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RVALON Ⅰ  作者: 竜;
Suppuration

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23/52

08-01

「......逆だ。飲みすぎたから近くてかなわねぇ。なんだったら付き合うか?」


 冗談で花摘みの誘いをすると、酒が入らなくても気の大きいが、それに拍車がかかった千葉の豪快な笑い声を背にテントの外に出た。


「ったく、戦だの妖怪退治だのじゃなく、城下町の酒場でならもっと気楽に仲良くもなれるんだろうが。三浦も話し方は固いがなかなか面白い言い回しだしな。ただの堅物ってわけでもなさそうだしな」


 妖怪退治に出向いて数日、なぜか当の化け狐は昼間から夕方くらいに現れ、見た目こそ派手に討伐軍を蹴散らしている。だが皆、転んだり少し強めに岩に当たったりと擦り傷や軽い打撲以上の怪我をした者はいなかった。


 どちらかといえば一週間ほどの水と食料程度しか用意がなかったので、そちらを理由に補給部隊が来るまで待機、それか一時撤退するかを酒盛りしながら気を抜いて話しているくらいだ。


「良いんじゃねぇの?そこらで適当な狐でも捕まえて「これに妖怪が憑依していました」って、報告で。

なんか、敵さん戦う気ないんだったら今回はこれで撤退してさ、褒美もらってずらかるやつはどこへでも行ってさ。

 ま、俺らみたいに位のあるのは逃げられないけど。また妖怪が出たら「また別の奴が出たか」って、みんなで芝居の口裏合わせといてよ。行けって言われたら、今度は山の紅葉でも見にくればいいだろうよ」


 独り言を呟きながら、テントから少し離れた森の茂みに入り用を足していると、少し先で月明かりにしては不自然に低い位置に青白い光が揺らいでいるのが見えた。


「んん~なんだ、偵察の奴らだったら、てきとうに時間つぶして、戻って休むように言ってやるか。来ないとは言いけれないけど、敵さん何故だが夜は姿すら見せないからな。必要最低限の見張りはひつようだけど、夜中起きてるだけ体力の無駄遣いだから要領よく休むべきだしな」


 実際は妖怪もだが、野生動物達が寝込みを襲う心配もあるので、一応の警戒はしている。

 しかし、食料の心配をして到着した時から狩猟班を数名別行動させていたが兎一匹、もっと言えば小鳥すら見かけない。


「害は無くても、動物達だって迸りは勘弁だしな、よっと」


 戻ったところでまた酒に付き合わされるだけなので、少し酔い覚ましも兼ねて光の方を見に行ってみようと歩き出す。


「幽霊なんて言わないでくれよな......。お、あれは?」


 森を抜け、大き目の岩がゴロゴロしている場所へと来た。妖怪と対峙するときはいつもこの場所だ。

 そして数ある岩の中でも、他のものとは二回りほど大きい岩の上。眩い月に照らされた輝く銀髪をそよ風に遊ばせてそれは座っていた。


「こんばんは。夜になれば昼間の暑さも忘れるほどには涼しくなろうて」


「確かにな。命令でなければこんなところには好き好んで来ないんだが、昼間は走り回って程よく汗もかき、夕刻になれば上手い飯と酒を囲んで馬鹿話に花が咲く。都で書物ばかりしてるよりは余程健康的だ」


「もう、数日中にはお帰り願えるかえ?」


「そうだな。どっかの化け狐が森の動物怯えさせてくれたおかげで、ロクに狩猟もできねぇからな。食料不足を理由に一旦撤退するか、そこら辺で狐でも狩って献上品として上に差し出すか」


