第8話 評議会の檻、揺れる王太子
王都の評議会――。
荘厳な大理石の円卓が並び、王国を動かす重臣たちが一堂に会する場所。
その場に、私は立っていた。
処刑されたはずの令嬢、冥王の花嫁。
その存在を評議会が無視できるはずもない。
けれど今日、彼らは“再び断罪”するために私を呼び出したのだ。
◇
玉座の脇に座る王太子エドワードの顔は青ざめていた。
彼の隣でミリエルが不安げに手を握りしめ、そしてリヒト卿が堂々と立ち上がる。
「レイナ・リースフェルト。貴様は処刑された身でありながら、魔王と契約し蘇った。これは人の法を超えた冒涜。王国の秩序を乱す脅威である!」
鋭い声が広間を震わせた。
老貴族たちの間からは賛同のざわめき。
私は裾を整え、落ち着いた声で返す。
「冥王との契約は、確かに人の法の外にあります。けれど、それは王国の腐敗を正すための力。あなた方が隠してきた罪を暴くための刃です」
リヒトの眉がわずかに動く。
彼は即座に嘲笑を浮かべた。
「腐敗だと? 証拠はあるのか!」
その言葉を待っていた。
私は短剣を掲げ、胸の印を解き放つ。
黒い鎖が奔り、天井のステンドグラスに映像を刻む。
――村から奪われた税、泣き叫ぶ娘、そしてリヒトがそれを黙認する署名。
偽りを縫いとめた真実が、光景となって全員の目に焼き付いた。
「っ……!」
「ば、馬鹿な……リヒト卿が……」
広間は騒然となり、重臣たちの顔が青ざめていく。
リヒトの顔が一瞬で憤怒に染まった。
「魔王の幻術だ! 信じるな!」
◇
その時、王太子が立ち上がった。
震える声で、けれど確かに言葉を紡ぐ。
「……違う。私は見てしまった。断頭台で、彼女の瞳が嘘を語っていないと……! 本当は、私は……」
言葉は途中で途切れた。
殿下の瞳には、迷いと後悔、そして微かな希望が浮かんでいた。
彼の心が揺れている――私の正しさを認めかけている。
(殿下……)
一瞬だけ、胸の奥に痛みが走った。
かつて愛した人への想いか、それともただの未練か。
その答えを探す前に、背後で囁く声が響いた。
『揺らぐ心に縛られるな、レイナ。お前は復讐の刃だ。それとも――人の世に戻ることを望むのか?』
アルヴィンの声。
冷酷に聞こえるのに、問いかけるような温度が宿っている。
(人の世に生きるか、冥の花嫁として歩むか……)
評議会の視線、王太子の迷い、リヒトの憤怒。
すべての視線が、私の答えを待っていた。
◇
私は短剣を強く握り、深く息を吸った。
今、この瞬間こそが――。
冥王の婚約者として生きるのか、かつての王国の令嬢として戻るのか。
私の選択が、王国の未来を左右する。