12-01
「まったく夢か誠か......、寝る間もなく朝になってしまったぞえ」
主達が去った後、すっかり動けるようになった玉藻は自身のお気に入りの、山の一部が禿げ上がりゴロゴロとした岩が敷き詰められている場所へと来た。
「ウチを狩りに来た団体さんの気配も無くのぉてしまったということは諦めて帰ってしまったのかのぉ」
軽く跳ねるように岩と岩の間を飛びながらその中でも一際大きい、玉藻が勝手に自分の指定席にしている岩までくると、それは周囲とは明らかに不釣り合いな薄紫色に染まっており、何かの儀礼に使うような飾りのついた太い荒縄で囲まれていた。
「なんに、誰か昼寝の場所を勝手に飾り付けたのは、......えいっ」
不愉快とばかりに縄をすっぱり切ると突然岩は真っ二つに割れ、中からどす黒い紫の煙が上がり、それは玉藻めがけて向かってきた。
「近頃は変なんにようモテるのぉ」
向かって来る煙を左の掌で受けると、先ほどの主の攻撃によってあけられた穴は既に塞がっているが、煙はまるでそこへ吸い込まれるように消えていく。
そこから伝わってくる情報を吟味するように目を瞑り、その中に浮かんでくるもう一人の自分と会話するようにつぶやいた。
「......ほうほう、なるほどのぉ。あんたが未来のウチかえ。何百年寝ればそげにふくよかになるのかえ?......ま、それならウチもたらふく寝るかのぅ。後は起きたら考え......いや任せるわ......のう、未来の玉藻よ」
懐から先ほどクノビに貰った呪符を取り出し、眺めくるりと手を返すと拳の傷が目に入った。
「女の肌をこんなにするなんて、到底許される行為ではないぞえ......、でものぉ」
ピっと呪符を指で弾くとそれは風に乗って高く舞い上がった。
札を目で追いながら左手を天に翳す。
「......一瞬ではあったが、あの強烈なまでの輝き。それでいてなんとも美しく、しかしながら奇妙な術で刻み込まれた傷はこのままにしとくかのぉ。起きたのがあの者のいる時代であったら脅し......いやいや責任の一つでも取らせてやるに。覚悟しとれな。あぁ、クノビ......だったかが言った通り、すでに記憶が薄れ始めてきたがこんなにもウチの心を焦がし繋いでしまったのだ。
たとえ千年後のどこだろうが......探し出してくれるわ」
そして淡く強い光を手の中に収める仕草をすると、玉藻は静かに薄紫色の岩の中に消えていく。
ヒラヒラと緩やかに落ちてきた呪符がその岩に張り付くと、何事もなかったかのように先ほどの飾りは元に戻っていた。
◆ ◇ ◆
「......ぬっ、しっ、さっ、......まぁ~!
お帰りなさぃですぅただいまですぅ♪出張から帰って来て心も体も疲れて癒しのオアシスである玉藻ちゃんの胸に飛び込みたい、いや既に気持ちはルパンダイブ状態なのに帰ったら玉藻ちゃんがベッドにいなくてやるせない気持ちを悶々とさせてしまい申し訳ありませぇん。で、も。はぁい!もう玉藻ちゃんは準備OKですぅ!いつでも情欲のままその卓越したテクニックでぇ......」
勢いよく玄関の扉を開けて飛び込んで来た玉藻。厨房で調理の最中の主は顔を軽く向けながら出迎えた。
『あ、お帰りなさい玉藻さん。私も今し方帰宅したところなので少し遅くなりましたが晩御飯の準備中です。玉藻さんの分のご用意しますので先にお風呂に入られてはいかがですか?あ、抱き着かないでください、いま包丁持っているので危ないですよ』
「あんあん~♪主様がお手を煩わせずとも玉藻ちゃんがご用意いたしますぅ。ささ、主様こそお風呂へ♪それとも一緒に?きゃん、いくら久しぶりとは言えお子達が見てる前でそんなぁ......ってあれ?そういえばお留守番組の姿がみえませんのね」
騒がしくなってきた厨房の入り口から姫が顔を覗かせる。
「あ、玉藻だ。お帰りなの。!?主、今日はご飯さん二回戦なの?妾も食べるんだな!」
『これは私とクノビさんと玉藻さんの分ですよ?姫はお留守番組の方々と召し上がったはずですが』
「用意してるの見たらお腹減った気がするんだじょ。何、妾だけ仲間外れにするの?」
「姫様ぁ、ご飯二回戦ってどういうことですぅ?それにクノビの分と申しましたけど……」
『えっとですね、出張からは数日前に返ってきたのですが本日は局の方に取り急ぎの報告がありまして、それで帰りが遅くなった次第です。そのため皆さんには先に食べていてもらったのですがクノビさんは......そう、玉藻さん達がお出かけで見張り番のローテーションが変わって......それに慣れずに食事を逃してしまったので私と一緒に......』
「それは申し訳ないことをぉ、ご不便おかけして申し訳~ですぅ」
『あ、大丈夫ですよ。玉藻さんの帰宅のタイミングも良かったので皆でいただきましょう』
「やぁん♪主様ぁそんなに至れり尽くせりなんてされちゃったら玉藻ちゃん、今晩は期待しちゃいますよぉ♪」
