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RVALON Ⅰ  作者: 竜;
15才

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42/52

07-02

 等間隔に配置された蛍光灯、固く白いタイルに合わせるように壁も天井も統一された、どこまでも続きそうだと錯覚するように代わり映えのしない通路を、小柄な女性を抱きかかえながら歩くその男はまるで重力を感じさせない軽やかな足取りで進んでいた。


「……ん~んぅ……」


「おや、お目覚めになられましたか」


「……ハモンド……?あ~ってことはアタシ……」


 度数の強い酒をひたすら飲み続け、酔いの心地よさだけを取り除いたようなタチの悪い頭のぼやけを患いながら、ヴィザリィは自分を抱えている人物の存在を確かめた。


「本当にヴィザリィさんは引きが強い。それでいてその頑丈さ、賞賛に値する半面、軽率な行動で大きく減点されてしまうのが非常に勿体なく思います。さて、記憶の方はどこまで残っていらっしゃいますか?」


「ほとんど消えてるわ。アレをたらふく詰め込まれて、吐いた物ごと文字通り地面を舐めさせられたんだから。相手の姿もすぐ忘れていくわ」


「かまいません。現在進行形で消えているその記憶をできる限り話してください」


 ハモンドと呼ばれたその男は、実にゆっくりとした口調で部下の失態を咎める様子もなく、どちらかと言えば気分が悪く不貞腐れている子供をあやし、ご機嫌を取っているとすら受け取れる優しさで接している。


「怪物、大袈裟じゃなくて言葉通り。姿も力も……表現しづらいわ、デタラメな力でアタシを幼児が遊ぶお人形さんみたいに乱暴に振り回してさ。腕が千切れたら足、四肢が無くなれば首を掴んでそこら中に叩きつける。動かなくなったら菓子を無理やり食わせて、手足を繋げてを飽きるまでくり返し。気が済むとつまらなそうに空を見上げて言ってたわ」


「閻魔の轍だとしてもその先に希望を見ずにはいられないのか?

 わざわざ人間の真似事して、難易度上げて、ホント~にエライねぇ」


「まったくさ、自分が既に何度もクリアしたゲームを何も知らずに夢中にプレイしている人間に言うかのような口ぶりだったわ。質問は元より文句の一つも言えないし、全身動かないアタシを一瞥すると瞬間移動、少なくともアタシにはそう見えたけど、今回の対象の方へ歩いて行ったわ」


「なるほど、そのタイミングで私が次元を開いてヴィザリィさんを連れ戻したというわけですか。そうなるとあの時……」


「なんかあった?」


「いえ、相手の機嫌が悪ければ私もどうなっていたかわからないと思うと今更ながら背筋が凍る思いです」


「ハモンドでも勝てないってこと?」


「どうでしょうか。私はヴィザリィさんと違い肉弾戦は得意ではありませんし、相手の力量がわからない以上はこちらの術も通用するかどうか」


「よく言うわよペテン師が」


「怪我のせいと言うことで、今の言葉は聞かなかったことにしますが他には?」


「もう一人……その怪物とか対象の他にもう一人……そう確かに誰かいたと……いたはずよ。……あ~ダメ、それ以外の事は思い出せるのにそこだけ……あの怪物と一緒にいた……いたはず……だよね?」


 無理やりにでも記憶の底から引っ張り出そうとするが思い出せない。ではなく、確かにあるはずの記憶が徐々に消えていくなんとも気分の悪い感覚。


「大丈夫ですよ、これ以上はもう無理でしょうから。ヴィザリィさんの様態から見てもその怪物はおよそ管理局の者とは違うのではないでしょうか。管理局も強制執行はすれど、いたずらに痛めつけて楽しむようなことは、言ってしまえば時間の無駄ですし。そこで時間を浪費してしまうと自身に危害が及ぶことは知っているはずですので。

