第6話 初めての裁き、揺れる心
王都の朝はざわめきに包まれていた。
処刑されたはずの令嬢が冥界から蘇り、魔王の花嫁となった――噂は瞬く間に市井まで広がり、人々は恐れと興味をないまぜにしながら私の名を囁く。
「リースフェルトの娘が……本当に?」
「だが、あの評議会の断罪を受けたんだぞ」
「それでも蘇った。となれば、もはや神の意思か、魔王の加護か……」
人々の視線は冷たさと憧れを交え、私を追う。
それでも足は止まらなかった。噂だけでは足りない。行動で示すべきだと、私は知っていた。
◇
昼下がり。王都広場で行われた公開の裁き。
罪を犯した貴族を、評議会が民衆の前で裁く恒例の場だ。
今日はある男が壇上に立たされていた――辺境の農民から重税を搾り取り、娘を奪ったと告発された男爵。
彼は笑みを浮かべ、叫んだ。
「すべて根も葉もない虚言だ! 私は潔白だ!」
群衆は罵声を浴びせながらも、真実を掴めぬ苛立ちにざわついていた。
そこで私は一歩、壇上に進み出た。
「ならば、わたくしが確かめましょう」
黒い短剣を抜くと、胸元の契約の印が淡く輝く。
アルヴィンの声が心に響いた。
『呼べ。真実を鎖で縫いとめろ』
「……冥王の婚約者の名において命じる。虚偽を砕き、真実を示せ!」
黒い鎖が短剣から奔り、男爵の足に絡みついた。
鎖が脈打つたび、彼の口から声が絞り出される。
「わ、私は……っ! 確かに税を奪った! 娘を売った! だが、評議会のリヒト卿の命令だったのだ!!」
広場が凍りついた。
民衆は一斉に息を呑み、次の瞬間、怒号が巻き起こる。
「やはり腐っていたのは上か!」
「リースフェルト嬢は真実を暴いた!」
人々の視線が、恐れではなく希望に変わる。
私は胸の奥で熱を感じた。
これが、アルヴィンの言う「刃となる印」なのだ。
◇
その夜。
広間の鏡に映るアルヴィンは、わずかに口元を緩めていた。
『よくやったな、レイナ。お前はもはやただの亡霊ではない。人々の信を得た』
「ええ……けれど、この力は恐ろしい。人の心を無理に暴くのですもの」
『だからこそお前に渡した。お前は正義と矜持を持っている。弱ければ呑まれるが、お前なら使いこなせる』
その言葉に、胸が温かくなる。
私は鏡にそっと手を伸ばした。
指先が虚空に触れた瞬間、彼の影の手が重なった。
冷たいはずの闇が、頬を赤く染めるほどの熱を宿している。
あと一歩で、唇が触れ合いそうになる。
「……アルヴィン」
『人の世での口づけは、まだ早い』
彼はわずかに距離を取った。
余韻だけが胸に残り、私は小さく息を吐いた。
「意地悪ですわね」
『焦らせるのも契約のうちだ』
鏡の向こうで冥王が笑う。
その笑みは、恐ろしくも甘い――私の新しい生の始まりを象徴するものだった。
◇
翌朝。王都の壁に「冥王の花嫁は真実を暴いた」という落書きが広がっていた。
人々の噂は恐怖から尊敬へと変わり、やがて「レイナ様」と呼ぶ声さえ混じり始めていた。
だが同時に、リヒトは牙を研ぎ、次なる罠を仕掛けようとしている。
復讐と恋の二つの鎖が、いよいよ重なり合おうとしていた。