12 15才 [END]
エピローグ
「『オイ、その辺で止めとかないか?』」
「あ?もういいのかよ、まぁいくらやっても気は済まねぇけどよ」
うつ伏せに倒れている相手の背中を踏みつけているシルエットからは理解し難い会話の内容である。
「『骨折程度は治せるみたいだが、四肢を切断して手足を灰にすれば再生はできないだろう。それか、動けなくするだけなら札でも事は足りる』」
「俺、拷問の類は好きじゃねぇんだけどな。だからさっさと潰しとかねぇとアイツみたいになるんじゃねぇか」
「『姫、お前が不甲斐ないからだろ。全く主様が不憫でならない』」
「自由に開放できないって意味じゃ一緒だろスパイク?お前が最初からこっちに来ていれば俺が悪役になる必要なんてねぇんだ」
「『お互いできないことを言い合っても解決にはならないな。さっさとそいつを動けなくしろ。そろそろ主様の手当てをしたい。いい加減死んでしまいそうなのでな』」
「いまいちお前が心配してるように聞こえねぇんだけどな。あ~、えっと名前なんだっけか?とりあえず俺が踏んずけてるお前、コイツの声は聞こえないだろうけど俺はそんな悪趣味なことしねぇから。どうせ忘れるとはいえ、これ以上痛い思いしたくなかったら大人しくしとけよ。言葉通り動くなってことだからな」
会話の中で「姫」と言われた存在は足をどけた。
そして踏みつけられていた相手は理解しているのか、微かな呻き声を漏らすとその場で身動きをせずにおとなしくしている。
自分を押さえつけていた重力から解放された彼女は虫の息だができるだけ呼吸を整えようとしている。そして徐々にここ数分以内に起きたことを思い出していく。
黒い閃光に目を逸らし、異様な雰囲気がする方を見るとソレはいた。
暗く濃い紫のような色をした……、鱗と言っていいのか体全体を覆ったそれはボディスーツのように体の線がはっきりとわかる程だが、所々破れたように人の肌の色をした皮膚が覗いていることから薄い服を着ているというより何かの感染症、そう鱗のような瘡蓋に覆われていたというのが自分の中で一番しっくりくる。
その存在は爬虫類のような指から伸びた爪を見た後で空を見上げる。
すぐに薄い雲で隠れていた月が姿を現すと、全体像がまるでスポットライトを当てたように照らし出された。
身長は170cmくらいだろうか。異様な見て呉れの細身の体にキラキラと光るショートのブロンド髪。そこから伸びる不釣り合いな鹿とは違うがそれに似た角。
口元からはだらしなく長い舌を垂らしていたが「ハァ♪」と、不気味な声を漏らすと先ほど自分が吹き飛ばして意識を失っている銀の装飾をあしらったレザーのハットと暗がりでは血が滲んだ箇所がわかりにくいが臙脂色のこれも革のジャケットを着た、どこかの特殊部隊が被るようなガスマスクを被っている者を見るとすぐにこちらをに顔を向けた。
直感で友好的でないと判断した自分は間髪入れず、攻撃の為飛び掛かったが一瞬視界が暗くなり、次の瞬間には背中から地面に叩きつけられ天を仰いでいた。
そして自分を見下ろしているその存在は聞く。
「勘違いがあるといけねぇからな。あれをやったのお前か?」
手ぶりも無く主語も抜けているが、あの岩に凭れている男の事だろう。
背中を打った衝撃で軽く呼吸が止まり、上手く言葉を出せずにいると自分の返答を聞く前に、いや最初から聞く気は無かった感じが伝わってくる。
