第17話(最終話) 冥王の花嫁
王都の処刑台に、黒薔薇の旗が翻っていた。
かつて私が無実のまま首を落とされたあの場所――今、そこに立たされているのはリヒトだった。
群衆は息を呑み、兵士たちが彼を縛りつける。
顔は蒼白、唇は震えている。それでもなお、彼は最後まで叫んだ。
「これは魔の陰謀だ! 冥王の花嫁に騙されるな!」
だが、人々はもう動じなかった。
幻影によって暴かれた数々の罪。
搾取、裏切り、殺戮――その全てが晒された今、彼を庇う声は一つもなかった。
「冥王の花嫁が真実を示した!」
「罪を裁け!」
「黒薔薇の名の下に!」
怒号と歓声が入り混じり、王都の広場を震わせる。
◇
私は処刑台の上に立ち、短剣を掲げた。
胸元の印が熱を帯び、黒い鎖が空を走る。
「リヒト卿。あなたの罪は、この国を蝕み、多くの命を奪った。
わたくしを断罪したときのように――今度はあなた自身が裁かれる番です」
鎖が鳴り響き、断頭台の刃が落ちた。
リヒトの叫びは一瞬にして途絶え、群衆の歓声が夜明けの空を突き抜けた。
◇
戦は終わった。
だが新しい秩序を築くためには、象徴が必要だった。
民はすでに私を「冥王の花嫁」と呼び、黒薔薇の旗を掲げていた。
ならば――私はその名を背負うと決めた。
夜、静まり返った王城の広間。
鏡に映るアルヴィンが、影をまとって現れる。
『復讐は果たされた。ならば次は……お前自身の生き直す道を選べ』
「ええ。私はもう“処刑された令嬢”ではありません。
“冥王の花嫁”として、この国を導きたい。
あなたと共に」
私の言葉に、アルヴィンはゆっくりと歩み寄り、影の腕で私を抱き寄せた。
その瞳は、冷酷な冥王ではなく、一人の男のものだった。
『……ならば誓おう。レイナ・リースフェルト。
お前は私の花嫁であり、刃であり、唯一の光だ』
「そして私は、あなたの隣に生きることを誓います。
復讐ではなく、未来のために」
◇
その瞬間、胸の印が輝き、黒薔薇の花が広間いっぱいに咲き誇った。
薔薇の花弁が舞い散り、夜空を越えて王都全体を照らす。
民は空を仰ぎ、その光に手を伸ばした。
「冥王の花嫁こそ、新しい時代の象徴だ」と。
◇
――かつて処刑された悪役令嬢。
無実の罪で断頭台に散った少女の物語は、冥界の王に拾われ、花嫁となり、復讐を越えて未来を掴んだ。
黒薔薇の旗は揺れ続ける。
その下で私は剣を取り、隣に冥王を抱きながら、新たな時代を歩んでいく。
「さあ、アルヴィン。これからが私たちの物語です」
『ああ――冥王の花嫁よ』
――そして、幕は閉じた。