第11話 反乱の火種、囁かれる愛
王都に黒薔薇の旗が翻った翌日、辺境から凶報が届いた。
リヒト卿がついに旗を挙げ、数名の領主を従えて軍を編成したという。
「冥王の花嫁を討ち、人の秩序を守る」と声高に叫びながら、兵を集めているのだ。
伝令の言葉に、評議会に残った重臣たちは震えた。
かつて断罪を下した彼らはもはや口を閉ざし、決断の責任を王太子に押しつけるしかなかった。
◇
王太子エドワードは、蒼白な顔で私を見た。
その瞳には恐怖と、弱いながらも決意が揺れていた。
「……レイナ。
お前を処刑したのは、私だ。
だが……今、国を守れるのはお前しかいない。どうか――どうか助けてくれ」
その声は震えていたが、確かに真実だった。
私は彼をまっすぐに見据え、冷ややかに答えた。
「殿下。わたくしを救いの手と呼ぶ前に、自らの罪を認めること。
それが、この国に立つ最低限の条件です」
エドワードは唇を噛み、やがて深く頭を垂れた。
その姿を見て、ほんのわずかに胸の奥が疼いた。
けれどもう、あの日に戻ることはない。
◇
夜。侯爵邸の部屋で、私は鏡を覗いた。
呼びかけるまでもなく、アルヴィンの姿が映っていた。
『王太子はようやく頭を下げたか。遅すぎる贖罪だ』
「ええ。でも、それでも……彼が変わろうとするなら、利用します」
私の言葉に、アルヴィンは低く笑った。
その笑みは冷酷でありながら、不思議と心を温める。
『お前は変わったな、レイナ。復讐の炎だけでなく、王国を変える意思を宿した。
それができるのは――お前だけだ』
「……あなたが隣にいるから、です」
思わず口にした言葉に、胸が熱くなる。
アルヴィンの瞳が揺らぎ、影の手が鏡越しに私の頬をなぞった。
『ならば言おう。お前は私の刃であり、同時に――私の唯一だ』
低い囁きは、愛の告白のように響いた。
頬が熱を帯び、心臓が強く跳ねる。
冥王の花嫁としての契約が、いつしか恋へと変わっていくのを、私は確かに感じていた。
◇
その翌日。
王都の街角で、子どもたちが黒い薔薇を模した布を振っていた。
「冥王の花嫁が私たちを守ってくれる」と。
だが同時に、辺境ではリヒトの反乱軍が集結しつつある。
王国は二つに割れようとしていた。
復讐の刃は、いまや革命の旗に変わりつつある――。