第9話 血塗られた選択
円卓に沈黙が落ちていた。
王太子は震える手で椅子を支え、ミリエルは顔を伏せ、リヒトは怒りを押し殺すように目を細める。
誰もが待っていた。私が、どちらの道を選ぶのかを。
冥王の花嫁として冥の力を振るうか。
あるいは、かつての令嬢として人の世に立つか。
胸元の印が熱を帯び、鎖が小さく震える。
アルヴィンの声が、誰にも聞こえぬ囁きとして届いた。
『選べ、レイナ。人の目に生きるか、私の影に生きるか』
◇
私は静かに目を閉じ、深呼吸をした。
過去を思い出す。
処刑台で冷たく見下ろした王太子。
泣き顔で演じ続けた妹。
そして、影から糸を引き続けたリヒト。
すべてが私を殺した。
けれど、冥王の手が私を救った。
答えは、ひとつしかない。
私は円卓の中央に進み出て、声を張った。
「わたくしは――冥王の婚約者として、この世に立ち続けます!」
鎖が奔り、広間に黒い火花が散る。
恐怖に駆られた貴族たちの悲鳴。
だがその奥で、民の代表として列席していた者たちの瞳が光った。
「冥王の花嫁は、我らの声を代弁するのか……?」
「腐敗を裁けるのは、もはや彼女だけだ」
支持の声が、低く、それでいて確かに芽吹き始めていた。
◇
リヒトが机を叩きつける。
「戯言を! 冥王と結託した亡霊に国を任せられるか!」
その瞬間、床下で鈍い響きがした。
次の刹那――広間の扉が吹き飛び、武装兵が雪崩れ込む。
「捕らえよ! 冥の花嫁も、証人も、皆殺しにせよ!」
リヒトの叫び。
血の臭いが立ち込め、評議会そのものが戦場に変わった。
◇
私は短剣を抜き、印の力を解き放つ。
黒い鎖が兵の刃を弾き、床を裂く。
だが数は多い。このままでは押し潰される。
「アルヴィン!」
叫ぶと同時に、鏡もない空間に影が裂け、彼の姿が現れる。
半身ではなく、ほとんど完全な降臨。
冥王の瞳が血塗られた広間を一瞥しただけで、兵士たちの心臓が凍りついた。
『……愚か者ども』
低い声が落ちると、黒い鎖が一斉に奔り、兵を壁際に叩きつける。
血の霧が舞い、広間は阿鼻叫喚に包まれた。
◇
混乱の中で、私は王太子を見た。
彼は恐怖に震えながらも、私を見ていた。
そこにあったのは、憎しみではなく――哀願。
「レイナ……頼む、国を……救ってくれ……」
その言葉に、胸の奥が強く鳴った。
復讐だけではない。
私の刃は、もう王国そのものを変えるために振るわれるのだと悟った。
◇
私は血に濡れた短剣を掲げ、宣言する。
「聞け! わたくしは冥王の花嫁、レイナ・リースフェルト!
この刃で、王国を腐らせた罪を裁き尽くす!」
黒い炎が天井を照らし、薔薇の紋章が浮かび上がる。
恐怖と熱狂が入り混じった声が広間を満たし、王国の歴史は確かに動き出した。