第13話 黒薔薇の初陣
夜明けの光が、王都の城壁を赤く染めていた。
黒薔薇の旗が並び、広場には集まった志願兵と市民たちのざわめきが満ちている。彼らの手には鍬や槍、古びた剣。整った軍勢とは言い難い。けれど、その瞳には恐怖よりも強い意志が宿っていた。
「レイナ様! どうかご指揮を!」
「冥王の花嫁の刃で、我らに勝利を!」
声が重なり、胸の奥に熱を灯す。
私は高台に立ち、短剣を掲げた。
「聞きなさい! 我らはただの反乱軍ではない! 腐敗を裁き、未来を掴む“黒薔薇の軍”です! 恐れることはありません!」
印が光を放ち、夜明けの空に黒薔薇の幻影が咲いた。
歓声が轟き、兵たちは旗を振り上げた。
◇
やがて、リヒトの先遣部隊が姿を現した。
槍と盾を揃えた整然たる兵列。訓練された兵の足音は大地を揺らし、私たちの未熟さをあざ笑うようだった。
「……数では劣るな」
侯爵家の古参兵が苦い声を漏らす。
けれど、私は笑った。
「数ではなく、心で勝ちます」
短剣を振り下ろす。
その瞬間、黒い鎖が奔り、地を這うように兵列へ伸びる。
鎖は足を絡め取り、盾を引き裂き、混乱を生み出した。
「ひっ……魔の力だ!」
「退け、退けぇ!」
先遣部隊はわずか数刻で潰走し、黒薔薇の軍は歓声を上げた。
◇
だが戦は終わらない。
次の瞬間、敵の後方から炎の矢が放たれ、城壁の外に火柱が上がった。
「ぐあっ!」
「民家に火が……!」
焦げた匂いと悲鳴。リヒト軍は民を巻き込み、恐怖で我らを揺さぶろうとしていた。
私は息を呑み、印に力を込める。
「……アルヴィン!」
名を呼ぶと、影が裂け、彼が現れた。
半身だけでも戦場を覆う存在感。冥王の瞳が燃え上がり、冷酷な声が大地を震わせる。
『火は恐怖の象徴だ。ならば恐怖ごと飲み込め』
黒い炎が彼の掌から解き放たれ、迫る矢をすべて呑み込んだ。
群衆が目を見開き、恐怖が歓声へと変わる。
「冥王が……守ってくださった!」
「花嫁様と共にある!」
◇
戦いの最中、私は王太子の姿を見つけた。
彼は震えながらも、剣を抜き、黒薔薇の旗の下に立っていた。
「……私はもう逃げぬ! この国を、レイナに託す!」
その声が兵に届き、士気がさらに高まる。
私は短剣を掲げ、叫んだ。
「進め! 黒薔薇の軍よ! これは復讐の戦ではない! 未来を切り拓くための戦です!」
黒薔薇の旗が一斉に翻り、王都を震わせた。
民衆の熱狂が波のように広がり、リヒトの軍勢に立ち向かっていく。
◇
戦の余韻が残る広場で、私は息を整えていた。
アルヴィンが傍に立ち、低く囁く。
『見事だ、レイナ。刃であると同時に、旗でもある。お前は人々を導く象徴になった』
「……でも、まだこれは始まりにすぎません」
私は短剣を握りしめた。
リヒトとの決戦は、まだ先に待っている。




