05
さて、すっかり蚊帳の外に出されているリイベは迸りを食わぬよう、どこまで行けば安全圏かもわからないが一先ず主達の状況が把握できる程度までは距離を取っていた。
遠くて会話の内容は聞こえないが姫がヴィザリィの起こした竜巻により飛ばされたあともリイベに向かっていくが、パターンを変えたヴィザリィの攻撃に悉く弾かれ、その度にフリーパスで遊園地の同じ乗り物を周回するかのように繰り返していた。
「あれって戦ってるのよね?」
「遊具で遊ぶのを見守る保護者って感じでして~」
独り言を呟いたつもりがまさかの返答に驚き、横を向くとフォロムの姿があった。
「あなた、無事だったのね。ゴメン、なりふり構ってられる状況じゃなかったから。平気そうで安心……って感じでもないわね」
見るとフォロムの体には大小様々な切り傷、羽は端が切れていたりと自分を逃がした後も大変だったことが感じ取れた。
「リイベが町の外へ出た瞬間、みんなの標的がフォロムに変わりまして。羽のない種族の攻撃は高く飛んでしまえば問題ないのですが、同族に剥き出しの敵意を向けられて追い回されたのはさすがに応えるのでして。
怪我は大地とお水とお日様があれば治るのでして、見かけより大したものではないのでして……リイベ?」
未だ何が起きいるか全て理解できていないとはいえ、自分の代わりに傷ついてしまったフォロムをリイベは両手でそっと包みこむと優しく抱きしめた。
「温かいのでして」
「あたしが治せるわけじゃないけど……ごめんね……ごめんね……ありがとうね……」
次第に小さくなっていくリイベの声に混じり、フォロムは自分の頭に水滴が落ちるのを感じた。
「リイベ、泣いているのでして?要望を言うのは烏滸がましいですが、フォロムには全てが栄養となるとはいえ涎とか鼻水はできれば勘弁してほしいのでして。こういう場面ならなおさらでして」
「こういう場面なら黙って察してよ。ごめん、全部まとめて疲れ過ぎたのよ。このまま倒れて寝ちゃいたいくらいだけどさ……」
最後まで言わず、賑やかな方へと顔を上げるが状況は相変わらずのようであった。
「んふぅ、近づこうとするとイヤらしい風が邪魔をするんだな。ビキニは風の神様にでも気に入られてるの?」
「いや、アタシが繰り出してる攻撃なんだけど……。あ~正確に言えば引退した先輩の、この武器に特殊な力があるんだけどさ」
「ビキニみたいな三下が風を自由に操れるわけないのは最初からわかってるんだじょ。てっきりタイミングを見て武器振って自分の攻撃だなんてひび割れたアスファルトに拳あてて『自分が割った』って、言ってるかと思ったけどその武器が凄いんだな」
どこかこちらの力量を認めようとしない姫に対して、ヴィザリィもムキになって反論しようと何か言いかけたがふと気になることがあった。
「……ねぇ。アンタ、ダメージ受けてる?」
彼女の疑念は土や砂埃で服こそ汚れてはいるものの(そちらも軽く掃えば消えそうな程度だが)、姫自体は怪我らしい怪我が見当たらないことからだ。
「飛ばされても主がキャッチするからな。岩とかに打ち付けられたら流石に中のフレームが割れるかもなんだじょ」
「フレームってあんた生身の体じゃないの?」
「こんな可愛くてちっちゃい人間いないんだな。お人形さんなんだじょ。あ、でも今はこのボディに……、ん~、わかりやすく言うと魂を宿しているから人間と思って間違いではないんだな。表現が難しいの……。見た目ちっちゃい人間で自由に動けるお人形さんと思ってくれれば問題無いんだじょ。ご飯も食べるし、睡眠の重要性も重々承知してるし、ファッションにもうるさいんだな。
ちなみにアクセサリーは主のお手製なの♪この指輪は次のイベントで出す予定の新作なんだじょ。こんな時間の不安定な仕事してるから、なかなかちゃんとした宣伝できてないけど物は間違いないんだな」
そう言いながら姫はニコニコしつつ、はめていた指輪の一つを外して見せた。
「そんな小さいのここからじゃ見えないわよ。わかったような、余計混乱するような説明だけどそれでもあんたに傷がつかない理由にはならないでしょ、人間ってか生身みたいなもんなら怪我とかするでしょうが」
「なんだビキニは義務教育受けてないの?蟻さんを高い所から落としても軽いから死なないんだじょ」
「え、そんな理屈?じゃあさぁ……!」
飛び出し、砂煙と共に一瞬で間合いを詰めたヴィザリィ。風で視界が晴れると姫の首元を湾曲した鎌のように刃先が捉えていた。
「これならその減らず口も聞けなくなるかな?」
