顔してんの、クジラ嫌いだっけ?」
「だって......、これさ、私達が......。く、クジラ?」
面食らった益子が改めて画面を見ると、「○島海岸に打ち上げられたクジラ、12m超えか」となっていた。
そして、先程はっきりと思い出したことが頭の中から再び消えていくような気がした。
「そのクジラを退かすのに結構時間かかってさ~、倒れてきて人が潰されたら危険とかでお盆明けくらいまで海岸にお客さんが入れなかったのよね」
「あ~、あたしたちが行こうとした日だったね。誰かがクジラの死骸で衛生面が~とか言ったから、海の家の人がお客さん来なくて大打撃だとかってテレビで観た~」
友人達の何気なく、当たり前で一般的な会話の中、何か焦りのようなものを感じた益子は、咄嗟に頭に残っていたことを訪ねた。
「ねぇ、最近ガスマスクって流行ってるの?」
「なに、クジラ終了?ってかガスマスクぅ?なにそれ、ハロウィンのコスプレ?」
「お、そういえば来月ですな、じきに文化祭もあることですし、二階のショップに行ってみますかな?」
「あ、いや、そういうのじゃなくて......。そっかハロウィンか、文化祭か!よし、ものども出陣だぁ!」
「お~、それでこそいつもの益子♪」
「きっと、夏休みに彼氏できたんだけど一夏だけだったんですな(小声)」
「聞~こえてるぞぉ!誰もフラれたりなどしているものかぁ!」
「うきゃ~ 逃げろ~!」
見事な早さで散開した友人達を追おうとしたが、鞄を忘れたことに気づき、座っていたソファに戻る益子。
「まったくあいつらは。あ~、もう何思い出したか忘れちゃったわよ」
『どうやら無事に帰って来れたようですね』
突然頭の中に響いた声に、益子は顔を上げた。
~When I Come Aroundを最後までお読みいただきありがとうございました~
もともと、短編単位の物をまとめて一冊にしていたので、それをネット用に分割して編集。再編集して載せていますが、各話ごとのボリュームの差が激しいのは気にしています。
話としては三巻の途中まで書いているので、初期の方の肉付けをもう少ししたい気持ちはありますが、そのあたりは今書いている分を終えてから考えます。
明日からは[Suppuration]が始まりますので、引き続きお付き合いいただければ嬉しく思います。
感想などいただけると、たいへん参考になりますので、お時間あればよろしくお願いいたします。