 そう考えるとヴィザリィさんが出くわしたのはあの世界の者か、ありえなくはないのですがこれまで遭遇したことが無いので可能性としては低い、私達や管理局以外にも次元を渡り歩くことのできる存在。何にせよ、あまり会いたくない相手ですね」


「あ、思い出した!」


「何か重要なことですか?」


「たぶんなんだけど、その管理局?の奴かな。最初からアタシの事を抹消しに来たわよ。……そう、優しさの欠片も慈悲も感じられない攻撃をされた気がするわ……あ~どんなんだっけ……あ~もぅ!」


「だいぶ我々も存在も露呈していますからね。交渉が無駄と思われているのでしょうか。

 さ、しばらくは安静にしていただいて、レポートはできる範囲でかまいませんのでできるだけ早めに提出をお願いいたします」


「え~、今ので面白いところはほとんどよ」


「向こう世界の情報も大事ですので忘れる前にまとめておいてください。おそらくそちらの方は鮮明に思い出せるのではないでしょうか?」


 口調は変わらないが、この男とはそれなりに長い付き合いのヴィザリィは今のニュアンスに皮肉が込められている事を知っている。


 他世界に行き、いつも特別な事が起きるわけではない。大半がその土地の調査であり、可能であれ「資源」の調達とその他、簡単に言えばその内容は地味なものが多い。


 組織の者の中にも何度か管理局の人間と対峙したことはあるが、揃ってその存在の記憶だけが消えていくことから、ある意味でその世界の情報よりも重要視されている。

 しかしながらそれ以外の'地味'な内容が本来の目的でもあるので、そこはお目こぼしなく部下に念を押すハモンドであった。


「がんばりま~す」


 空返事のヴィザリィを診療室のベッドへと座らせたハモンドは軽く会釈し、ドアノブに手を掛けた。


「その管理局の人間ですが、私のようにガスマスクをつけてはいませんでしたか?」


 振り返ると顔だけをこちらに向けているヴィザリィは思案する表情を数秒して、


「覚えてないわ、男か女かもね。なに、心当たりとか知り合いでもいるわけ?」


 と、返した。

 ハモンドはといえば最初から期待はしていなかったかのように変わらない口調で答える。


「いえ、もしかしたらと思っただけです。気にしないでください」


 そして部屋を出て行った後もしばらく閉じた扉を見ていてたヴィザリィはベッドに倒れこみ、盛大な独り言を放っている。


「な~んか知ってる風よね、そういう所が今一信用しきれないのよ。何がガスマスクよ……あれ?あいつ今ガスマスクって……マスク?風邪の時とかに着ける……違うわ、え~っと……仮面舞踏会?……オペラ座とか……いやいやいやハモンドなんて言ったけ?あ~もう今聞いたことなのに全然思い出せない!もういい、寝る。レポートも期待しないでよね、ハモンドが悪いんだからさ!」


 そうして今回の自身の体為やその他の鬱憤を上司への八つ当たりに転換し、ヴィザリィはふて寝を決め込もうと枕に顔を埋めたのだが、ふと自分が組織に入るきっかけなった存在の言葉を思い出した。


 「……お良い?嬢ちゃん、あたしらってばみんな操り人形……神様が巻いたゼンマイ仕掛けのオモチャって感じなの。でもね、おそこから人に進化できる可能性があるからま、お頑張りまっしょ!」


「先輩……っかそりゃ、アタシより先に入ってるからね。特別思入れがあるわけでもないけど、面倒は見てもらったしさ。会ったら胸張れるくらいには出世していたいわよね……」


 寝返りを打つとハモンドが持って来ていたのか自分の得物が目に入る。薄れていく記憶では破損させてしまったと思ったが、それは傷一つない姿で立てかけてあった。


 最終選考の時には仕事で会えなかったが、のちにハモンドから合格祝いと言われて渡されたものがそれである。

 ヴィザリィの力量が上がるごとにカスタムを経て、今の形に落ち着いているが握り手の部分、滑り止めに革を巻いてあるが、先輩が彫ったであろう意味のわからない文字だけはそのままである。


