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RVALON Ⅰ  作者: 竜;
Suppuration

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16/52

04-01

「山や野っ原なんぞ何処でも一緒だな。女子の一人もおらぬわ。のぉ、千葉よ」


「まったく、そなたのような品の無い者と組まされるとは。さっさとお勤めを終わらせて国に帰りたいものだ。時に上総(かずさ)の、上からの命とは言え、妖怪退治など夢にも思わなかったが、何か詳しく聞いてはおらぬか?」


「某もそちらが聞いてること以上のことは何も。確かに夢にも思わなかったが、これだけの討伐軍を編成するほどだ。あながち、酔狂というわけではなかろう」


「酔って狂うなら女子の胸の上が良いのぉ!」


「ほんに品のない。けれど三浦の要望どおり、妖怪とはいえ大層な美人という話ですよ」


「息をするだけでどんな男を魅了し、手玉にして転がすほどの美貌か。遊郭であれば一度手合わせ願いたいとは思うがな」


「なんだ、上総の。お主もいける口か?」


「平安の世を騒がせる女狐など、見世物小屋で充分。犬でも放てばすぐにでも尻尾を出すでしょう」


「では、誘い出すのは千葉に任せよう。出てきた狐は儂の弓で......いちころよ」


「三浦の弓の腕前は相当なものと聞いたことがある。しかし、如何なるときも二重三重に策は配するもの。追いたて、弱らせ、仕留める」


「それが噂に名高い上総の長刀か?髪の長い柳に経つ幽霊の様に色白く......。あ、いや褒めておるのだ。大層切れ味のよさそうな刀だ」


「女子のことだけかと思えば、少し歯に着せる衣くらいの教養はあるようですね。おや、あそこじゃないですか?妖怪が出るという噂の場所は......」


 時代劇でも観ている。いや、今の平野はテレビでしか見かけない戦国武将のような井出達の軍勢に混ざって歩いているので、観られる側の立場だ。


(話を聞く限りでは、悪さをする妖怪を退治に行くようだけど、大の大人がよりによって妖怪なんて。

 それに、ここは何処だよ?足場の悪い禿げた野原に混じって、ゴロゴロと大き目の石が目立ち始めてきたけど。見た目はどこにでもありそうな田舎の山中って感じだよな)




◆ ◇ ◆

「なんという力か。馬ほどの大きさにして、あの素早さ。兵が次々と弾き飛ばされていくわ!」


「固まるでない!散会し、囲んだ後徐々に追い詰めていくのです!」


「三浦、千葉、ここは一旦引いて体制を整えるべきだ。相手との力量が違いすぎる!」


 その妖怪、見た目は狐だが、三浦の言う様に馬ほどの背丈があり、それでいて疾風のように素早くい。まるででたらめな勢いで軍勢を蹴散らしていった。


 白く流れるような毛並みに、目と口元には血なのかはわからないが筆で描いたようにはっきりとした紅い線が化粧の様にしてあり、九本の尻尾を靡かせている。

 走り出せば煙の様。その姿はぼやけ、睨むその顔つきは恐ろしくこそあれ、月明かりに照らされた眼差しは素直に美しいと賞賛できる。




◆ ◇ ◆

「なんと、あれだけいた兵が三度の対峙でこのザマか」


「最早、策など立てるにも値せぬ」


「確かに桁外れだ。だが、相手は一匹。まだ数の理はこちらにある。しかし、恐らくあと二度。いや、次が最後の機会と見なければなるまい......。っと」


「どうした上総の、酒が切れたか?」


「逆だ。飲みすぎて近くてかなわん。付き合うか?」


「まったく、冗談言ってないで早く済ませに行かれ。値はせぬかもだが、立てぬよりは策があった方が良いでしょう」


「今、立てたいのは策なんかじゃないんだがのう」


「まったく下品な。そんなに女子が抱きたければ、さっさと妖怪を退治することですね」


 紙芝居をめくるように、気付けば平野が妖怪退治に参加して既に三日目の晩となっていた。

 最初の対峙で化け狐の圧倒的な力を見せ付けられる。次の日は陣を固めるべく、即席で木や岩を積み上げて壁を作ったが、絵本の三匹の子豚よろしく、紙装甲もいいところ。化け狐の特攻でいとも容易く蹴散らされた。付け加えると、特攻に当たったというよりは飛来した木や岩により効率よく兵の数は減らされていった。


「映画でああいう手榴弾を見たことあったな。爆発すると、中に釘とか入ってて即死できないで、ただただ痛そうなやつ」


 などとのん気に感想を述べられるのも、一応運よく生き延びて......、というよりは皆が勇猛果敢に向かっていくのに対して、平野は出来るだけ遠くに離れ、危機が迫れば逃げるといった鬼ごっこをしていた。今のところ五体満足。擦り傷すら負ってない。

