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RVALON Ⅰ  作者: 竜;
15才

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47/52

09

「ソレで、結局手掛カリは掴めナイで帰って来たノ?」


 相変わらずパソコンに向かって何かを入力している安萄にジェイクが聞いた。


「ああ、最初の手掛かりのマンガを失くしていた事も帰国して気づく有様さ」


 キーボードを打つ手を止め、両手を上げて椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げながら答えた安萄だが、その声からは残念そうな感じは伝わってこなかった。

 寧ろ嬉しささえ漂ってくる。


「人命、ましてや家族のを左右するかもしれない事柄なのに不謹慎、ほんと馬鹿げているとは思うけどなぜか解決の手段が僕の頭の中にあるのさ。もう手品、魔法みたいにパッと出てきたんだ」


「わからナイ。お姉サンの容態も説明つかナイ。その上でエンドゥ、いやアンドゥの出した解決策ってイウノは?」


 体勢を戻し、デスクの引き出しから何かを取り出した安萄はジェイクにそれを見せた。


「?なんダイ、自転車……いや、バイクのチェーンのプレートかイ?」


「さすがバイク乗り、わかるんだね」


「僕ノはベルトだけどネ。でもコレ、装飾してアルからアクセサリーかナ?」


「これを使うんだよ」


 安萄の言葉にジェイクは首を傾げた。

 自分でも言ったが見た目はただのアクセサリーにしか見えない。薬にもみえないし、治療器具だとしてもどう使うのだろうか?


「言ったところで、ジェイクですら呆れるだろうから成功したら全部を話すよ。もうすぐ時間だ」


 柱に掛けてある時計を見ると、針は後数分で二本とも天辺で合わさろうといった位置である。


「ジェイク、頼んだよ」


「オーライ、ドンなマジックを使ったノカ、後で聞かせテクレヨ」


 そう言って白衣を脱いだその下は、この病院が契約している警備会社の制服であった。

 帽子を被り、軽率な敬礼をすると鼻歌交じりにジェイクは廊下へ出て行った。


 そして午前零時になると同時に遠くの方から複数の叫び声が聞こえ、間もなくして全力疾走のジェイクが安萄のいる部屋の前を駆け抜けると、数秒して同じ制服を着た二名の本物の警備員がその後を追って行った。

 捕まらないように、しかし追手が自分を見失わないように。一定の距離を保ち、誘導するように病院の出口へと走って行った。


 早る気持ちを落ち着け、堂々とした足取りで安萄が廊下へ出ると、ドアの足元には一枚のカードキーが落ちていた。


「恩に着るジェイク。まぁ捕まっても大丈夫だとは思うけど上手くやってくれ」


 そうして安萄は目的の部屋へと向かう。


 何度も計算して歩いた道筋、時間にすれば数分でしかないが今日はやたらと長く感じる。

 無意識に足取りは早くなる。緊張で動悸もその脈動を激しく打つ。


「お姉ちゃん、リイベお姉ちゃん、もうすぐだからね」


 安萄は部屋を出るまで、ある作業の他いくつかのメールを時間差で各所へ送信する作業を行っていた。


 一つはジェイクが捕まった時の為の言い訳。内容としては自分がジェイクを脅し、無理やり協力させたと言った趣旨のもの。

 もう一つはリイベが無事目覚めたとしても現在進行形で犯罪を行っているため、逮捕を予想して、いや姉さえ助かれば周囲を巻き込んだお詫びとして自首をする覚悟で臨んではいるがジャングルで知った真相などを伝えるためのもの。


 そして……、


「できればあれだけは時間内に送信の取り消しをしたいな。確信は無いけど、まず今回の件でお姉ちゃんが死ぬことは無いと思う。けれど目覚めなければ僕以外に行動を起こそうなんて人はまず現れないだろうから、僕は犯罪者としていつ牢獄から出てくるかもわからないし、両親にもこの上なく迷惑をかけることになる。加えて、おそらく永久に目覚めないお姉ちゃんは実質死んでいるのと相違ない。それならと……、まぁ実際その時になってそれができるのかと言えば自信は無いけど、このメールが取り消せなければ生き恥もいいところだ」


 失敗した時、それこそ安萄の考える最悪のシナリオの場合そのメールは遺書になるのだが、


「信用は愛情と無理心中か……誰にも剥がされたくない面の皮。未成熟だからどうせなら高貴な死ってのにあこがれている節はあるのかな?でもあれが人目に晒されたら目も当てられない。……要するに内容が痛いんだよな……」


 不安と緊張からか独り言も加速するさなか、気づけば目当ての病室は目の前であった。

 覚悟を決めてきたとは言え、いざそれが迫ってくると時間などいくらあっても足りない。


「はたから見れば猫の髭程のプライドさ、恥なんて言ってられない、信じて成功だけを……違うな。願うや信じるなんてカッコつけすぎか。今自分の中にある答えに縋り、わけもわからないこのプレートに賭けるしかないんだ」