「確かハモンドとの仕事が最後だったんだっけ?変なところ律儀だけど基本、常識無いからな~。退職時にお別れの挨拶とかに来るタイプじゃなさそうだし。まっ、会えたらお礼くらいは言いたいけどね~。もうレポートもへのへのもへじ書いて出すからね、隠し事する上司が悪いんだからねハモンド!上が不透明だと下は捻くれるんだから!」




 やや理不尽な矛先を向けられたハモンドは、再び白い廊下を歩きながらヴィザリィを連れ戻す時、一瞬だけ見たその怪物の姿を思い出していた。


 少し距離があったため、目測ではあるが背丈はヴィザリィより高く、腰辺りまで伸びた長いブロンドの髪が揺れていた。それだけで言えばどこにでもいそうな風体だが人と違うのは、


「この世にいるどの動物にも当てはまらないツノと、これまた不自然に背中から生えていた片翼だけの蝙蝠のような翼。露出している方からその腕にかけて、皮膚は鱗のように見え、指先には鋭い爪……足も似たように見受けられましたね。似た存在は存知ておりますが、人の姿をした者が果たしているのでしょうか?

 ……しかし……」


 あの時怪物はこちらを見て言った。


 「久しぶりだな、献身なる神の電機羊(オートマトン)

 

 半面だけ振り返り、人の視野角より明らかに広く、自分に向けられた瞳と目が合うとそれはわざとその牙を見せつけるように鋭く口を開いて笑った。


「あの時、一瞬でも考えていたらおそらく無事には帰って来れなかったでしょうね。

 ヴィザリィさんの世代は知らない、今となっては皮肉でしかないな組織のあだ名、何故あの者がそれを知っているのか……」


 機嫌が良かったのか、興味に足らなかったのか。確かめることはできなかったが少なくとも次元を閉じる僅かな間、怪物がこちらに向かって来る様子は伺えなかった。


「いずれ機会があれば時の随でお会いいたしましょう……」


 そう言って、白いハットと揃いの色をしたガスマスクを着けた男は廊下の奥へと消えてい行ったのである。




◆ ◇ ◆

「時間は把握デキテル?」


 日常会話などは支障ない程度に話せるが、まだ母国の鈍りが抜けない背の高い金髪の青年はパソコンのモニターから目を離さず、何かを打ち込んでいる大きな縁のメガネを掛けた青年へと尋ねた。


「あぁ、準備も確認も何度もした。大丈夫、確実に成功させるさ」


「本当にエンドゥは面白イネ。勉強デキルノニ……oh何て言オウ?」


「バカだって言いたいんだろ」


 メガネの青年は気にせず作業を続ける。


「ジェイクこそなんで……いや感謝してるよ。僕に付き合ってくれるんだから」


「僕の家はパパがリッチダカラネ。大学だっテ遊ビタイカラ行ってたダケダシ」


「そう言って成績はトップクラスなんだからどこまで本気なんだか。加えて喋りも上手ければ顔も良い。ほんと神様ってのは不公平なもんだ」


「oh?エンドゥこそ僕ヨリ凄イ、パテント取ったカト思ったラ直グニ会社ヘ売ッて学校休んで遊ビ行ってル」


「僕は遊びで旅行してるんじゃなくて、目的があってのことだよ。お金なんかもうほとんどないよ」


「全部こノ為なんダネ」


「そうさ。たった一つ、今日犯すこの罪の為に全てを捧げてきたんだ」


「前に話してクレタエンドゥのお姉サンダネ」


「あぁ。それとなジェイク、何度も言ってるけど僕の名前は安萄だ。他の鈍りはどうでも良いけど、この名前だけはちゃんと発音してくれよ」


「ソーリソーリなるべく気をツケルヨ」

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