第16話 復讐と赦しの刃
戦場の只中。
血と煙が渦巻き、悲鳴と怒号が交錯する。
けれど、私の耳にはただひとつの音しか届いていなかった――自分の鼓動。
目の前に立つのはリヒト。
鎧に血を浴び、剣を構え、その瞳には冷たい憎悪が宿っている。
「貴様さえいなければ……! 王国は私のものだった!」
その叫びは、ただの怒りではなく、狂気と野望の残滓だった。
私は短剣を握り、静かに応じる。
「あなたの“秩序”は腐敗の別名。今日ここで終わらせます」
◇
剣と短剣がぶつかり、火花が散る。
リヒトの力強い一撃に腕が痺れるが、鎖が私を支える。
アルヴィンの声が胸奥から響いた。
『押し返せ、レイナ。お前は孤独ではない』
その囁きに力を得て、私は一歩前に踏み込む。
黒い鎖が奔り、リヒトの腕を絡め取った。
「なっ……!」
動きを止めた隙に、私は短剣を喉元へ突きつけた。
勝敗は決した。
だが――ここで殺せば、復讐は果たされても未来は閉ざされる。
(私は……どうする?)
◇
血に濡れたリヒトの瞳が、私を睨む。
殺意が渦巻くが、その奥にあるのは恐怖だと気づいた。
彼は己の罪を暴かれることを、死より恐れている。
「……リヒト。あなたをここで殺すのは簡単です。
ですが、それでは王国は何も学ばない」
私は短剣を下ろし、代わりに鎖を強く締め上げた。
黒い鎖が光り、幻影が空に映し出される。
――リヒトが行った数々の悪行。
搾取された農民、操られた王太子、泣き叫ぶ人々。
そのすべてが戦場の空に浮かび上がり、兵も民も息を呑んだ。
「見なさい! これがリヒト卿の真実! 罪を隠して権力を握った男の末路です!」
群衆がざわめき、やがて怒号が沸き起こる。
「リヒトを裁け!」
「腐敗を許すな!」
人々の声が嵐となり、リヒトの顔は蒼白に染まった。
「や、やめろ……私は……!」
もはや彼に逃げ道はなかった。
◇
私は鎖を解き、短剣を掲げた。
「リヒト、あなたを人の法に引き渡します。
処刑台で、わたくしが味わった屈辱と同じように、
民の前で罪を裁かれるのです」
その言葉に、兵と民が歓声を上げた。
リヒトは引きずられ、地に叩きつけられる。
彼の叫びは、もはや誰にも届かない。
◇
戦が終わり、血に濡れた戦場に静寂が戻った。
私は短剣を胸に抱き、深く息を吐く。
『……選んだな、レイナ』
アルヴィンが影から現れる。
冷酷な冥王の瞳が、今は誇りと温もりを宿していた。
『お前は復讐に溺れず、未来を選んだ。だからこそ――私はお前を愛する』
その言葉に、胸が熱くなる。
私は彼を見上げ、微笑んだ。
「ありがとう、アルヴィン。わたくしも……あなたを愛しています」
影の腕が私を包み、黒薔薇の花弁が夜空に散った。
◇
こうしてリヒトは倒れ、腐敗の根は断たれた。
だが王国に新しい秩序を築くためには、最後の一歩が残っている。
――冥王の花嫁としての誓いを、この国に示すこと。