「妾も期待するんだな♪ご飯さんもう一回ってことはおデザさんももう一回あるんだな!」
『姫は先にご自身のを食べてしまったので今日は......いえ、私のを半分にいたしますのでご納得いただければと』
きちんと食事は済ませたのだが、本日2ラウンド目の晩餐という予想外のイベントに期待を膨らませている姫を説得できる気も、その気力もないことから主は言葉を飲み込んで姫に譲歩を促す。
先に言ってしまうと食べる気はあれど、そこまで物量を詰め込めるわけではない姫はこの後主から一口デザートを貰い、満足してスパイクと戯れていたのであった。
「......はぁんご馳走様ですぅ♪やっぱり我が家は落ち着きますねぇ♪......あ、主様ぁお片づけは玉藻ちゃんがいたしますのでぇ、テレビでも見て寛いでいてくださいなぁ」
『いえ、玉藻さんの方がお疲れではないかと思いますのでこのぐらいはさせていただきます』
「うぅん~、主様優しすぎますぅ♪なんかぁ男の人が急に優しくするのって何か裏があるってぇ女性誌に書いてあったようなぁ~。あ、主様はいつもお優しいのでそんなことは無いと思いますがぁ♪」
『......すみません、実は大変申しにくいことなのですが......』
「へ、まさかのまさかですぅ?なんでしょう、二人で貯めてる式場代をギャンブルでスったとか、玉藻ちゃんがいないことに耐えられずに下着を漁ってハァハァしていまったとか......まさかとは思いますが浮気、なんて主様に限ってそれだけは無いと......言い切れない部分が歯がゆいのですがぁ......」
『今述べた内の一つでも思い当たる節が無いので、玉藻さんは私の事をどういった目で見られているのかが気になるところではありますが』
「だってぇ、気が付いたら主様の周りって女性の方多くありません?玉藻ちゃんというものがありながら姫様とかスパイクさんとか......あ、ルナさんだってそうですよね!」
「どちらかと言えば玉藻が一番後から来た感じなんだな。花屋はよくわからないけど」
慣れた手つきで台所の流しへと食器をまとめ、テーブルを拭き、デザートとお茶の用意をする主。
姫もその様子に気付き、一早く置かれた皿の前に陣取った。
『いろいろ説明が必要な事柄ですが性別を男女のどちらかで分類するのであれば姫もスパイクさんも女性となりますね。しかしながら浮気と言った意味では花輪さんとはまずあり得ないと断言できます』
「でもぉルナさんの主様へのあの目というか態度は一見ツンツンですが、それって見方によってはデレの可能性があるというかちょっとしたきっかけで簡単にコロンとしそうな危うさが潜んでいると見れなくもないんですよねぇ」
「主はだいぶ花屋に疎まれてるからな。きっと随分とひどいことしたんだな」
「なに、なに?主様なにしましのぉ?」
『いえ、全くもって身に覚えがございません。花輪さんがロメオさんのお店で働く前からお仕事上面識はありましたが、それも数えるほどですしまず失礼にあたることはしていないかと。あの、話を進めてよろしいでしょうか?』
「ですねぇ。どちらから言い訳しますぅ?式場代の使い込みか下着でハァハァか......んもぉ冗談ですよぉ主様ぁ♪会えない日々が続いたから玉藻ちゃんも戯れたいんですのぉ♪」
『はい。実は札を使い切ってしまい......申し訳ありません』
「あらぁ~向こうでの出張はちょっと長かったのですねぇ。効果としては問題ありませんですぅ?」
『ええ。効果としては申し分ございません。札に頼り切ってはいけないとはわかっていますが何分、今回は不測の事態が重なりまして......』
「あれ、主。今回はさっさと終わったからお札はあんまり使ってなかったんじゃ......」
姫の言動を遮るように、他より少し大きめにカットされたケーキを差し出す。更に玉藻からは見えないように口元に人差し指を当て釘を刺した。
「わぁ、おデザさんだじょ!」
主の真意に気付いたかは別として、見事に餌に釣られた形の姫は上機嫌になり、鼻歌交じりでショートケーキの上に載っているイチゴを突っついている。
『......ということですので今月使いすぎなのは重々承知していますが何枚かご都合いただけると助かります』
「あいあい♪そんなにかしこまらなくてもぉ、別にお小遣いじゃないので無くなったらお渡ししますよぉ」
のんびりと食事を平らげたクノビが空いた皿を流しに運び、主が順々に切り分け各自の席へと分配しているデザートの前へと座った。
「やっぱり今の当主さまはベタ惚れなのじゃ」
「ん~?クノビ、どうかしましたぁ?」
「なんでもないのじゃ。わしは当主さまのお子で良かったとしみじみ思うのじゃ」
「うぅん♪もうそんなおませな事が言えるお年頃なんですねぇ♪そういえばお留守番組にはまだお土産あげてませんでしたけどぉ......、明日にしようかと思いましたが特別にフライングゲットぉですよぉ♪」
「やったのじゃ!」
「あ、玉藻ぉ妾も!」




