07-01
山中にポツリと用意された印象を受ける、電灯も周囲の街灯なども乏しい寂しげな駅に同様にくたびれた電車は車し、中から一組だけ乗客が出てくると発車のアナウンスもなく、不気味なほど静かに扉が閉まると空気の流れる音とともに走り去って行った。
「んあ~、やっと帰って来れたんだな♪さぞかしトカゲが寂しがってるから家に着いたらいっぱいハグしてやるんだじょ」
『今回は時期も合っていましたのでスパイクさんの好物も手に入りましたし、お札も想定よりだいぶ節約できたので私としても気が楽ですね。向こうでの滞在が長くなってしまったので時差ボケ気味ではありますが』
「毎回思うけどお札を使いすぎると玉藻に怒られるの?」
『そういうわけではありませんが、お札の消費量=危険or玉藻さんの力不足?と気遣いさせてしまっているのではないかと些か心苦しくて』
「玉藻は主が五体満足で帰ってくればこれ以上ないくらい喜ぶから気にしなくていいんじゃないの?……お、さっそく着信なんだな」
『毎度のことながら玉藻さんは私たちがこちらに戻ってきたタイミングがよくお分かりで。……出ないのですか姫?』
「どうせ耳を劈く声で、大スターが空港に到着したおばちゃん達の如く騒ぐのが想像できるからメッセで済ませるんだじょ」
この上なくアピールすかのように鳴り響く電話の着信を切り、アプリを開いた姫は慣れた手つきで玉藻へのメールを打ち始めた。
『おそらくその行動は逆効果だと思われますよ。……ほら早速……』
主が言いながら上着のポケットから札を一枚出すと、それはふわりと浮遊し、主の顔の前で止まる。
主が急いで両耳を塞ぐと間髪入れず、避難訓練のサイレンの如くけたたましい玉藻の声が響き渡った。
「主様ぁ!ご無事ですぅ~!?いえいえ、ご無事なのは百も承知ですけどぉ怪我とかございません?変な病気とかもらってきてません?ちゃんと付いてるものが取れちゃったりしてません?万が一取れてしまっても持って帰ってくだされば玉藻ちゃんが即座にくっつけて差し上げますから諦めて捨てちゃったりしちゃダメですよぉ~。
あ、まだ帰宅はされていませんけどぉ、一先ずお帰りなさいませぇ♪お風呂沸かしておきますからねぇ。お疲れでしょうからまずは旅の汗を流して……あ、玉藻ちゃんがお背中お流ししましょうか?え?そういうことは大事にしたい?玉藻ちゃん的には大事にしても構いませんのにぃ。あ、晩御飯のリクエストございますぅ?え?玉藻ちゃんの作る料理なら、いや、むしろ玉藻を料理として?キャッ、そんなこと言われたら玉藻ちゃん今日はいつも以上に張り切っちゃいますよぉ……」
ここまでの一連の流れを抗うことなく聞きに徹していることを我ながら慣れたものだと思い、ひたすら喋り続ける玉藻の声を……塞いではいるが話は聞いている。
もうしばらくすれば一頻りパターンが終わるはずだが、
「あ、玉藻ぉ。妾カレーさんが良いんだな!宝島大噴火のやつ」
マイペースでは引けを取らない姫があっさりと割って入る。
ちなみに主も玉藻の話を中断させたことがあるが、特にそれで玉藻の機嫌が悪くなることは無かったので、基本的にどこで切っても気にはしないようだ。
『カレーですかぁ♪先日やったばかりですがぁ、お子達も文句言わないと思いますので今日はゴロっゴロの具沢山にしましょうかぁ~……あ、姫様ぁさっき玉藻ちゃんの着信が拒否られた気がしたのですがぁ気のせいですぅ?もし対応が面倒で後回しとかに~って感じだったら姫様のカレーはなぜか具がロマネスコだけとかなっちゃいますよぉ~』
「!?ま、まだ駅だから磁場とか次元の関係で電波悪いからなんだな、妾のせいじゃないの!だから妾のカレーさんは大きめのお肉さんを多目でお願いなんだじょ!ブロッコリーの親戚は主が食べたいって言ってるの!」
『……玉藻さん、いつものことですが、先ほどこちらに戻ってきましたので報告や検査等の関係で帰宅は明日になります。時間は未定ですが、夕方ごろ帰宅できるように努めますのでよろしくお願いいたします。ちなみに要望が通るようでしたら、ロマネスコはカレーに入れず、サラダ等の付け合わせ程度に使っていただけたらと思います。量は少なくてかまいません』
別段好き嫌いがあるわけではないが、貪るように食べたい物でもない。付け加えて、適量の部分に念を押した主はその後二、三言かわして伝心を終えた。
ちなみにこの玉藻の札を使用しての会話「伝心」だが、主側から玉藻へ送る場合(電話をかける行為に類似する)、他の術同様に札を一枚消費するのだが、玉藻からの場合はどういう理屈か札は消費されない。
なお、先ほどは主も姫も電話同様声に出して話していたが、特に言葉を発する必要はなく、考えたことをそのまま伝えられるので主の場合は呪いの影響で気にすることはないが、札からの声も対象者にしか聞こえない。そのため、街中で独り言を呟いていて周りから怪訝そうな目でみられるといったことを危惧する心配もない。
「さ~、今日は管理局にお泊りさんだから予約録画しておいたD.D.D(ドキ☆同級生は独裁者)の続きを一気見なんだな♪」
『お食事は如何なされますか?この時間ですと局の食堂は閉まっていますので、買って行くか適当なところで済ませて行くかになりますが。下車してから言うのもなんですが「つきのみや」であればお店もたくさんありましたね』
