11-03
「待てぇい、この節操無しがぁ!」
「未来では男ならそれくらいの甲斐性くらいあって当然と笑っておるのに、この時代の当主さまはまだウブなのじゃ」
『おそらくですが現代の玉藻さんは所謂「絆レベル」が頭打ちの状態ですので基本私第一、よっぽどのことがなければ怒ることはないと思います。
しかし初対面でその相手が自分の未来のパートナーであり、あの説明では異性より無機質なものや動物の方に熱心なのだと捉えられるばかりか、情事の際だけは行為を行うと思われます、それも複数の女性とですよ。それを好きになるという方が些か特異と思えないでしょうか?
ですのでこの時代の玉藻さんの反応は過激ではありますが至極全うなのかと。
クノビさん、準備まであとどれほどかかりますか?さすがにあなたを背負ったままここの玉藻さんから逃げきるのは厳しいのですが』
札を使い身体能力を強化している主は木々の間を飛ぶように駆け抜けていく。
「元より時間のかかる術式を再構築して無理やりショートカットしてるのじゃ。最低限の安全確保の確認のため、今しばらく持ちこたえるのじゃ。札なんぞもう全部使ってしまったら良いのじゃ。いまさら一枚二枚惜しんで、この時代で死んでしまっては洒落にならんのじゃ」
『既にその一枚二枚しか残ってないので早急にお願いします』
「なんと、いつの間にそんなに使ったのじゃ?主主、案外計画なくばら撒いて泡食うタイプじゃな」
『出張から帰って来てそのままでしたので補充を忘れていまして。そもそもその貰うお相手の玉藻さんが起因でここにいる状況ですので。あとクノビさん、今の言い方もだいぶ誤解を招きかねないので帰ったら少しお話しましょう』
「よそ見しとると木ぶつかるのじゃ。ちとスピード出し過ぎではないのじゃ?」
呑気なクノビの台詞の後から伐採された木々が次々に倒れる音がする。またその感覚は瞬く間に近づいて来ているのであった。
「その程度で懐柔されるとはウチも相当生ぬるく時を生きてしまったようじゃのぉ!そんな汚点この場で切り裂いてくれるわ!」
『これでも追い付かれてしまいますので、だいぶ危険なのがお分かりいただけますでしょうか?』
「普通は札で身体能力強化してたら、まずその辺の者など塵芥にも及ばぬのじゃが......。主主ちょっと鈍ってるのじゃ?」
『全盛期の野生の神クラスの玉藻さんを躱しているだけでも大健闘だと思います』
「獲ったぁ!小間切れよのぉ!」
鋭く伸びた爪が赤色に発光する。素早く振りかぶったその軌跡をなぞるように数本の刃が形となって主達に向かって来る。
『この攻撃は受けたくありませんね。仕方ありません』
主が取り出した札は強い光を放ち、迫りくる攻撃を打ち消す。更に衝撃で向かてくる旧玉藻を跳ね除け、両者は森の少し開けた広場に間合いを取って佇んでいた。
「逃げてばかりの腰抜けが!ウチを手籠めにするほどの実力があるならそれを示し、蹂躙してみよ!」
......。
「あ、当主さま、今の攻撃で呪符が破けてしまったから主主の声はもう聞こえないのじゃ」
「なんと。では観念してウチに平伏し地べたを舐めるが良いぞえ。汚点は汚点らしく土の染みにでもしてやるので感謝するが良いな」
「......え、主主、それ本気なのじゃ?......わかったのじゃ。当主さま~、もうこちらの時間稼ぎも限界なので最後の一勝負で決着つけよう、って主主が言っておるのじゃ」
「ほぅ、ようやく男らしいところ見せるのかえ?最初からそうしておけばウチも優しくしてやったに。良いぞ、自然の肥やしにしてやるぞえ」
旧玉藻が下げた両手を広げるとその爪は再び熱を帯びたように赤く輝き始める。
一方、主に何かを指示されたクノビはその場を離れて木陰へと身を隠した。
そして主は上着の右ポケットから葉巻入れのような、掌程度の大きさのケースを出すとその中から一本の弾丸のような銀の筒を取り出した。
「それがそちの武器かえ?どんな奇術を使うか知らぬが、臆病者がすることなんぞたかが知れておるでのぉ」
......。
一瞬の間の後、旧玉藻が合図もなく攻撃を仕掛けると、それに対抗するように主はその筒を親指で弾いた。
「主主~ 準備完了なのじゃ~」
クノビが呼ぶと、対峙の衝撃で巻き起こった土煙の中から主が歩いてきた。
「当主さま、まさか消滅してしまったのじゃ?」
『まずありえないのでご安心を。玉藻さんはクノビさん達の統括、当主さん。短時間ではありますが対峙した身として、単純な力量では現在の玉藻さんをはるかに凌駕していると感じました』
主が否定するジェスチャーをしクノビと話している内に煙は晴れていき、その先には左手をだらりと下げ、右手でそれを抑えながら息を切らしている旧玉藻が姿が見えてきた。
自分の攻撃を相殺し、更に向かってきた主の一撃。
驚きながらもそれが直撃する瞬間、術で障壁を作ったがそれすら容易く打ち抜き、その左手に穴を開けた。
しかも攻撃はそれだけに留まらず、傷口から凍り付き、体内全体が凍てつくのを感じた。
旧玉藻は右手で左肩に爪を突き刺し自らの術で体内を侵食している主の攻撃を中和している最中、今はまともに歩くことさえできない。
「な......んじゃ、こ、の技......は」
昼間の暑さも残る夏の晩に似つかわしくない白い息を吐き出し、震えている旧玉藻を横目に主はクノビに何か言っている。
そして話が終わるとクノビがこちらに向かってきた。
「当主さまのことじゃから、しばらくすれば動けるようになるし回復するけどその傷は普通の方法では完ぺきには治らないから......、後でこれを使うのじゃ」
それは先ほど主が使っていた札と似ていたがサイズは半分ほどのものだ。
「当主さまが強すぎたから残りの札では対処できないと思って主主も技を使ってしまったのじゃ。痛い思いさせてゴメンって言っておるのじゃ」
「ば、かに......し......お......って」
「そんなことはないのじゃ。わしらは未来から来てる故、当主さまの手の内は知っとるしこの札だって当主さまの術じゃ。って今説明しても残念ながら当主様さまはしばらくしたらわしらのこと忘れてしまうのじゃ。今回はいろいろと要因があるのじゃが一番は主主の呪いのせいじゃ。詳しく話してる時間がないのが残念なのじゃ」
いまいちあやふやだが、言いたいことを言って戻って行ってしまったクノビと入れ替わる様に主が歩いてきた。
「お、まえ......は......なに。もの、か?」
問いかけるが札の効果が切れている今の状態では主の声は聞こえない。
主は未だ動かせない穴の開いた玉藻の左手を両手で握った。
氷は溶けないが主の手の温みが体内へと流れてくるように、そして聞こえるはずはないのに主の言葉が優しく頭の中に響いた気がした。
旧玉藻の左手が僅かに動いたその時、
「帰り道が閉じちゃうのじゃ~、主主~、早くなのじゃ~」
クノビに呼ばれ、主は軽く頭を下げると背を向けて歩いていった。
「......れ者、が」
「当主さま~!未来ではなぁ~主主は当主様さまのことな~......」
その言葉を言い終わる前に主とクノビは眩い光に包まれ、慣れてきた目を開くが既にその姿は消えていた。




