虫送り
それは、大学のサークル合宿で地方の山奥に行ったときの話だった。地元の古い民宿に泊まることになり、俺たち八人は田舎の空気にはしゃいでいた。夜、夕食を食べ終えた頃、宿の婆さんが話しかけてきた。
「今夜、虫送りがあるから、外には出ん方がええよ」
「虫送りってなんですか?」
俺が尋ねると、婆さんはうつむき加減にこう言った。
「畑に憑いた“悪い虫”を村から追い出す儀式よ。でもあれは……見ちゃいかんの」
怖いというより、なんだか興味深くて、俺と友達のアキは夜中に抜け出すことにした。二十二時を過ぎた頃、こっそり民宿を抜け、坂道を下った。すると遠くから太鼓の音が聞こえてくる。
「ドン……ドン……ドン……」
音に引かれて進むと、田んぼの間の細い道に出た。そこには、白装束を着た村人たちが、無言で列を作って歩いていた。手には松明、腰には藁で作った虫の形を吊るしている。
奇妙なのは、列の最後尾の人が、ずっとこちらを見ていることだった。動いているはずなのに、顔の角度がまったく変わらない。俺たちは慌てて引き返した。
翌朝、宿の婆さんがアキの姿を見て驚いていた。
「昨夜……アンタ、見てしもうたのかい……?」
「え? まあ……ちょっとだけ……」
婆さんは青ざめて、小声で言った。
「“虫”が取り憑くよ。見られたら最後、次は自分が“送られる”側になる」
アキは冗談だと笑っていたけど、その夜、彼の部屋から異様な音がした。
「ドン……ドン……ドン……」
太鼓の音。
次の日、アキはいなくなっていた。部屋には、黒く焼け焦げた藁の“虫”だけが、落ちていた。