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RVALON Ⅰ  作者: 竜;
15才

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34/52

02-02

 日差しも柔らかい三月の終わり、リイベは週末になると家族連れで賑わう近所の公園にいた。


「お姉ちゃん、滑り台行っていい?」


 幼い声に呼ばれたリイベがその方を向くと、だいぶ歳の離れた男の子が笑顔で立っている。

 リイベは声が出せなかったが男の子はお構いなしに走って滑り台まで向かっていった。


(今日はここからか)


 知っている。

 これは夢、それもある事を繰り返し見せてくる自分にとっては悪夢の中。


 この後あの男の子、弟は何らかが原因で死んでしまうのだ。


「滑り台はこれで何回目かな。右足から階段を上ってるから天辺の手摺が腐って折れなければ後ろから来た別の子に突き落とされるか、滑りきった砂場に大きな石があって勢いが止まらず頭を打つか……あれ、野犬が現れるのってあの子が滑りながら下に着くまで何回手を振るのが条件だっけ?」


 ゲームのコマンドを思い出す様にリイベは弟の一挙手一投足を確認する。

 この夢はリイベが寝ている時間中繰り返され、死に方は毎回パターンが違う。

 似たものも多いが全て微妙に違っていて、それによって回避行動も変ってくる。

 それはリイベが弟を助ける意思があればの事だが。


「何か一つ回避してもそこからいきなりハードルが上がって結局結末は同じ。一晩に一回とかじゃなく、あの子が死ねばそこからはあたしが寝ている間は何十回も繰り返される。たぶん百回もしない内にあたしは諦めたかな」


 初日からリイベはこれが夢だと気づいた。なぜなら、弟は現実世界でもリイベの目の前で亡くなっているからだ。


 再婚した両親が田舎から弟を連れ、早々に大学が春休みに入ったリイベの所へ遊びに来ていた。そして近くの公園へ行く途中、リイベの少し前を歩いていた弟が横断歩道を渡っていると、そこへトラックが猛スピードで突っ込んできた。

 幼い弟は木の葉が舞い上がるように、まるで重さが無いかのよう宙に飛ばされ、目の前の光景が理解できず止まっていたリイベは弟の落下した音でようやく我に返った。


 その時、不思議と悲しい気持ちは沸いてこなかった。

 歳の離れた連れ子だから、実の弟だからというわけではないし人ひとりの命が一瞬で消えたことは勿論悲しいことなのだがそれを理解できていなかった。


 病院からほぼ原型を留めていない遺体が返され、葬儀が終わり、それまでずっと悲しんでいた両親が泣きながら自分を抱きしめて頭を撫でた時に取ってつけたように沸いた感情が目から零れていた。

 堰を切ったように泣き、気持ちが落ち着いたと同時に朦朧とした意識から眠りに落ちる。起きるとこの異世界へとリイベは迷い込んでいた。




「……あたしと弟の距離は約三メートル、滑り台までは二十歩、階段に掛けた足は右、段数は八段、見るところ手摺に腐食は無し、こちらを向いて四回手を振り砂場に着地、砂場から滑り台に戻る途中一度躓くが転倒は無し、再び滑ろうと階段に足を掛けた時……」


 宿泊している部屋のベッドで、時間にすれば午前四時を少し過ぎた頃に目を覚ましたリイベは枕元に置いてあるメモ帳へと今回見た夢を覚えている限り書いていく。

 そして最後の死因まで行くと手を止め、ペンが手から逃げるように落ちると両手で顔を覆った。


「毎日毎日……いつまで続くのよこれ、どうせならあの子が死んだことを記憶から消してよ」


 涙は出ないが解消できない症状に頭痛を覚えながらも、死因まで記入すると倒れるように再びベッドに横になると意識を失う。


 次に目を覚ますのは決まって戸から漏れた朝日がリイベの顔を照らす頃。しかしその時にはリイベは見た夢を忘れている。それは自身が書き記したメモを見てもまったく思い出せない。

