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RVALON Ⅰ  作者: 竜;
Suppuration

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26/52

10

「ご苦労。此度の活躍、誠に見事であった。褒美は追って伝える。下がって良いぞ」


 妖怪討伐から数日経ち、凱旋した上総は報告のため城へと赴いていた。


「勿体なきお言葉。ご無礼は百も承知ながら今一つお願い申し上げたく、ご許可いただきたい」


「なんじゃ、畏まらんでも良い。あぁなんだそれと堅苦しい言い方もよせ。そなたは此度の英雄ぞ」


「は、恐れ多くもこの成功は小生一人の栄誉にあらず。死んだ者達にも墓を用意したく。何卒」


「ん~、すまんが其方の言っている言葉が理解できんかった。もう一度言ってくれるか、死んだ者......とは誰の事じゃ?」


 顔を伏したまま、上総はいま自分が言われた言葉の意味が理解できなかった。

 報告書にも自分以外は全員死んだと書いたはずだ。


「戻ってきたばかりじゃからの、まだ勝利の余韻と疲れが抜けておらんのか。ほれ、面を上げい」


 言われて顔を起こした上総の表情には困惑が色濃く、充分に暑さを凌げる日陰にいながらも一筋の汗が頬を伝った。


「夢では無ければそなたの周りの者達は何者かのぉ?」


 ゆっくり顔を横に向けると、そこには自分が頭を刺したはずの三浦の姿があった。


 戸惑い、反対に向き直るとこちらには千葉の姿が。確か城に来てから謁見の間、今の今まで自分一人だったはず。

 後ろを振り返れば農民以外の、今回の討伐に参加した兵と思われる者達が顔を伏している。


「な......ぜ?三浦、それに......千葉か?」


「何を当たり前のことを。上様の御前ですよ。うろたえないでください、みっともない」


「おぉなんじゃ上総の、ワシがいつ死んだと?」


 理解が追い付かない。確かに皆、死......いや俺が殺してしまったはずだ。


「刀の腕は一級でも物覚えは悪いのですか?......殿、上総は勝利の酔いから冷めやらぬよう。しばし長めの休息を与えては?」


「そのようじゃのぉ。良い、其方はもう下がって休め。褒美は通達と共に家に届けさせる」


「ですが......」


「上総の、ここは退いとけ。後でとびっきりの酒を持っていく。元気が戻ったら、ほれ、色町にでも......」


「お前ら、殿の御前であるぞ!無駄話はよさんか!」


「おぉおぉ構わぬぞ大臣、今は何ともめでたい席。さあ宴が待っておるぞ。面倒な報告なぞ終いじゃ」


 そう言って大臣の意見も聞かず、殿様は自分で障子を開けて浮足立って出て行ってしまったので少し遅れて、


「一同、解散!」


 と、言うと殿様を追って行ってしまった。





「わけがわからない」


 結局、上総は宴には出ず自分の家へと帰宅している途中である。


 信じられなくても自分が今しがた目にしたものが現実なのだろうと無理やり飲み込み、頭に加え心の病もあるのかもと、認めたくはないがこれからは何か行動をするときは軽率にならないよう肝に命じた。


 城を離れて素直に帰路へ着けば良いのだが宴の後で千葉が寄るというのもあまり信用できない。ヤケ酒ではないが晩酌の分としばらく家を空けていたのに大した土産も持たずに帰った代わりに、今日は家へ魚でも買って帰ろうと下町の方へと足を向けた。


