表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/17

第6話 初めての裁き、揺れる心

 王都の朝はざわめきに包まれていた。

 処刑されたはずの令嬢が冥界から蘇り、魔王の花嫁となった――噂は瞬く間に市井まで広がり、人々は恐れと興味をないまぜにしながら私の名を囁く。


「リースフェルトの娘が……本当に?」

「だが、あの評議会の断罪を受けたんだぞ」

「それでも蘇った。となれば、もはや神の意思か、魔王の加護か……」


 人々の視線は冷たさと憧れを交え、私を追う。

 それでも足は止まらなかった。噂だけでは足りない。行動で示すべきだと、私は知っていた。


     ◇


 昼下がり。王都広場で行われた公開の裁き。

 罪を犯した貴族を、評議会が民衆の前で裁く恒例の場だ。

 今日はある男が壇上に立たされていた――辺境の農民から重税を搾り取り、娘を奪ったと告発された男爵。


 彼は笑みを浮かべ、叫んだ。

「すべて根も葉もない虚言だ! 私は潔白だ!」


 群衆は罵声を浴びせながらも、真実を掴めぬ苛立ちにざわついていた。

 そこで私は一歩、壇上に進み出た。


「ならば、わたくしが確かめましょう」


 黒い短剣を抜くと、胸元の契約の印が淡く輝く。

 アルヴィンの声が心に響いた。


『呼べ。真実を鎖で縫いとめろ』


「……冥王の婚約者の名において命じる。虚偽を砕き、真実を示せ!」


 黒い鎖が短剣から奔り、男爵の足に絡みついた。

 鎖が脈打つたび、彼の口から声が絞り出される。


「わ、私は……っ! 確かに税を奪った! 娘を売った! だが、評議会のリヒト卿の命令だったのだ!!」


 広場が凍りついた。

 民衆は一斉に息を呑み、次の瞬間、怒号が巻き起こる。


「やはり腐っていたのは上か!」

「リースフェルト嬢は真実を暴いた!」


 人々の視線が、恐れではなく希望に変わる。

 私は胸の奥で熱を感じた。

 これが、アルヴィンの言う「刃となる印」なのだ。


     ◇


 その夜。

 広間の鏡に映るアルヴィンは、わずかに口元を緩めていた。


『よくやったな、レイナ。お前はもはやただの亡霊ではない。人々の信を得た』


「ええ……けれど、この力は恐ろしい。人の心を無理に暴くのですもの」


『だからこそお前に渡した。お前は正義と矜持を持っている。弱ければ呑まれるが、お前なら使いこなせる』


 その言葉に、胸が温かくなる。

 私は鏡にそっと手を伸ばした。

 指先が虚空に触れた瞬間、彼の影の手が重なった。


 冷たいはずの闇が、頬を赤く染めるほどの熱を宿している。

 あと一歩で、唇が触れ合いそうになる。


「……アルヴィン」


『人の世での口づけは、まだ早い』


 彼はわずかに距離を取った。

 余韻だけが胸に残り、私は小さく息を吐いた。


「意地悪ですわね」


『焦らせるのも契約のうちだ』


 鏡の向こうで冥王が笑う。

 その笑みは、恐ろしくも甘い――私の新しい生の始まりを象徴するものだった。


     ◇


 翌朝。王都の壁に「冥王の花嫁は真実を暴いた」という落書きが広がっていた。

 人々の噂は恐怖から尊敬へと変わり、やがて「レイナ様」と呼ぶ声さえ混じり始めていた。


 だが同時に、リヒトは牙を研ぎ、次なる罠を仕掛けようとしている。

 復讐と恋の二つの鎖が、いよいよ重なり合おうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