鏡の中のおばあちゃん
俺が小学生の頃の話だ。両親が共働きだったから、平日の昼間は近所のおばあちゃんがよく面倒を見てくれてた。名前は「しのぶさん」。血は繋がってないけど、本当のおばあちゃんみたいに優しい人だった。
ある日、風邪で学校を休んだとき、しのぶさんの家に預けられた。その家は古い日本家屋で、廊下の突き当たりに大きな姿見の鏡があった。俺がその前を通ろうとすると、しのぶさんが突然止めた。
「〇〇ちゃん、この鏡には映っちゃダメよ。……悪いものが入ってるからね」
なんでそんなことを言うのか、当時の俺にはよくわからなかったけど、言いつけ通り鏡には近づかないようにしていた。
でも、ある日――俺はうっかり見てしまった。廊下を走ってたとき、ふと視界に何かが映った気がして、思わず足を止めた。そこには、俺の後ろに立ってる**「もう一人のしのぶさん」**が映っていた。
だけどそいつは、ニタニタ笑いながら、首をぐるりと後ろに回して俺を見ていた。現実のしのぶさんは、台所にいた。声もしてた。じゃあ、鏡の中の“それ”は……。泣きながらしのぶさんに話すと、彼女は深くうなずいてこう言った。
「……そう。見ちゃったのね。でも大丈夫、ばあちゃんが守ってあげる」
それからしばらくして、しのぶさんは亡くなった。老衰だったらしい。
それから十年以上経って、俺は社会人になった先日、出張先で偶然立ち寄った古道具屋で、大きな姿見を見つけた。どこかで見たことあるような……と思ったら、店の人がこう言った。
「これ、何十年も前に取り壊された家から出たものでね。一時は“呪いの鏡”とか呼ばれてたけど、最近は全然変なこと起きないんだって」
ふと鏡の中を見ると――
後ろに、しのぶさんが立っていた。今度の彼女は、微笑んでなどいなかった。真っ黒な目で、口を裂けるほど開けて、じっと俺を見ていた。その日からだ。夜中、家の鏡という鏡に、誰がか映るようになったのは。
そして今も。スマホのインカメで、後ろに誰かが立ってるのが、はっきりと見える。