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RVALON Ⅰ  作者: 竜;
When I Come Around

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2/52

01

 季節は初夏を過ぎ、気温の方も本気を出し始めた頃。


 ここは地球圏内の、日本と差して変わらないところ。しかし、厳密には違う場所。人は重力によって地に足を着け、酸素を吸って生き、文明レベルで言えば、パソコンやスマホが当たり前のように人々の手にある。最近では電気自動車などのエコがようやく定着してきたくらい。だが、車はまだ空を飛ぶまでには至らない。


 時に、あなたの周りで奇妙なことはないだろうか?


 いきなりこんな漠然とした質問をされてもどうかと思うが、そう、例えばいつも通り会社や学校に向かったはずで、いつもと同じ電車に乗ったのに、全く見覚えがない。今まで人混みを歩いていたのに、ふと気づけば周りに誰もいなかったり、簡単な文字なのに、どう読むかがわからない。もしくは、漢字が反転したような文字の標識や看板が当たり前のように街中にある……。後は、異様なほどドラゴンを信仰している世界とか。


 ここではあなたが思っているより、少しだけドラゴンというものの存在感が強い。その昔はもっと身近に、それこそ家族の様に人と寄り添っていた時代もあった。


 しかし、地球上の生物の数より種類の多いといわれるドラゴンは薬にもなれば毒になるものも多く、実際に人類が把握できてない数の方が多い。


 例えば、火を吹くドラゴンの子が、同じように火を吹くようになるといった決まった遺伝がなく、これを研究しようにも、時期も季節も関係なしに生態を変えるものもいるので、研究費や自身の寿命などもあり、まともに研究を続けられる者の方が先にいなくなった。


 結局、ドラゴンは「兵器」として乱用された時代を境に世界で条例が制定され、核は隠し持っても、ドラゴンだけは隠せないと言ったほどに厳しく規制される。多くの謎だけを残し、時代とともにその姿を消していくこととなった。


 そして、今日にいたっては、あなたの世界とおそらく同じ伝説、想像上の生き物になり絵や石造、物語やぬいぐるみなどに姿を変え、人々の身近な存在となった……。と、だいたいの文献等ではこのような書き方をしているだろうか。


 様々な種類がいるが基本的には大変賢く、気高く、高貴で一般的に人と関わる機会は無いだろう。もし、あなたが偶然にでも遭遇してしまった、その上で無事生きて帰ってこられたら是非、この男に連絡することを勧める。

 

 秘密厳守、迅速丁寧な対応を約束できるが、それは、あなたがこの男の存在を認識することができればの話。


 男の名はぬし

 ある時から記憶がなく、両親の存在も不明。物心ついたころから、ある条件を満たさなければその存在を認識されない呪いを受け、現在は次元等を管理する機関で働いている。気づけば姫と竜のスパイクに加え、自称神様の玉藻とそのお子達(玉藻は子供ではなく分身と主張している)と暮らしている。


「主~、お昼のご飯さんができたから呼んで来いって玉藻が言ってたじょ」


 先日出張に行った際の報告書を眺めていると、主の書斎へ姫がやってきた。


『おや、もうそんな時間ですか。ありがとうございます』


「手々さん洗って、さっさと行くんだな。ご飯さんなの♪」


 そう言って、姫は座っている主の膝へとよじ登り、その場に腰掛けた。


「ご飯さん、ご飯さん。さっさと行くの♪」


 軽く机の上を整理し、いつもの流れなのか、主は当たり前のように姫を肩に乗せて書斎を後にした。




◆ ◇ ◆


 別の日、空に雲は無く、日差しは数日前の雨が干上がると思うほど強く、それに比例して温度もまた高かった。


「トカゲー!どこ行ったんだな~!」


 姫の声が家中に響き、賑やかに駆け回る音が聞こえてきた。


「まったく、妾が遊んでやろうって時に居ないんだな。玉え藻ぉ~ん、トカゲいないの」


「あらあらぁ、水色な未来のネコ型ロボットみたいな呼ばれ方ですが、スパイクさんの行先がわかる便利な道具は出せませんよぉ~♪お散歩でもいったんでしょうか?こっちにも来てませんよぉ」