「久しぶりに味の濃いのが食べたいんだじょ。ファミレスも良いけど、ジャンクなコンビニ飯買って録画観ながらも捨てがたいの……」
『局では、最近はピザ等のメジャーなもの以外も届けてくれるサービスが人気らしいですよ』
「お、美~味~(うーまー)イーツか。バーガー屋さんのスマイルだけでも届けてくれるの?」
『利用したことはありませんが配達料が徴収されれば何らかの形で届けてくれるのではないでしょうか。私の方は特別献立の希望はございませんので姫に一任しますよ』
「文句言わない?」
『どうしてもあれが食べたい、と言ったものはございませんので近場であればそこにしましょう』
「よし、妾が帰世界(帰国)一番に相応しいディナーをチョイスしてやるんだな……!?主、あっちの角曲がってちょっと行ったらケミカルスパイスがあるんだな!」
先ほど玉藻へのメールを打つ際に電波の有無は確認していたので、携帯端末で検索した姫は弾けるように言った。
『以前行きましたスープカレーのお店ですか。先ほど玉藻さんにカレーをリクエストされていましたが、姫がご希望でしたら異論はございません』
「お店カレーとお家カレーは別物なんだじょ♪今日は通常の辛さMAXの20倍とも言われるアトミックコスモに挑戦するんだな♪」
『姫は前回「宇宙」を食べきれなかった(一舐めして主のと交換した)ので、それは注文できませんよ』
「主が宇宙を食べたからアトミックコスモが頼めるんだな。文字通りのぶっ飛ぶ辛さか楽しみなんだじょ」
『おそらく、それの99%を摂取するのは私だと思うので真ん中辺りの「入滅」辺りにしませんか?』
「じゃあ妾それにするから主はアトミックコスモなんだじょ」
『付け加えれば姫は量的に半分程度も食べられないので私が1.5人前以上食べることになります。そのため、サイドメニューを二、三品注文して辛さ程々のカレーを一皿分けて食べるというのはどうでしょう?』
「なんかそれ貧乏臭くない?それにせっかく辛さに挑戦できる店に入って無難なの選んだら厨房で『おいおいおい~あいつらこの店来て挑戦しないとかおい~』とか笑われないか心配なんだじょ」
『元より私は人に認知されない&記憶に残らない存在なので気にしませんが』
「妾、主みたいに人生諦めてないんだじょ。インスタント(SNS)にアップするネタはインパクトの強いやつが良いんだな。あの店行って無難なの上げたら「あれ?一番上頼まないんですかww」って草植えられるのが目に見えてるの」
『もう少し優しい方々とお付き合いした方が良いかと思われますが、とりあえずはお店に入りましょう。メニューを見れば気も変ると思いますし』
「この前は普通にライスだったからな。今回はあの目まぐるしいトッピングを厳選して最高の組み合わせを見つけてみせるんだじょ」
『私はナンでいただくのも有りだと思いますよ』
やがて店が近づき、姫は主の肩から降りて店の前に佇むが手動式の扉を押しても自身の力では及ばないことを早々に悟り、急かすように主を呼んだ。
主は慌てることなくゆっくりとした足取りで歩いて行くと、ぼんやりと視界の外で発光したことに気づき、腰のあたりに目を移す。発行はすぐに収まり、直接目視での確認はできなかったが、ウォレットチェーンを触ってみると、一箇所だけ他の物とは違い僅かに熱を持っていた。
『……』
「慣れ」という言葉で有耶無耶にしてはいけないのだが、長くこの仕事をしていも理解していないことが殆んどだ。
それは自分自身のことにも言える。帰り際のどこか噛み合わないリイベとの会話もそうだ。
自身が実際に覚えていないため説明のしようもないのであの場では詳細は言わなかったが、出張先での記憶が不自然に途切れていることは珍しくない。
今回も強烈な衝撃等があったであろう、大きくひび割れた岩や抉れた地面。そのような荒れた場所で自分は目覚めた。
リイベに聞かれた傷の痛みは無いが、仕事用に着ているジャケットは肩の辺りから何かを溢したような染みの跡が薄っすらと見受けられる。
加えて、睡眠から目覚めた感覚ではあれど、それにしては随分と服は汚れているし、野宿するにしても普段はもう少しまともな場所を選ぶ。何より、町がすぐそこにあるのに何故自分は中途半端な場所で寝ていたのだろうか?
そしてリイベの口からも聞いた第三者の存在。これは局からも通達が出ており、ある時から勧告書の携行命令や、対峙した時の対応等の指示が出たのもこのためだ。
おそらく自分はその第三者と遭遇し、穏便には済まない状況であったのだろう。
それは現場の状況と持ってきたアンプル、札の消費量からも察しはつく。
しかし職務でも覚えていないものは報告書にも覚えていないと書くしかないので、何か良い言い回しにするか、簡潔に書いて局長に説明するかを考えていたところで姫の催促が音量を上げていることに気づく。
「主、やっぱりアトミックにチャレンジするか考えてたの?」
『……マンゴーラッシーの注文を許可いただければ挑戦してみましょう』
そう言いながら、足元の存在を抱き上げる。
結局その日はスープカレーを二皿と姫が迷いに迷って選んだ蒸した麺、小さいオムレツにチーズを追加した晩餐となった。