 臨時で設営されたツギハギの布。それと細い丸太で組んだテントはいくつかの階級や職種別で分かれているらしく、一般兵より扱いの下がる農民などを集め、兵の数を水増しした、ゴロツキなどが多くいるテントに平野はいた。

 一応、ここはパソコンを打って書類出しているような時代でないことは理解し、無理やり飲み込んだ。


「それにしても、俺の装備とか酷すぎないか?鉄砲なんて贅沢は言わないけど、せめて刀とか槍は持たせとけよ。

 相手の戦力がわからないにしても、大捕り物のつもりで来てるんだろ?相手から見て、とりあえず武器らしく見える長い棒とか装備させとけば気持ちばかりの威嚇にもなるだろ。

 たしかにこのテント内を見ても、ボロボロのチョッキみたいなのと褌だけってのもいるし、あの妖怪の攻撃をかいくぐって、よく助かってるとさえ思うよ。

 それにしても、一応は撃退した体になってるとはいえ、他の妖怪が(そもそもよく妖怪があの化け狐一匹という固定観念を崩さずにいられるよな)襲ってこないとも限らないのに、現実逃避で酒に酔って寝てたり、外では「ここにいます!」ってのをだいだい的にアピールするかのように火焚いて鍋作ってるし、昔の人って案外危機管理能力低いのかな?

 固定観念で言えば動物って火を恐がるってイメージだけど、キャンプファイヤーみたいに盛大ならまだしも、外で焚いてる火って、ただのキャンプで晩飯作ってる程度の火力だし......」


「おめぇさっきから何きょろきょろしてんだべ?」 


 観察と考え事をしていたら、いかにも話が通じなさそうな、何とかネットワーク的な髪型の(武士や相撲取りは髷解くと、みんな同じ髪型になるが、この者の場合は頭髪の後退具合や身なりからしても落ち武者という言い方がしっくりくる)男が話かけてきた。


「あ、いや。あんな妖怪どうやって退治するのかなって」


「あんだ、おめぇも怖ぇのかよ......。そうだよなぁ。あんなのに勝ってこねぇべ。いっくらお偉いさんの命令だからって、オラたちみたいに、鍬とか鋤しか持ったことねぇ連中集めたって、足しにもならんべ」


「そ、そうですね~。あ、でも、結構良さそうな刀持ってるじゃないですか、家宝とかですか?」


 あまり刺激してどういう行動にでるかわからないので、あたりさわりのない話題で濁していく。


「あぁ、これべ。さっき死んでったやつらのをもらってきたんだ。あの世に持ってくにゃちと勿体無ぇべさ。戦場で落ちてるもんは拾った奴のもんだ」


(そうか、確かに死んだ人間が戦えるわけじゃないから、生きている連中が武器をもつのは至極まっとうで合理的だ。

 とは言っても、完璧に出遅れた感があるし、とっくに狩尽くされてるだろうな。そもそも武器なんて使ったこと無いから拾ってもお守り程度にしかならないだろうけど)


「おめぇはなんも拾えねかったか?どん臭いのぉ......。ほれ、小刀とか脇差なら何本か拾ったから、好きなの持ってけぇ」


 そう言いながら、頭の後退と歯も何本かない(寧ろ何本しかない)落ち武者ネットワークは数本の刀を平野に投げてよこした。

 吟味したところで刀のスペックなどわからないが、無いよりはと思い、ありがたく頂戴する。


「明日はどうするんでしょうね?」


「今、偵察の連中が探りに行ってっから、戻って来たら夜襲するかもしんねぇ。とりあえず寝とくべ」


 言いながら、一応はマットとして敷いている、薄っぺらい茣蓙にその男は横たわった。

 正直、平野もなれない状況で疲れていたので、横になろうとしたが少々催してきたので済ませてからとテントの外に出た。


 初日の夜にも見て驚いたが、電気などの人口の明かりが皆無の時代。、平野のいた時代では山奥などに行かなければ拝めない満天の星空が、当たり前のように頭上に広がっている。


「車の排気ガス臭くもない、LEDみたいに目に痛い光も無いこんな時代だから見れるこの星空ってのは、本当に自然そのままなんだろうな。空気の味はわからないけど、ほんと妖怪退治でなきゃ凄く健康的......」


 てきとうな茂みで用を足していると、少し離れたテントから松明を持って森の中へ入って行く影が見えた。


「あのテントはたしか、指揮官っぽい階級の高い人達のテントだったよな。こういう時代って下民が気軽に話しかけちゃいけない感じがするけど、事態が事態だし、戦いたいわけじゃないけど、明日の作戦とか聞いといて損はないかな」


 明かりの類は持っていないが、月と星の明かりで大分目も慣れていた平野は松明の後を追った。

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