 そして安萄は先ほどジェイクが落していったカードキーを病室の前の端末に翳す。


 赤い施錠を示すLEDのランプが緑色に変わり、小さな電子音が鳴ると自動的に扉はスライドして開いていく。


 軽く息を吸い、部屋へ入ると同時に廊下の端の方で誰かが叫ぶ声がした。

 先ほどジェイクを追って行った警備員が戻ってきたのかそれとも別の者か、どちらにせよここで邪魔をされるわけにはいかない。


 安萄は自動扉に力を加え、強引に閉めると胸ポケットから携帯端末を取り出し何かのコードを入力し、それを実行した。

 すると扉は再び赤の施錠サインを示した後、徐々にその明るさを消して行った。


「病院全体の電源を落とすわけにはいかないからね。このドアの電源だけ遮断する方法を探すのに苦労したんだ。無理やりには開けられない。けれど十分ももたない。悪いけれどいや、ここはお願いで良いか。大人しく事が済むまで自由にさせてくれ」


 扉があかないとわかると外の警備員はすぐさま横長の窓の方に移動し、警棒で叩きながら、おそらく「何をしている、早く出てきなさい」などと言っているのだろうが、この病室は特別で他と違い、窓にはただのガラスではなくポリメタクリル酸メチル樹脂を含んだ、ようするに水族館の水槽と同様の素材であるため、銃でも割ることは難しい。海外ならいざ知らず、テーザーガンすら携帯していないこの国の警備員が警棒程度で叩いたところで自身の腕の方が先に負傷してしまう。

 加えて防音効果も優れていることから、叫んでいても僅かに聞こえはするが内容までは些か聞き取りずらい程である。


 安萄は警備員が間違いなく入って来れないのを確認すると、ポケットの中で例のプレートを握りしめ、目の前の存在、ある時から、そしてこれからの生涯をかけて助けると誓った姉、安萄流衣弥が眠るベッドへとゆっくり足を進める。


「お姉ちゃん、たぶんこれが僕にできる最後の方法だよ」


 数歩歩き、ベッドの横に来ると膝を着く。

 その無垢で不自然な程美しいとすら感じでしまう横顔を見ているだけで涙が溢れて気持ちが抑えきれなくなりそうだ。


 ポケットからゆっくりと手を引き抜こうとした時、


「神も奇跡も無いこちら側で、それ以外では説明の付けようがない事象を解決する方法。それを一体どの様にして知り得たのでしょうか?」


 突然の声に驚きは勿論ある。

 しかしその声は柔らかく、それでいて安萄をその場から動けなくするほどの重厚さを感じさせた。


 目線さえ動かせない。

 これは恐怖か?まったくもって理解ができない。

 いや、最初からこの部屋にいたのであれば説明がつく。しかしなぜ。そしてこの人物は一体……。


「あぁ失礼、特別な術などを使ったわけではありません。修練すれば誰にでもできる一種の催眠のようなものです。あなた次第でその軽い金縛りのような体の強張りは容易く解除することができますよ」


 男の声だ。言っていることも内容も理解できる。

 だが時間にすればその男が話した数秒足らずの言葉が薄っすらと消えていくのを安萄は鮮明に感じていた。その言葉が消える前に、自分次第で体は動かすことができる。


 そう考えると突然自身を束縛していたような感覚は消え、弾かれるように声のした方へと顔を向ける。


 廊下の常夜灯以外は、心電図などが映し出されている病室のモニターくらいしか明かりと呼べるものは無い。その暗がりの中、はっきりと姿は見えないが、いましがた警備員が叩いていた窓の付近にその人物は微動だにせず佇んでいた。


「あまり時間がありませんので手短に。不躾とは心得ておりますが自己紹介も省略させていただきます。なに、すぐに忘れてしまうことですから。先に申し上げておけば、外の警備員はここへは入ってきません」


 男に言われて気づいたが、確かに窓のところにいた警備員の姿は見当たらない。付け加えれば窓の隣にある出入口は開いた状態だった。


「お察しの通りでかまいません。私はふと煙の様に現れたのではなく、こちらの扉から入ってきました。そして警戒されるのも勿論理解できますが、私は一切の邪魔だてをする気はありません。ただ、どのような方法を行うのか。あなたがどこでその方法を知り得たのかをお聞かせ願いたい次第であります」


 何か答えようとするが、言葉が出て来ない安萄は黙って男の話を聞いている。


「さて、方法が知りたいと言いましたが私の考えている通りであれば……おや、こちらも動きだしましたね。あと一分十八秒後がその定刻となります」


 ほぼシルエットでしかわからないが、おそらく上着のポケットから何かを取り出した物を見てから言ったことからそれは時計だろう。

 しかし定刻とはなんだ?


「あなたは知るよしもありません。けれど時間がくれば必ず合図はございます。さて一分を切りました」


 坦々と男は告げる。

 言われた時間や合図のことは安萄には理解できない。

 それよりも先ずこの男は本当に邪魔をする気は無いのか?そもそもなぜ自分にそんな事を説明する?


