忘れられた記憶
ある静かな夜、友人の圭一と私は久しぶりに地元の小さなカフェで会うことになった。店内は薄暗く、カウンターの向こうで静かにカップを洗う音が響いていた。圭一と話していると、隣の席に座っていた見知らぬ女性が、こちらをちらりと見た。
その女性は、若干奇妙な印象を与える人だった。髪は黒く、長く、服装はシンプルな白いシャツと黒いスカート。何よりも、目が非常に深い影に覆われていて、まるでどこか遠くの世界を見ているようだった。
気になったのは、その女性が何も注文しなかったことだ。私たちが会話を始めてから、すでに二十分ほど経っていたが女性はじっと動かず、ただこちらを見ているだけだった。気まずさに耐えられなくなった私は、思わず声をかけてみた。
「すみません、何かお探しですか?」と聞くとその女性はほんの少し微笑み、そして低い声で言った。
「あなた、覚えていませんか?」
その言葉に、私の心臓が一瞬止まりそうになった。覚えていない? そんなはずはない。私はその女性に心当たりがなかった。けれどその顔をよく見ると、どこか懐かしさを感じた。
「すみません、覚えていないと思いますが……」
私は言葉を続けようとしたが、女性は静かに立ち上がり、ゆっくりとカフェの出口へ向かって歩き始めた。その歩みはまるで何かに導かれているかのように自然で、どこか不気味だった。
その瞬間、圭一が突然立ち上がり、私に向かって言った。
「待って、あれ、見て。カフェの外にいる人、あなたの後ろにいたよ。」
振り向くと、何もいなかった。女性が出て行ったはずのドアには、ただの空間が広がっているだけだった。
圭一が言った通り、確かにその女性は私の後ろにいた。しかし、次に目を向けたとき、彼女の姿は完全に消えていた。あの女性、一体誰だったのだろう?
その後、私の記憶に残ったのは、彼女の言葉だった。「覚えていませんか?」あの言葉が、なぜかずっと耳に残り、眠れぬ夜を過ごすことになった。
そして、数週間後。私は偶然、幼少期の写真を整理していたとき、ある一枚の写真に目が留まった。そこには、小さな頃の私と、あの女性が一緒に写っていた。
ただし、その写真は私が生まれる前に撮られたものだった。