「あ~この色のボディは製造元が作らなくなっちゃったから、劣化とか色移りするとパーツでの替えができないんだな。オークションとかで体一式落とさなきゃいけないから傷つけてほしくないんだじょ。それに……」
依然悠然とし、毅然と余裕を漂わせた口調で姫はゆっくりと銃の形を作った手を上げ、ヴィザリィにその人差し指を向けて言った。
「武器は最強のエクソシストになって、親父の墓を殴れるようになってから向けるんだな」
突然温度が急落したような寒気を感じたヴィザリィだが、それに気づいたのは文字通り触れた瞬間に肌が張り付くような冷気を帯びた氷塊の衝撃を全身で受けてからのこと。先ほどの姫ほどではないが、なかなかの距離を吹っ飛ばされ、再度地面にクレーターを作った後であった。
僅かに吐血交じりの呻きを上げたが、追い打ちを警戒し、窪みの外へ何とか飛び出すと、自分が元いた場所で悪戯が成功したのを喜ぶかのように無邪気に飛び跳ねている姫の姿があった。
更に主が攻撃態勢を崩しているところを見て、ヴィザリィはおおよその察しがついた。
「おぉ~結構飛んだんだな。これがスーパーアイスエイジジョブハンター(仮)の威力なんだじょ♪でも妾ホームラン以外は認めないからもう一回なんだな。ほら、ビキニ早く戻ってくるの」
姫はヴィザリィが元いた場所を指さし、ボールを投げて取りに行かせた飼い犬に指示するよう呼びかける。
一方の本人は全身に走る痛みから負傷箇所を確認するよう呟いた。
「大雑把に言って腕と肋骨何本か砕けてるわね。……さっきのとは比べ物にならない威力。足も……、一回踏み込んだらゴム人形みたいに愉快な捻じれ方しそう。全体に回復を回す時間は、……くれないわけじゃなさそうだけど、その前にアタシの方が我慢できないわ」
「ビキニ~何してるんだな。呼ばれたらさっさと戻ってこないとグッボーイって頭撫でてやらないんだじょ」
やや不満げな姫の呼び声にヴィザリィは冷めた様子でいたって穏やかに尋ねた。
「ねぇ、たぶんあんた達みたいなのをチートって呼ぶんだろうけど瞬間移動とかも使えるわけ?」
聞かれた主と姫はお互いに顔を見合わせたが、主が両掌を上に向けて肩を竦める仕草をすると姫は目の座った狐のような視線をヴィザリィへと向けて言った。
「うち、そういうのやってないんだな。知らないの……何それ……怖……」
先ほどのテンションの高さから一転し、心底呆れたような対応をされたヴィザリィだが怒って言い返すかと思いきや、こちらも軽く深呼吸してからゆっくりとした口調で言った。
「そう、少し安心したわ」
ヴィザリィが片手を横に翳すと、その体には不釣り合いな、否が応でも目に入る得物がそこにはなかった。
主がヴィザリィの手の先を目で追うと、リイベ達の方へ彼女の得物が高速で回転する丸鋸のように向かっていた。
フォロムを抱えているリイベは明確な危険が自身に向かって来ているのを理解が追い付かないまま見つめている。不思議とそれはスローモーションのように映り、だからと言って自分が機敏に動けるわけではない。
そして自分の目の前に風で舞落ちてきた木の葉が何の抵抗もなく鋭利に切れたかと思うと、突然眩い閃光が視界の横から現れ、数秒ほど遅れて来た風がリイベの前髪を揺らした。
主のいた方から乾いた、それでいて鈍い音が聞こえ、今度はリイベがそちらを見ると地面を軽く抉った後があった。
砂埃が薄れ、その先には大型トラックよりは少し小さめの岩に持たれるように項垂れている人物の姿があった。
「……これでダメだったら潔く殺される覚悟はあったわよ……」
砂埃の中からゆったりと姿を現したヴィザリィの口調はとても落ち着いたものであった。
「本当にプッツンしたらわからないけど、アタシだって一応別世界でのルールは聞かされてるから、対象に目に見える致命的な外傷与えるわけないじゃない。まぁ職務優先のアンタがこっちの目論見通りあの娘を助けるよう動いてくれて助かったわ」
岩に激突し、体が少しめり込んだ状態でだらりと首を垂れて座り込んでいる主からは反応がない。
「あんたは死んでても構わないけどさ、できればバカにされた分くらいは苦しんでほしいんだけど……ねぇっ!」
構わず、金属製の装飾されたニードルのようなヒールで主の肩を踏みつける。
意識があればたまらず苦痛の声を上げるが、相変わらず反応はなくつまらなそうに肩からヒールを引き抜くと、ドロリとした鮮血がそのジャケットをつたい、地面を軽く染めている。
「ん~。主、お眠の時間なの?」
背後から聞こえてきたのんびりとした声に驚く様子もなく、ゆっくりとヴィザリィは振り返った。