その存在は子供が人形を乱暴に扱うように、軽い物でも振り回すように岩や地面などに叩きつけ、狂ったように終始笑っていた。
次に自分が意識を取り戻したのは口の中に広がる甘い味を感じた時だった。
「美味しくて強くなるんだよなぁ?鼻血出ちゃったしあちこち痛いか?口の中も切れたから食えない?遠慮すんなよ!」
自分の持っていた菓子を握ったまま、拳ごと無理やり口の中へ押し込んでくると許容量を超え、それを拒絶した喉が押し返そうとするのを許さないと言わんばかりに口を塞ぐように掴みながら言った。
「お前、なに勝手に楽しんでるんだ?玩具で遊んで良いのは俺だけなんだよ」
そして元よりこちらと会話をする気はないだろうが、それにしては誰かと会話しているかのように言葉を発していた。
「てめぇは黙ってろ!この××はアイツの前で俺に痴態を晒させた。それだけで充分なんだよ!」
髪で隠れていない方の目で真っすぐこちらを見ながらそれは言う。
そしてその目は人間のものではなく、爬虫類のような縦長で鋭い瞳孔に明らかな怒りの色を灯していた。
「あ~なんだよ、逃げられちまったじゃねぇか」
「『だから四肢を捥ぐか札を使えと』」
「いやぁ、まさかお仲間が迎えに来ると思わなかったからよ。ってかコイツと同じようなマスク被ってなかったか?」
「『オレは以前あの者に会っている。ほとんど記憶には残ってないが、あまり良い思い出ではないのは確かだ』」
「挨拶もしねぇでさっさと帰っちまって、不愛想なところはコイツと一緒だな」
「『また戻ってきて不意打ちというのもしないだろう。おい姫、主様の治療をするからさっさと主導権を渡せ』」
「お前もお願いしますくらいは言えよな。まぁ半分はお前の身体だ。キスくらいは許してやるぜ?」
そう言って目を瞑るとすぐさまフっと糸が切れたように膝を着く。
そして再び目を開けると先ほどとは違った瞳の色をしていた。
「主様、いつも後手になり、苦しい思いをさせてしまい申し訳ございません」
自分の腕に爪を突きつけ、そのまま乱暴に引き裂く。
漫画のように派手な血しぶきは上げないが、大きな傷口から次第に粘質な赤黒い液体が滲み、緩やかに流れ始めた。
それを長い舌で舐め取り、口の中で咀嚼するように唾液と混ぜる。
一瞬主に詫びを乞うように一礼すると、ジャケットの上から傷口に口づけてそれを流し込んだ。
間もなくして意識の無い主だが、それでも投与されたそれの影響か痛みの刺激からか、激しく体を捩じらせて地面に倒れんで藻掻き始めた。
「人とは全てにおいてあまりにも脆く弱い。まだこの程度でもこんなに苦しめてしまうのか」
『「そうやってことあるごとに薄めたものを入れてきた結果が中途半端に苦しむ体にしてまったんじゃねぇの?いつまでヴァージン気取ってるんだよ。さっさと血でも肉でも貞操でもくれちまえ。そんなんだからこいつはいつまでも無感傷になれやしねぇし俺たちもこのザマだ」』
「主様の身体は抗うべきとこの過ちを認めている。生きることを諦めることも別のものへと逸脱することにも納得できないから、こうして意識を失っている時でさえ無抵抗ではいられないのであろう……姫、還すぞ」
再び姫へと主導権が戻ると先ほどからはだいぶ落ち着いているが、それでも苦しそうに肩を大きく動かし、荒い呼吸を繰り返している主を岩へ凭れさせた。
「キスくらいは良いって言ったのによ。
まったくさ、誰もが栄光へと連なりながら引き寄せ逃れていくのに、お前はいつまで銀色の熱に浮かされているんだ?
