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短編小説実験劇場

 町の外れに、忘れられたようにひっそりと佇む劇場があった。その建物は一度も見たことがないような古さを感じさせ、どこかで見たような気がするのに、どうしても記憶に残らない。そこに関する情報は何もなく、噂さえもあまりに薄すぎて、まるで存在しないかのようだった。

 だが、それに引き寄せられるように、私はある夜、足を踏み入れてしまった。

 チラシに書かれた「短編小説実験劇場」とは一体何か。それは、他では絶対に体験できない何かが待っているように感じられた。深夜、ふと気づけばその劇場の前に立っていた。ドアの前に掲示された「本日は特別上映」とだけ書かれた看板が、私の好奇心を刺激する。

 入り口の扉を開けると、冷たい空気が私を迎えた。中は暗く、何も見えない。数歩進むと、急に周囲の灯りが一斉に点灯した。まるで電源が入ったばかりのように、周囲が一気に明るくなった。

 その光景は、異様だった。

 観客席はすでに満席のように見えるが、よく見ると、座っているのは誰もいない。しかし、どうしてもその席の背後に、誰かがいるような気配を感じた。背筋がゾクっとし、私は席に座ることができなかった。足が動かない。

 劇場内は、どこか温度が異常に低い。薄く白い霧が足元を覆い、少し歩くとその霧が足元からじわじわと絡みついてくるようだった。

 突然、前方のスクリーンが明るくなり、白い画面が映し出された。何も映っていないその画面に、「実験開始」の文字が浮かび上がる。スクリーンの端から、黒い影が少しずつ現れ、静かに広がっていく。まるで、画面そのものが生き物のように動いているように見えた。

 そして、次に映し出されたのは、一人の女性の顔だった。異常に薄暗い部屋の中で、彼女は笑っている。しかし、その笑顔が次第に歪んでいき、だんだんと無理に引き裂かれるように広がった。目は虚ろで、じっとこちらを見つめている。その笑顔が、次第に画面を通り越し、観客席にまで迫ってくるような錯覚に陥った。

 そして、突然、彼女の顔が一気にアップになり、あまりの速さに私は思わず目を閉じた。だが、その瞬間、会場全体が暗転し、スクリーンが完全に消えた。完全な静寂が訪れ、私は息を呑んだ。

 次に流れた映像は、劇場の中の別の場所、鏡のように反射する部屋の映像だった。しかし、どんなに見てもその部屋には誰もいない。だが、スクリーンに映ったその部屋の中には、まるで誰かがそこにいるかのような気配が漂っていた。何かを探しているかのように、映像の中の物体が微かに揺れている。

 その瞬間、突然耳元で「助けて」と誰かが囁いた。私は振り向いたが、誰もいなかった。頭を振ってもう一度画面を見ると、その「誰か」の顔がスクリーンに現れた。女性ではなく、まるで黒い影のように、表情のない男の顔がゆっくりと近づいてくる。その目が、今度は確実に私を見ていることに気づいた。

「ここにいるんだ…」

 その声が、私の頭の中に直接響いた。何かが、私を取り込もうとしているようだった。もはや冷や汗が全身を覆い、足が動かない。手を伸ばすことさえできない。

 目の前のスクリーンに、今度は全く見覚えのない映像が映し出された。部屋の隅に置かれた椅子、その背後に立つ一人の男。その男はゆっくりと振り向き、画面越しに私を見つめていた。その目は不自然に広がり、顔の半分が異常に歪んでいた。

 その男が口を開く。

「お前も、出られなくなる。」

 その言葉を聞いた瞬間、劇場内のすべてのドアがガシャーンと閉まった。音が鳴ったわけではない。実際には、私の耳に直接その音が響いたようだった。そして、私は気づいた。スクリーンに映る男の背後に、私自身が立っていることに。

 私は足元がふらつき、気づけば劇場の最前列に立っていた。振り返ると、何もない空間が広がっていた。しかし、観客席を見渡すと、そこに座っていたはずの人々の顔がすべて、私をじっと見つめていた。その目には、何の感情もなかった。ただ、無機質に、冷徹に、私を見つめているだけだった。

 背後で、低い音が聞こえる。「ここで終わりだ。」

 その声が、劇場全体を包み込んだ。私が動こうとするたびに、足元からあの冷たい霧が這い上がり、体が重くなる。もはや、動けない。

 そして、スクリーンの中に映し出されたのは、自分自身の死に顔だった。まるで映像が生きているかのように、それがリアルに動き出し、私の体が消えていく様子を静かに映し続けていた。

 気がつけば、私はもう、劇場内に立っていなかった。しかし、私がいるはずのない場所—町の外れの街角—に立っていることに気づく。周囲は静まり返っており、誰もいない。

 そして、足元に落ちていた小さな紙切れ。私はそれを拾い上げた。そこにはただ一言、「ようこそ、次の実験へ」とだけ書かれていた。

 その瞬間、背後からひどく冷たい風が吹き抜け、私はその場に膝をついていた。

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