 正確には初期の頃は思い出していたが、日を重ねる度にリイベは少しずつ何かを忘れていっている。それは本人も気づかない程微かに、それでいて確実に。


 いつも通り二回目の起床から目覚めたリイベは洗顔と着替えを済ませ、女主人の部屋に行き挨拶をする、しかし今日は姿が見当たらない。


「山へ芝刈りか川に洗濯かな?」


 別段女主人が部屋にいないことは珍しいことではない。昼は賑わっているが今は静まりかえっている食堂に行くと一人分の朝食が用意されていた。


「たまには自分で作ろうと思って気合入れて早起きしたいけど、こっちって目覚まし無いし電話は充電切れだし。そもそも元を辿ればあたしってお客さんなのよね。その自覚も無くなってきてるけど」


 サラダとコーンスープ、パンとベーコンエッグにオレンジジュースまで付いている朝食はリイベにはもはや見慣れたものだが、来た当初に出されていた料理は見た目と内容が少々異なるものであった。


「間違いなくあたしの住んでた世界の物だけど、何というか年頃の女の子にはちょっと躊躇する内容というか数字が……あれってなんだっけ、軍人さんとが外で食べる……えっとポーション?」


 レーション、軍隊などが野外での作戦行動中や災害時の非常食としても用いられ、一般的には登山者が携帯するレトルト食品を想像していただければ理解が早いだろうか。

 店主はこれを湯煎して温めたものを器に出してリイベに提供していたのだが、ある日女主人不在時のこと『温めて食べて』と、両親共働きの家に帰ってきた子供に宛てたような書置きと共にあったパッケージを見てそのカロリー表示に目を疑った。


「缶に入ったお米って、あれで二合とかあるんだから驚いちゃったわよ。こっちには体重計無いし果物とかもあったからヘルシーな生活送ってるもんだと思ってたけど、さすがにあれ見た後だと大して運動もしてないから痩せてるはずも無いと思って改善するわよね」


 野菜など一から育てようとも考えたがパッチテストの結果、自身の元居た所とは多少の違いはあれど鶏に似た生き物やその卵を始め、ある程度の物はこちらの住人と同様に問題なく摂取できることがわかり、野菜類を意識して取り入れ、カロリー等が計算できないが気持ち罪悪感の無い程度の健康的な食事へと辿り着いたのだった。


 食事が半分程進んだところで表の扉を叩く音がした。


「鍵はかかってないはずだけど誰だろ?」


 こちらの住人は家の扉や倉庫に至るまで鍵をかける習慣がないのか、一応戸に配置はされていても基本は開錠されたままである。


 リイベの場合、いくらこちらの住人が犯罪を犯す可能性がなくても外国のように自分と価値観が違うところもあったり、そもそもが女性の身なのでこちらでの生活に慣れてきてはいるが自分の部屋の鍵を掛ける習慣は継続している。


「はいは~いどなた~?」


 ほとんど自分の家に来た宅配業者に対応する感じで扉を開けるとリイベの目線よりだいぶ低い、腰のあたりにまで目線を下すと幼さを感じさせる狸に似た動物の顔がこちらを見上げていた。