「化け狐とはあんまりな。これでもちゃんと名前はありますえ」


「なんでも良い。ところでお前さん、これだけ大事にさせるなんて何しでかしたんだ?」


「まぁまぁこれ程の美貌よ。殿方は黙っておらんし、お偉いさんは囲いたがる。取り合い争いは花の宿命であれど、度を超せば恨みの矛先に身を震わす可憐な花弁」


「随分と己に自信があるんだな。ま、確かに今まで行ったどの遊郭でもお目にかかったことない美人だ。と、いっても俺はそんな高いところ行ったことねぇけどな」


「ほほほ。それこそ一国の財程度は用意してもらわんとな、半刻すら留めることはできぬぞえ」


「そりゃ残念。さてとだ、討伐相手に聞くのもなんだが、どうしたらうまく回るかな?」


「そんなの今しがたそちが申したでわないか。そこらの獣でも狩って、これに憑いてたとでも言えば良いぞえ」


「皆が皆、俺の頭くらいおめでたいなら良いんだが上だってそこまで馬鹿じゃないだろ。あんたを連れてって、目の前で打ち首にするくらいでないとまず納得しない」


「なんに、行ってやれば良いのか?」


「そこまで素直なら最初から逃げたりしないだろ」


「いやいや、構わぬぞ。そろそろこの時代にも飽きてきたところでな。転生するか、時代が変わるまで眠るかを考えあぐねていたしのぉ」


「おいおい、そんなに簡単で良いのかよ、打ち首だぞ?死ぬんだぞ?」


「何か勘違いしとらんかや、うちは妖怪、化け狐ぞえ?たかだか首が転がったくらいで絶命するほど容易い命なんぞ持ち合わせておらんて」


「あまりにとんとん拍子で拍子抜けするぞ。じゃあ、何だ。明日の明るいうちに体よく生け捕りにする算段で良いんだな?」


「あまりきつく縛っては嫌だぞえ」


「ぬかせ。一応追い込むときに二、三切りつけるが構わないか?」


「あいあい。お好きにしてくりゃさんせ」


 意外な提案に微かな疑念は残るが、ここ数日対峙しても一向に本気を出していないのは明白だった。

 まさか、明日騙し討ちをして全滅させることも無くもないがそれなら今、化け狐に変化して野営地を襲撃すればそんな芝居を打つ手間も不要だ。

 疲弊というには大げさだが、じり貧の状況が変わるなら、ここは誘いに乗ってみようと簡単な明日の段取りをして野営の本部に戻ると、千葉の酒を取り上げて作戦を提案した。


「なるほどのぉ、まぁワシは難しいことはわからん。あとは三浦と二人で決めてくれ」


 酒が入っているのもあったが、元より考えることを好まない千葉。そう言うと横になり、次の瞬間には豪快な鼾をかいて寝てしまった。


「まったく、これでも武将か?まぁわたしもその作戦に異論はない。どのみち長引いて不利になるのはこちら。明日、その作戦が成功しなければ、どのみち撤退するとしましょう」


「三浦がすんなりと受け入れてくれるとは意外だな」


「いまさら隠し立てするものでもないか。実はの、其方達とは別でわたしは殿より預かって来た物がある」


 三浦は立ち上がるとしばし待つように言い、外に出ていくと間もなくして戻ってきた。その手には綺麗な柄の布で巻かれた長い物を手にしている。


「妖怪の討伐に苦戦したら開けるよう言われている」


 丁寧に布を取ると、些か華美な装飾の施してある鞘に入った刀と巻物が姿を現す。

 三浦は巻物を広げる。そこには上からの命令が書き記してあった。


「簡単に言えば、その刀は陰陽師の最高位の方が強いまじないをかけてあり、それで切りつければ妖怪の術を封じ、治癒や再生ができなくなる、といった代物らしい。

 さすればだ、わたしの犬で追立て、千葉の弓で弱らせ、最後の仕留めをそなたがこの太刀で。ということだな」


「な、なんだ。上も奥の手を用意しててくれてたのなら、最初から出してくれれば時間かけなく良かったのにな」


 討伐対象の協力もあり、穏便に済むはずだったがなにやら雲行きが怪しくなり、僅かに上ずった声が出たが、とどめを刺す時に自前の刀を使っても化け狐は上手く捕まってくれるのだし、問題はないだろうと一呼吸した平野。

 それでもどのような刀かは気になるので三浦からそれを受け取り、鞘から抜いてみる。それは本来銀色である刃は黒紫の禍々しい色。位の高いものがかけたにしては同じ文字でも、神の助力を得て闇を払う、光纏う「まじない」のようなものではなく、魂と引き換えに相手を奈落に落とす、どろどろとした暗い「のろい」の意味合いの方がしっくりくる。そのような毒々しさを感じさせた。


「なんとも悪趣味な色だな......。まるでさ......、こ、の刀......。強い、力......。切る......、妖、怪......殺す......」


 意識を吸い込まれるように刀身を見つめ、目から光が消えた上総。それを横で見ていた三浦の口元は怪しく笑っていた。

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