08-02
有名な遺産等も多く存在するその地域だが、彼の目指す場所はただのジャングルがあるだけで観光客が求めるようなものは無く、加えて幾つもの民族が点々と集落を作り暮らしているため、下手に縄張りに入ろうものなら殺されても文句は言えないことから多目のガイド料を貰っても、誰もそこには行きたがらない場所であった。
「何も無いのにどうしてあんなところに行きたいの?」
安萄が現地に到着して三、四日が経過し、酒場で途方に暮れていると流しでギターを弾いて路銀を稼いでいるという、見た目は大人びてはいるが背伸びの方がやや強く見受けられる少女が声をかけてきた。
「ただの興味本位だよ。明日ガイドが見つからなかったら一人で行くさ」
「どう見ても森の歩き方を知ってる風には見えないんだけどね。あんまり気のりしないけど、あたしなら案内できるよ。……あ~、その見た目じゃお金持ってなさそうだからあんまり期待できないけど」
彼女がそう言うのも無理はない。
送った荷物の到着が遅れ、所持品はあと二、三日分の滞在費と地図が描いてあるマンガ、電波が届かないので今のところ目覚まし程度の役割しかない携帯端末などであり、届く荷物の中に残りの資金やジャングル用装備など一式が入っていたため、服も出発の時に着てきたビードロのジャケットとGパンいう有様。
暑い地域なので凍死などの心配はないが、荷物がいつ届くかわからない状況下では極力無駄な出費は抑えようと髭剃りも買っていないので微妙に伸びた無精ひげと薄汚れた彼の姿は浮浪者的な印象を与えた。
「ガイドを雇うくらいは持ってるよ。君、このあたり詳しいの?」
「ま~、自分の町へ帰る途中だからね。でもね~」
「なにか問題が?」
「親と喧嘩しててね、絶賛家出中なの」
「それなら僕の目的地まで行ったらその後は好きにすれば良い。料金は片道じゃなくてちゃんと往復分出すからお願いできないかな?」
「別に急ぐ用事はないから最後まで付き合っても良いよ。それにガイド無しで迷わず帰ってこれる?」
「そう言われると自信はないかな」
「ま、責任もって案内するわよ。じゃ交渉成立っと♪」
自分の隣に置いてあったギターをケースに戻すと、少女は立ち上がり出口へと歩いて行くが安萄がついて来ていないことに不思議そうな顔をして振り返って言った。
「何してるの?早く宿に行こうよ」
「?……宿って、誰の?」
「たった今契約したからこの場合あなたの所になるわね。明日は朝一で出発するし、元よりあたし泊るところないから一石二鳥でしょ?」
「ちょ、ちょっと待って、まさか一緒の部屋に泊るの?」
「あたしの分の部屋取ってくれるならそれでも良いけどお金勿体ないよ」
安萄は頭を抱えた。
いくら何でも急すぎる。お国柄と言うのはあるだろうが自分は今まで「そういう」勉強はしてこなかった。
興味ないのかと言われればそんなことは無い。だがそもそもここに来た目的はそういう事をするためではない。
しかしこれがこちらでは仕来り、というか当たり前のことと言うのであれば……、
「あ~ちなみに「そういう事」する気なら身を固める覚悟でね」
「……え?」
「だから、結婚する気じゃないと脅しじゃなくて命の保証はないわよって話」
「こっちの国はそういう事は当たり前というか日常茶飯事なんじゃ……」
「ん~それは別の地域ね。ここは特にそういうのにうるさい所だから、本当は結婚前の男女が一緒に泊るのもダメよ」
「それだと僕の部屋には泊まれないんじゃ」
「大丈夫、あなたが泊ってるのってそこの角の宿でしょ?あそこってあたし顔なじみだから♪それに結婚してるしてないなんて自己申告だから問題ないわよ」
なんだか騙された気分の安萄は、
「一応聞くけどお金だけ取って逃げるってことはないよね?」
そう、明らかに疑念を前面に押し出した表情と声で聞く。
「普通騙す相手に素直に言う?まぁこの場合は信じてとしか言いようないし、不安なら部屋別々にした方が安心だと思うけど、あなたが思ってるほどここの人達って心は貧しくないから後ろめたい稼ぎ方はしないわよ」
「はたしてどこまで信じて良いやら……」
「どうする?契約破棄する?」
「いや、君の言う通り正直一人でたどり着ける自身は無いし、できれば無事目的を果たしたいけど、そもそもが博打でここまで来たようなもんだ。君に賭けて騙されても恨まないようにするよ。……できれば国に帰れるくらいは恩情かけてくれるとありがたいな」
「大丈夫だって」
作り笑いではなく、自然に楽しそうに笑う彼女の笑顔を見るとそれこそ根拠はないがたぶん大丈夫だろうと思い、安萄はカウンターの上のコップを手に取り、中身を一気に飲み干した。
「よし!ちょっと躓いたけど明日からが本番だ、気合入れて頑張ろう!……あ、今更だけど君、名前は……あれ……?」
なんだ、喉が熱い。そして頭が急にくらくらする……何か変な物を……
振り返り、カウンターを見ると自分が置いたコップの横に少し濁ってはいるが、おそらく先ほどまで安萄が食事の時に飲んでいたであろう水が入ったコップの姿があった。
自分の席の隣の大柄な男性が、使っていたコップを探していたが無いと思うと気にせず皿の横に置いていた瓶を片手にラッパ飲みする。
そして食事に手を移そうと男性が瓶から手を離すと、その中には安萄がこの国に来てから犬や猫より多く見かける大きな蜥蜴が、色濃い琥珀色の液体に漬けられ、白目のそれと目が合う。
「……これ……って……」
間もなく安萄は天井を仰ぎ、派手な音を立ててその場に倒れてしまったのである。
「あ~あ、本当に大丈夫かねこの人?」