「おやおや、何かご用?」


 この子は知っている。

 宿から数件離れた家に住んでいるところの子で昼食時は店に来ているところをよく見かける。

 いつもは親と一緒なのだが辺りを見ても親の姿は無い。

 こちらの言葉はわかるはずなのだが、子供は何も言わず手に持っていたメモを差し出した。


「町の人から何か伝言かな?」


 子供はリイベがメモを受け取ると、クルっと反対側を向いたと思うとキャッキャと笑いながら走って行ってしまった。


 状況もわからず取り残されたリイベは「お母さんに言われたお使いを達成して嬉しかったのかな?」と、幼い背中が消えるまで眺めていた。


「ま、あれくらいの年頃(実年齢わかんないけど)ってなんでも面白く感じるものよね」


 朝食もまだ残っているので扉を閉め歩きながら渡されたメモを開くと『今夜、町の明かりが全て消えた頃、正面門で待つ』と書かれていた。


「なにこれ?デートのお誘いにしてはてきとうに切った雑用紙、ってかまんまお使いメモじゃない」


 いたずらにしては字が綺麗なので先ほどの子供が書いたものではない気がする。とりあえずポケットにメモをしまったリイベは、


「こっちの人達も恋愛とかするのかしら?でもいくらプロポーズされてもみんな動物の顔してるからな~、いや偏見とか差別じゃないわよ。ただ孔雀みたいにいきなり羽とか広げられた求愛行動されても正直リアクションに困るわね」


 そう呟きながらテーブルに着き食べかけのパンをちぎると口の中へ放り込んだ。




「お姉ちゃんに渡してきたよ!えっと、下着のお姉ちゃん」


 リイベにメモを渡した子供が声をかけた女性は町の正面門の外にいて全身を布で覆っている。

 しかし丈が足りないのか、足元は膝の上までくらいしか隠れておらず、そよ風が吹く程度でひらひらと靡く布(その辺から拾って来たボロと言った方がしっくりくる)から覗く元より隠すつもりのない肌の露出の方が多い姿は特に追剥ぎに会ったわけでなく本人の意思によるものである。


「えっら~い♪良い子良い子って撫でたいけどゴメンね、手が届かないんだ。ここにお礼のお菓子置いとくから誰かに頼んで持ってってね~。あとね、これは下着じゃなくてこういうファッションなのよ♪ってもう少し大人にならないとこの魅力はわからないかな」


 布と、薄いバラ色の前髪に隠れた瞳がチラリと覗き、明るく軽い声の女性は子供を見てにこりとして踵を返すと手を振りながら歩いて行った。


「さぁてとっ!ようやく仕込みまで来たわね。まったくややこしい結界張ってるもんだから見つけるのに苦労したわよ。それにあの夜見た防壁、何もないじゃないって思って通ったら一瞬で炭になるところよ。いったいどこのどなた様があんなけったいな代物配置してくれてるのかしら?ハモンドみたいに特権と能力があれば問題ないんだろうけど補佐の肩書に加えて、上から目つけられてる身としちゃやりにくいったらありゃしないわね。

 さぁさぁ上手く釣れてよね、そしたら後は頭使わないで振り回すだけのアタシの領分なんだからさ!」


 町から少し離れ、見渡す限りの草原に来ると、女性はボロを放り投げてその姿を晒し、握った両手を空に上げながら体全体で陽を浴びるように背伸びをした。


「あぁ~っと!今度こそ大物釣りあげて、このヴィザール・ストレンディール様が補佐でも代理でもお留守番でもない、昇格してちゃんと役職貰うんだからね!」


 地平線まで届きそうな声で自身の士気を高めたヴィザールが左手を開くとそこにだけ不自然に直線的な光が集まり、現れたそれは彼女の身の丈1.5倍程度の棒の先端、一方は鎌の様に長く反対は斧の様に広い刃、両刃共に植物を模した装飾が施され先端には鋭いが金属製ではない何か骨のような物が槍のように伸び明らかな戦意を漂わせている。


 それを片手で軽々と振り回し遠心力が乗ったところで空へと放り投げると空中で何かが音もなく切断された。


「てこずらせた分覚悟しておきなさいよお嬢ちゃん……」


 間もなくして落ちてきた武器は着地場所が決まっているかの様に重さを感じさせることなく彼女の手に納まり一方の切られた何かは重力に従い地面に叩きつけられその後遅れて無数の羽毛のようなものがひらひらと落ちてきた。


「恨みはないけどアタシの方もお仕事!ぜぇ~ったいとっ捕まえてハモンドに目にもの見せてやるんだからさ!……さっ頭使ったからご飯ご飯~♪」


 彼女の獲物をでたらめに引きちぎり骨まで咀嚼する音は小鳥の囀りと共に平和な草原へと消えて行った。

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