「映画や劇、作品において「間」の使い方こそがその作者を表すものと言う人もおられます。後数十秒、さて沈黙という表現は最も凡庸かつそれでいてそれ以上の……」


「アンドゥー!」


 その講釈をかき消す声と共に、一つの影が扉の前に立つ男に体当たりする鈍い音がした。


 そして二つの影が倒れるように安萄の目の前から消えると、飛び込んで来た人物が叫びながらその男を押さえようともみ合っている。


「アンドゥ、オ姉サンを守るンダ!」


「ジェイク!?どうして君が……」


「説明してル時間は……!?んグ……」


 瞬時にしてジェイクの言葉は遮られ、暗がりに目が慣れてきた安萄が見たものは、顔を掴まれ身動きできない大人一人をクレーンで持ち上げるようにゆっくりと立ち上がる男の姿であった。


「あなたは……、中身が違いますね?感覚でわかります。その行動は計算づくですか?それとも一か八かの無謀な賭けでしょうか?」


 元より質問の答えを聞くつもりはないのか、口を塞ぐように掴んだその手を離す様子はない。

 手足をバタつかせ、抵抗するジェイクの姿を見て無意識に安萄は立ち上がり、その勢いで男へと向かいかけた時、ポケットに入れてていた手の中から何やら熱が伝わってきたのだった。


「!?なんだ……これ」


 驚いた仕草すら見せず、男は安萄の方を向き言った。


「残念ですが時間です。今回もまた真相には辿り着けませんでしたが、手掛かりは文字通りこの手に掴みましたので全くの無駄骨ではないようですね」


「何を……」


「私事の愉しみも今回はここまで、それでは是非とも良い幕引きを」


 男の言葉が終わると同時に安萄のポケットから不自然な程眩い光が放たれると、それはスポットライトのようにリイベと彼を囲み、やがて円はすぼんでいく。


 ただ状況が呑み込めない安萄は、その男がジェイクを掴んだ手とは逆の手を頭上に掲げ、流れるように綺麗な半円の軌跡を描き、劇場の支配人が「またのお越しを……」と、するように掌を自らの胸元へと当てる仕草を見ていた。


 ……時間にすればほんの数秒。

 光が消えると安萄青年とリイベの姿はそこには無かった。


「いつも通りであれば彼らが戻ってくる頃まで私がこちらに滞在することはできないでしょう。……さて、中のお名前を存じ上げていないのでここはジェイクさんとお呼びしますが、素直に知っている事をお聞かせ願えるとありがたく思います。如何でしょう?おや、失礼しました。これでは喋れませんね」


 惚けるわけでなく、嫌味さが無いのがかえってわざとらしさを色濃くする口ぶりで男はジェイクを離す。

 必然、重力に従い身長180cm弱、体重80kg余りの人間が床に落ちる音がした。

 

 大袈裟な高さから落ちたわけではないが、その場に倒れたまま動かないジェイクを見て男の影は一間置き、何かに気づいたようだ。


「私としたことが、いやいやなんともお恥ずかしい。……逃げられてしまいましたね」


 先ほどと外見などの目に見える特徴の変化はないが、どうやら男の目的とする対象ではなくなったようである。


「離したから解放してしまったのか、それとも意識が途切れたからか。どちらにせよこれでこちらに居座る理由もなくなりましたね。せめて宿屋の主人と同一人物かだけでも聞き出せれば充分な収穫でしたのに……」


 既にジェイクを見ていない男はポケットから取り出したそれを見て何かを確認すると足音も無く扉から出て行き、曲がったところで先ほどのリイベ達を包んだ光と同様の眩い光が一瞬輝く。すると言葉通り存在自体がその場からいなくなった。そして病室にある機器の電子音、心電図の音だけがやたらと響く静寂が訪れた。




「……ここは……」


 気が付いた安萄は白い空間にいた。


 先ほどの、目がくらむような白さではない。

 色で言えば「白」としか表現のしようがないが、少なくとも視界に映る限りで言えば目には優しい、そう感じた。


 辺りを見渡すと、気づかない方が不自然なほどの存在感を放つ美しいレリーフの装飾が施された扉が口を開いた状態でそこに鎮座している。


「おかしなものだ。夢、かな?」


 触れてみればしっかりとした扉の質感が伝わる。だが自分はここで何をしているのだ?


「なんか眩しくて……いやその前だ。ポケットの中から熱が……そう装飾のされたプレート……いやそれもだけどもっと大事な何か……」


 目を閉じて両手を額に当て、どんどん遠のいていく感覚の記憶を必死で手繰り寄せる。

 しかし肝心なこと、人物、おそらく女性、それにはノイズが走ったようにまるでちぐはぐで輪郭が繋がらない。


 諦めて目を開けると扉の向こうに誰かの後姿が見えた。


「あ……」


 その存在、言葉、名前を言うより早く、白い部屋とを区切っている扉の向こうはこちらとは対照的に、瞬く間に彩られていく。


 そして向こう側の人物がゆっくりとこちらを向く。安萄は瞬きの一つでもすれば消えてしまうのではと必死で目を大きく見開き、挙動の一つも見逃すまいとただ一点を見つめていた。


 邪魔する者はなく、当たり前のように振り向いた人物は安萄の顔を見ると彼が何よりも欲していたその微笑み、呼吸のもう一歩先の一言だけでもと渇望していた優しい声で自分に話かけてくれた。

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