「仕方ないから子狐のとこ行くんだな」


 諦め早く、次の遊び相手のところに向かおうとする姫を、台所から慣れた様子で割烹着を着こなし、妙な貫禄を醸し出している玉藻が呼び止める。


「あら姫様、裏に行くならお使いをお願いしてもよろしいですかぁ?」


 そう言うと、玉藻は姫の返事を聞く前に紫の風呂敷包みをちらつかせた。


「ん?お弁当なの?」


「はいぃ。お子のお昼ご飯ですぅ」


「妾の分は?」


「中身はおいなりさんですのでぇ、お子達とご相談くださぃ♪でもぉ、もうちょっとしたら玉藻ちゃん達もお昼ですよぉ?」


「むぅ、今食べたらお昼いっぱい食べられないのな……。でも、お弁当ってワードはとても魅惑なんだじょ」


 誘惑に翻弄され,、包みと玉藻を交互に見る姫だが、そうこうしてると、腹の虫が抗議の警鐘を鳴らしてきた。


「あらぁ、早くしないと虫さん怒って姫様のお腹に穴開けちゃいますよぉ」


「んぁ!とりあえず届けたら子狐に一個の半分もらうんだな!お稲荷さんにおいなりさん持ってくの!」


 包みを頭の上に掲げ、駆け足で家を後にする姫だが、家の裏に行くだけなのでそれほどの距離ではない。


「お昼できましたら、伝心しますので戻ってきてくださいねぇ~」


 慣れた扱いで姫を送り出した玉藻。言われてみれば、確かに先程から姫が「トカゲ」と呼んでいるドラゴンのスパイクの姿を見ていないことを思い出した。


「お掃除するからお外で遊んできてくださいって言ったので、その辺で浮かんでるとは思いますがぁ。ま、用意できたら伝心すれば良いでしょ♪」


 呟きながら特に変わらない毎日。しかし、本日は少しだけ特別なのである。

 その理由は、玉藻がチラチラと横に目を急がせている見ている箱にあった。

 何度見たところで、中身が変わるわけではないことはわかっている。それでも今朝から事あるごとに気になってしまい、一息ついたところで再度中身を確認する。


「……はぁ~、主様ぬしさま申し訳ありません~。主様が仕事に汗して励んでいる時に、家にいる女共(自分も含め)は涼しい部屋で、朝早く並んでゲットしてきた閻魔屋たらふくの地獄焼き(夏季限定水餅餡)をいただくなんて、あるじに隠れてあるまじきぃ……なんて(てへっ)。でも、家を預かる身として心のゆとりはむしろ義務!その分~、お帰りになられたら~、夜はぁ~、うふふふふ……」




 前述したように、姫は家の裏に行くだけなので、行儀悪く窓から出て柵を越えれば最短。

 しかしながら、人の1/3程度の身長しかない身からすると、行けないことはないが、ちょっとしたアスレチックを通過するようなものなので、荷物を持ったままであれば、遠回りだが正規のルートで行った方が早い。

 だが、こちらも人用に作られた石造りの階段があるので、どちらにせよ軽い運動をすることになる。


「まったく、主に言ったのに、いつまで経っても妾用の階段を作ってくれないんだな……。子狐~、玉藻からお昼さんなんだじょ、妾お使いしたから、お駄賃で一個の半分ちょうだいなの」


 呼ばれたままを裏切らず、小柄で狐に似た耳を生やし、神社の神主が着るような袴姿と古風な井出達の中、唯一現代的なアイテムである携帯端末の画面を見ていた相手は、身長的には大差のない、玉藻からの使いへと顔を向ける。


「なんじゃ、いつもはもっと欲しがるのに可笑しな遠慮するのぉ?あ、それはそうと姫、[バースト]に無反動式レーザー投石機が実装されたのじゃ!」


「ぬ!スマホ家に置いて来ちゃったの。それってもう手に入れた?」


「んにゃ、新兵器はいつものごとくほぼ出ないガチャに課金するか、それより幾分か確率の高いクエストクリアか……。待て、掲示板によると最近開いたステージのボスがドロップするのが一番コスパが良いらしいのじゃが……」




 ……。

「遠くにいても騒がしくよく聞こえる声だな」と、思いながら主の家より少し高い所で、先程姫に「トカゲ」と呼ばれた張本人は見た目からすれば、およそ浮力など生み出してないのでは?と思うような小さな翼をゆらりとはためかせ、寝てはいないが、宙に浮いて優雅に日光浴をしていた。


「まったく、姫しゃまは。いっつもこの気高き竜族のあたちをトカゲ呼ばわりしちぇ。それに、いくら玉藻しゃんの結界があるからって、オープンに騒ぎしゅぎでしゅ」


 それは、艶やかな炎のような鱗が太陽の日差しを吸収し、薄い陽炎のようなものが、周囲からは見えない迷彩に似た効果を発生させていた。

 名前はスパイク。自ら望んで主の使い魔としての契約を交わしたが、本来は人に使役されることなど無い気高き竜である。それもかなり位は高い。


「こんな日差しの良い日に、鱗の手入れをしないなんて勿体無いでしゅ。お昼ごはんまでは子狐しゃんに姫しゃまの相手をしててもらうでしゅ」


 短い両手足を広げ、軽く伸びの姿勢で再び目を閉じ、日光浴に興じようとしたとき。少し強めの風がスパイクを掠めていった。


「……何でしゅ?妙に纏まった風でしたが……」


 スパイクは自分を抜けていった風の方を少し訝しげに目で追ってみる。それは埃や塵、幾匹の虫が集まったような影になり、都市部に近いとはいえ、地主が土地を売らず、田畑にしているのが散見できる中、一際手入れされた緑が目立つ、会員制のゴルフ場の方へと向かっていた。


「ウシュゥ~、ご飯に出遅れると姫しゃまに勝手にトレードされるのでしゅが……」


 主の家付近は玉藻の術により結界が張ってあり、外敵などに見つかったり襲われたりの心配はない。なので、姿を隠せるとはいえ、一種の天然記念物、重要保護対象、絶滅危惧種(厳密には違う)の自分が、おいそれと結界外へと出るべきではないのだが、


「サッと偵察して帰って来るでしゅ!」


 そう言って、スパイクは怪しげな影を追って行く。

 こういったときは一言、玉藻に連絡しておけばトラブルやお叱りも最小限に、何より、自分の好物を勝手に交換されることも免れたかもしれなかったが、高貴とはいえ幼いドラゴンには、まだまだ経験値が足りないのであった。


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