「ご覧の通りよ。一応まだ死んではいないと思うけど、意識戻っても痛みで地獄だと思うわ。あんた、こういう時って仲間なら慌てたり怒ったりするもんじゃないのかしら?」
「今回はいろいろあっちこっち動き回って疲れたからな。しょうがないから主に変わって妾がじゃじゃ馬なビキニのお尻をペンペンしてやるんだじょ」
姫はシャドーボクシングをするボクサーのように、シュッシュッと口で言いながら体を左右に揺さぶり拳を突き出している。
対してヴィザリィは無言のまま、見下した目つきで姫へと歩み寄る。そこから歩行を止めず、流れるようにつま先で姫の鳩尾辺りを捉えると、そのまま綺麗なラインを描いて蹴り上げた。
数秒後、地面へと無防備に落下した姫が立ち上がる前に、再び腹部に衝撃を感じ、身を起こせずに顔だけ上げると、土と主の血が混ざったヒールが突き刺さっていた。
「あぁこの絵面はまずいんだな。一応コンプライアンスとか気にするし、ドールおじさん達が黙っていないんだじょ」
相変わらず痛みの表情を見せず、自身の状況を理解できているのかと疑問に思うほどのマイペースぶりに、ヴィザリィは軽くため息をつき、ダメ元とは思ったが聞いた。
「生きてる人形みたいなあんたは痛みとか感じないわけ?あと死ぬの怖いとかさ。……いや、この場合破壊されるかしら」
「いちいち感じられてられないから感覚は切ってるんだな。死後とかそんなスピリチュアルな世界にはまだ興味もつお年頃じゃないんだじょ。そういうのはお門違いなご高説を売りにしている動画配信者にでも任せるんだじょ。
あ、因みに頭の裏に紋章とかあって、それ消したら消滅するとか思ってたらハズレなの。残念なんだな」
「まったくどこまでも不思議で不愉快な存在だわ。主人が瀕死で少しは狼狽えるかと思ったのに。……あ~、切り刻んでやりたいけど武器は壊されちゃったんだった」
「錬金術とかで武器とか作れないの?」
「散々バカにされてる相手に解説するのもどうかと思うけど、アタシって格闘メインだからゲームとかで言うと戦士とか武闘家なわけ。魔法使いはアタシの上司なのよ」
「武器失くした時のこと考えないとか。ドジっ子アピールしても今妾にしている非道な仕打ちは帳消しにできないんだな」
「べつにナチュラルボーンで人気取りたいわけじゃないわよ。得物が無ければ素手とか、このヒールでも良いけど面白そうなのがそこにあったわね……」
そう言うとヴィザリィは姫の腹部に刺さっているヒールをそのままにして脱ぐと、もう片方も乱雑に脱ぎ捨てて裸足になり、主の方へと歩いて行く。
一応の警戒はしつつ、月明かりの下では元の色と流れて染み込んだ血との区別が難しい主の臙脂色をしたジャケットの内ポケットへと手を入れ、銀色のケースを取り出すと姫の方へと戻ってきた。
ケースを開けると、中で散らからないように個々に固定できる金具に留められている。そして、その内の一本の筒を取り出した。
「聞いたら教えてくれる?この中の石みたいな、これの色って何か関係あるの?」
ヒールを履かず、足を乗せる形で姫が抜け出せないよう体重をかけ、月明かりに銀の筒を翳しながら質問した。
「石の種類と中に入ってる素材で効果が違うんだじょ。サービスで教えてやると素材は留守番してる竜の爪とか鱗なんだな」
「じゃあさ、何色が好き?アンタに使うやつ選ばせてあげる」
「!?馬鹿なこと考えるのはやめるんだな!それは主が健気に貯めたお小遣いで材料買って拵えたものなんだじょ!本当はカットして洗礼してある石の方が威力も桁違いだけど、しがないサラリーマンの薄給じゃおいそれと手が出せないの!大して売れもしないし人気も無いけど、頑張って作家活動している人間の作品をいたずらに弄ぶなんてしちゃいけないんだな!」
些か感覚がずれている気がするが、先ほどまでの余裕のある口調とは変わり、随分と慌てた様子の姫にヴィザリィは興味を示した。
「ほんと、どこまで本気で言ってるんだか。
まぁ物は試しよ。できるだけ仕返しってか腹いせしたいからすぐに、……そう文字通り壊れないでよね」
引き抜いたヒールの代わりに筒を姫の腹部へと乱暴に突き刺す。そして最初に見たこの武器の発動方法、底部と思われる箇所を思いっきり踏みつけた。
それから一瞬の間を置いて遠巻きにいたリイベが目にしたのは、紫色の煙が竜巻の如く勢いよく立ち昇り、その中から空へと真っすぐ伸びる白く発光した線。
それが雲より高く、先端が見えなくなるほど高くまで達すると、爆発のように辺りを昼間より明るく照らした。