 途中、桶を両端に吊るした棒を肩に担いだ魚売りが歩いていたので声をかけた。


「向こうまで行く手間が省けた。おい、魚を売ってくれ」


 しかし魚売りは上総の声が聞こえないのか、そのまま素通りして行ってしまう勢いだったので横を少し通過したあたりで、


「おいって!魚を売ってくれって言っておるのだ」


 少し乱暴だが肩を掴んでこちらを向かせようとするが、それを物ともせず強引に歩くので上総の静止は意味をなさなかった。

 堪らず手を放すと弾かれるように腕が上がり、魚売りの被っていた笠を跳ね除けてしまった。


「おっと失礼、でもな声かけてるのに止まらないそちらも悪いのだぞ」


 喧嘩する気はないので笠を拾って返そうとしたが、既に三十尺程度先(十メートルくらい)に行ってしまっていた。


「待て!笠、っと魚!」


 軽く駆けて魚売りと並び速度を落とす。


 若干鼻息荒く、文句の一つも言う勢いで魚売りを見ると頭の脇にしか無い髪は癖毛なのか重力に逆らって鬼の角の様に見えた。

 そしてその顔を見た上総は驚いて足を止めた。

 いや、正確には”顔が見えなかった”ことに驚いた。

 それは文字通り額から口元にかけて影がかかったように暗く、どんな顔をしているかわからなかったのだ。

 上総が足を止めた後も魚屋は気にすることなく歩いて行ってしまったので、上総はしばらくその笠を持ったまま道端で立ち止まっていた。




 途方に暮れ、仕方なしに笠を持って帰路についた上総の姿を見ている人物がいる。

 上総が出てきた城の庭、本来は茶室として建てられたそこで戸を閉めた明かりのない暗い部屋でその者は水晶玉に映し出された上総の動向を伺っている。


「気は消えているが確かにこやつから二つの気、それにあの言動。捨ては置けぬか......よいぞ、入れ」


 声をかけると静かに戸が開き、下を向いたままの人物が入ってきた。


「あの者、逆賊の疑い有りと出ておる。しかし急いては怪しまれる、外堀を固め、仕立て上げ、順当に手筈を整えてから始末せよ」


「はっ。仰せのままに」


 茶室から出て顔を上げた人物は、先ほど機嫌よく宴に向かったこの城の殿様であった。

 茶室の人物といる時は操り人形のように無表情だったが、部屋を出るとなぜ自分がここにいるのか思い出せず遠くから大臣に、


「殿~、宴が始まりますぞ~!」


 と、声をかけられると我に返り、また跳ねるように行ってしまった。


 茶室の人物が外に出て日差しに照らされると顔全体を白塗りにした神主のような姿を現す。

 その人物が庭を歩き、城の門をくぐるまで何人か城の者とすれ違ったが、皆どれも挨拶はおろかその人物に気づいていない様子である。


 門を出て目の前にある橋を渡ると道を挟んで城下町へと通じている。その人物は川伝いに植えてある一本の柳の下まで行くと足を止めた。


「あらぁ淡路さん。良いお天気ですねぇ」


 仲は良くないが、知らない間柄でもない。暑苦しさでは頭上にある陽に負けない明るい声の玉藻は出待ちしていたのに、いま気付いたと言わんばかりのわざとらしい口調で話しかけた。


「誠にのぉ、お前の毳毳しい声と姿がなければ正に天晴れと言ったところだが」


「相変わらず古い言い回しですこと。それに玉藻ちゃんが来なくても今日は午後から雲行き怪しいらしいですよぉ。あ、テレビとかないんですよねぇこの時代」


「その口は下らぬ世間話しか生み出せんのか?」


「悔しかったら黙らせてごらんなさいな♪」


「ぬかせ、既にそちらは手を打ってあるのだろうて」


「ぴんぽ~ん♪こんな昔まで来てご苦労様ですぅ。ここではもう余計な事はできませんのでぇ。ってかですねぇ、まだ玉藻ちゃん達に挑む気ですぅ?」


「無論だ。それが先祖よりの使命」


「ご聡明な淡路さんのことなので助言なんか不要でしょうけどぉ、人の身である以上玉藻ちゃん達には勝てませんよぉ」


「ほざいておれ。いつまでもその座に納まっていられると思わぬことだ」


「正に今の淡路さんが負け犬の遠吠え~なんて。てへっ♪ なんでそうまでして固執するんでしょ?時間の無駄ですよぉ。それこそ一応人間なんですから限られた時間は有効に活用しませんとぉ。だって結局のところ玉藻ちゃん達と目的は一緒なんですからぁ」


「我らが目指すはその先だ」


「人であり、人のまま、人の術で、ですかぁ。限界わかってて努力するなんてそれこそ淡路さんの嫌いな愚かさではありませんの?」


「その限界を超えられる可能性があるのなら諦める理由はない」


「そういう頭が良いのに馬鹿なところ、嫌いじゃないですよぉ。まだ人間って気がしますものぉ。ちょっと長話しちゃいましたねぇ。これからお出かけ?あ、もしかしてコレですかぁ」


 片手で口元を抑え、もう片方で小指だけ立てた拳を突き出すと目を細めて笑う玉藻。


「もぅ淡路さんも男の子なんですからぁ。あぁ玉藻ちゃんもこうしてはいられませんのぉ。早く帰って主様の逞しい胸に飛び込まないと栄養失調で死んでしまいますぅ。ってことでアデューですぅ」


 最早口を挟む気すら失せていたが一つだけ確認したいことがあったので両手を広げて能天気に走って行こうとする玉藻の背中に声をかけた。


「時に、余の傀儡が帰ってこないのだが、貴女は何か知らぬか?」


 両腕は広げたまま、クルっと旋回すると僅かに首を傾げて答えた。


「あぁマロさん......。そういえばいましたねぇそんなの。あれに関しては玉藻ちゃんはノータッチですぅ。蹴っ飛ばしたら逃げて行っちゃったんでその先はわかりませぇん♪淡路さんが虐め過ぎて帰るの嫌になっちゃったんじゃないですかねぇ」


「どこまで本気か。いずれまたご挨拶に伺おう」


「来るときはアポ取ってからにして下さいねぇ♪玉藻ちゃんと主様の愛の情事最中に来たら最初のご先祖さままでお礼参りして根絶やしにしちゃいますからぁ。あ、今回術と保険とはいえ、主様以外の方にあれだけサービスさせた代償に、挨拶に来るときのお土産は蓬莱の玉の枝くらいは持ってきてくださいね♪」


「戯れ言を。それとだが余をその名で呼ぶのはやめよ」


 玉藻は両腕を下すと少し真面目な表情になり、淡路を挑戦者とすら見ていない目をまっすぐに向けて言う。


「そのセリフはお父さんを越えてから仰りなさいな。......坊や♪」


 再び屈託のない笑顔になり、懐に手を伸ばした淡路を気にすることなく玉藻は踵を返してゆっくり歩き出す。一瞬空間が陽炎のように歪み、瞬く間もなく玉藻の姿は消えていた。

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