第12話 黒薔薇の軍旗
王都に鳴り響く鐘の音は、不吉な報せを告げていた。
辺境に集結したリヒトの反乱軍が、ついに王都へ向け進軍を開始したのだ。
兵の数は数千。旗には「人の秩序を守る」の文言。だがそれは民衆を欺く口実に過ぎない。真実はただひとつ――冥王の花嫁を討ち滅ぼすための戦。
◇
王城の広間で、王太子エドワードは震える声で私に訴えた。
「……兵の士気は低い。貴族たちも動こうとしない。
レイナ……いや、“冥王の花嫁”よ。どうか軍を率いてくれ」
その目には怯えと同時に、確かな頼りの色があった。
私は冷たく笑みを浮かべる。
「殿下。わたくしはもはや王家の令嬢ではありません。
ですが――民のためなら刃を振るいましょう」
広間にざわめきが走る。
それは恐怖ではなく、待ち望んでいた声を聞いたときの熱。
◇
その夜、侯爵邸の庭に民衆と志願兵が集まった。
彼らは手に手に黒い布を掲げていた。薔薇の紋を染め抜いた即席の旗。
子どもが震える手でその旗を振り、大人がその背を守るように立っている。
「レイナ様! 我らを導いてください!」
「冥王の花嫁の刃で、腐敗を断ってください!」
叫びは熱狂へと変わり、私は胸に灯る契約の印を押さえた。
アルヴィンの声が、心に響く。
『見ろ、レイナ。お前のために集まった者たちだ。
彼らは恐怖ではなく希望でお前を見ている』
「……これは、私ひとりの力ではありません。あなたが隣にいるから」
鏡越しのアルヴィンが微笑んだ。
その瞳は冷酷な冥王のものなのに、確かに優しさを宿している。
『ならば、この軍を“黒薔薇の軍”と名付けよ。お前の紋が彼らを守り、導く』
私は短剣を高く掲げた。
契約の印が光り、夜空に黒い薔薇が咲く。
民衆は歓声を上げ、その声は王都全域に広がった。
「――黒薔薇の軍を結成します!
この刃は、腐敗を裁き、未来を切り拓くために!」
◇
アルヴィンの影が背に寄り添い、低い囁きが耳を打った。
『お前は美しい。刃であり、花であり……そして、私の唯一』
その言葉に、胸の奥が強く跳ねる。
契約という鎖が、いつしか愛という絆へと変わり始めていた。
◇
黒薔薇の旗が掲げられたその瞬間、王国は二つに割れた。
リヒトの反乱軍と、冥王の花嫁の軍。
復讐の刃はついに、王国の命運を賭けた戦いへと進化した。