表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/17

第3話 黒い鎖が囁くとき

 大広間を包むざわめきは、刃物のように鋭かった。

 「死んだはずの女が歩いている」という事実が、群衆の常識を切り裂く。侍女たちが口を押さえ、兵士たちが槍を構えかけては戸惑い、老貴族たちが交わす囁きが波のように重なる。


 その渦中で、王太子エドワードの顔からは血の色が失せていた。

 彼は震える唇で、ようやく言葉を吐く。


「……幻覚だ。処刑は確かに行われた。首は落ちたはず……!」


 その隣で、妹ミリエルが甲高い声を上げる。


「そ、そうですわ! 姉さまは悪霊に憑かれたに違いありません! どうか早く討ち取りを!」


 必死の言葉が、かえって恐怖を曝け出す。

 私は裾を翻し、ゆったりと二人へ歩み寄った。


「悪霊か人か──それを見極めるのは殿下ご自身ではなくて?」


 その一言に、王太子は息を呑んだ。

 彼の目が私の顔を直視し、瞬間、迷いの色が浮かんだ。きっと思い出したのだ。断頭台の上で私が言った「顔を見ていてください」と。


     ◇


 胸の奥で、黒い熱がざわめいた。

 ――呼べ、と囁く声。アルヴィンの声。

 私は周囲に悟られぬよう指先を握り、心の内で彼の名を呼んだ。


(アルヴィン)


 刹那、冷たい炎が背骨を駆け抜ける。

 視界の端に黒い鎖が現れ、空気を切り裂くように揺れた。誰もそれを見てはいない。けれど、その威圧は広間にいるすべての人の心臓を握り潰す。


「ひっ……!」

 ミリエルが尻餅をつく。王太子でさえ膝を折りかけた。


 私はゆっくりと彼らの目の前に立ち、囁く。


「これが“冥王の婚約者”に与えられた証。私を処刑しても、この鎖は決して断てなかった」


 鎖が王太子の足元に落ちると、石床にひびが走った。衝撃はないのに、彼の呼吸は荒く乱れ、冷や汗が頬を伝う。


「殿下……あなたの罪は、まだ始まったばかりです」


     ◇


 群衆の中から、ひときわ強い声が飛んだ。


「この女を捕らえよ! 魔に堕ちた存在を野放しにするな!」


 軍務卿リヒト――父の政敵であり、古くから王家に仕える男だ。

 彼の号令とともに数人の兵が動きかけたが、鎖が床を叩くと、一斉に足を止めた。

 誰もが分かっていた。これはただの幻覚ではない。本物の“力”だと。


 私は振り返り、リヒトに目を据えた。


「……なるほど。糸を引いていたのは、あなたですか」


 一瞬、彼の眉がぴくりと動いた。

 そのわずかな反応を、私は見逃さなかった。


(やはり……クララを操ったのは彼。王太子を利用し、ミリエルを駒にしたのも)


 胸に熱い決意が走る。

 復讐の標は、いま確かに姿を現した。


     ◇


 そのとき、鏡のように揺らめく空気が背後に生まれ、アルヴィンの声が心臓を打った。


『いいぞ、レイナ。仮面を剥いだなら、次は“証”を突きつけろ。鎖は刃に変わる』


 私は微笑み、リヒトをまっすぐに指さした。


「覚悟なさい。真実は必ず、あなたを喰らう」


 黒い鎖が鋭い刃に変わり、床を走った。

 貴族たちの悲鳴が木霊し、王国の均衡が、静かに、けれど確実に崩れ始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