さっさと人間なんか辞めちまえよ。
じゃなきゃ運命なんていうあいつらが名付けた幻の通りになっちまうぜ?」
ゆっくりとガスマスクを取り、指についた血液を舐めとる。目元をわずかに緩めて顔を近づけると月に照らされた二つのシルエットが重なった。
数秒後、止まっていた影の一つが立ち上がり、遠くの方で事の一部始終を傍観するしかなかった存在達へと目を向ける。
「……ねぇ、あれってやばいかな?」
目を逸らせず、自分が抱えている者へと問いかけるがいまいち反応がない。
「ねぇってばフォロム、逃げた方がさ……」
「いや、もうあんまり時間ねぇんだ。とりあえず手間かけさせんな」
数百メートル先にいた存在は既に自分の目の前にいた。
「あ、いえ、その……えっと」
「はぁぁ、スパイク様ぁ~」
緊迫したこの状況に対して、間の抜けた声に別の意味で驚いたリイベは言いかけた言葉を詰まらせた。
「お待ちしておりまして。焦がれておりまして。フォロムは、フォロムは……」
「あ?なんだよスパイク、ご指名だとよ。後はもう任せるぞ」
「……いきなり還すな。混乱する……えっとフォロムさんか」
「はいぃぃ。まだ百年と生きていない未成熟な身でおこがましいとは思いまして。でも、この想い伝えずして諦めることもできないのでして是非、是非……」
「ありがとう、嬉しいよ。でも、そちらの彼女は良いのかな?」
聞かれたフォロムはリイベを見上げ聞いた。
「リイベ、フォロムと契約したいのでして?」
「え、あ……契約って……その、方法ってあれよね?」
「リイベが望んでくれるのであればフォロムはリイベに委ねるのでして」
「そんな、急に言われたってさ……」
「時間はあった。それでもこの状況でも決められないなら答えは出ているね。さ、フォロム、こちらにおいで」
誘われるまま、フォロムはリイベの手を離れた。
そして、これから自分の目の前で行われる行為から目を逸らせと頭が警笛を鳴らすが、リイベは動けずそれを見つめていた。
大きく口を開けた存在へと、自ら恍惚に満ちた表情でその身を任せる。
そしてその影同士が重なり、一つが完全に消えると、その存在は自らの両肩を抱き、こみ上げてくるものに興奮を抑えきれず、笑いながら月を睨むように歓喜の咆哮を上げた。
瞬きもせず、言葉も出せずに涙を流していたリイベに衝動の納まった存在は目だけを向け、そして何かを手渡した。
「お嬢さん、ここはあなたの居て良い世界ではないからそれを持って帰りなさい。大丈夫、あの者が目を覚ましたら道案内はさせるから」
そう言うと、一瞬の内に再び数百メートル離れた岩へと凭れている男の元へと移動していた。
もう、今まで起きたことが頭の中で混在し、理解が追い付かないリイベは顔を下に向けていた。
「あぁいうのはどうにも慣れないものだな」
『「いやいや名演技だぜ?相変わらず女には良い声使うよな」』
主に跨るように座った存在は子供が甘えるようそっと抱き着いた。
『「最初からそれくらいやれっての」』
「め、目覚めた時に姫が側にいなければ気を揉むだろ!?余計な気苦労かけさせないためだ」
『「さっさと全部くれちまえばいいのによ」』
「そういう姫も煽るだけで肝心なところまでは踏み込まないだろ」
『「約束があるからな。一番恐いやつを除け者にしたらどうなるかわかったもんじゃねぇ」』
「……あぁそうだな。それでは主様、またお会いする時まで」
『「またな。まだしばらく、まぁできるだけずっと長く……お前の可愛い玩具でいさせてくれ」』
それは幸せな夢を見るように、優しい笑顔でゆっくりと目を閉じる。同時に黒い閃光が輪のように広がり、辺りを包むように染めていった。
そして薄い霧がゆっくり晴れていくと、柔らかい月明かりが夜空を照らしていた。
~15才を最後までお読みいただきありがとうございました~
When I Come Around 、Suppurationと合わせた三部構成で時系列としては15才が最初になります。第一巻は世界観などを簡単に紹介するイメージだったので、二巻からは焦点を絞り、物語の本筋を濃くしています。
ネットでの掲載は、二巻はC107が終わって年を越したらと考えていますが、ハンドメイド系のイベントの準備もあるのでいつかは未定です。
製本にはしていますのでC107に二巻も置いてはいますが、修正前のものが読みたい方以外は、ネットで掲載するまで気長にお待ちいただければ幸いです。
もちろん、会場でお手に取っていただけたら恥ずかしい反面、嬉しく思います。
しばらく間が空くと思いますが、またお見掛けした際はよろしくお願いいたします。
それではまた、時の随でお会いましょう。




