戦場の影
第二次世界大戦の末期。日本のある小さな村は、連日空襲を受けていた。村人たちは地下に掘った防空壕に避難し、空襲警報が鳴り響くたびに息を潜めて過ごしていた。
ある晩、空襲が一段落した後、村の外れにある古びた神社に、村人たちの間で「不気味な出来事」が起こっているという噂が広まった。夜中に、神社の境内でひとりの兵士が現れ、手に銃を持ったまま、地面にひざまずいているという。兵士は毎晩、決まった時間に同じ場所に現れるというのだ。
その兵士は、顔が泥で覆われていて、誰もその素顔を見たことがなかった。だけど、村の年寄りの一人が言うには、彼が現れる場所には「何か不吉な力」が宿っているという。数週間後、兵士が現れる時間が迫ると、村人たちは怖れを抱きつつも、何かを確かめるために神社へ足を運ぶことを決めた。
その夜、数人の村人が神社に向かって歩いていた。月明かりに照らされた境内は、どこか冷たく、湿った空気が漂っていた。すると、遠くから見覚えのある姿が見えた。それは、まさしくあの兵士だった。
兵士はそのまま、ひざまずいていた。彼の姿勢はまるで戦場に立つ兵士そのものだったが、何かが違う。村人たちは、次第にその兵士が周囲の空気とは異なる不気味な存在であることに気づく。
一人の村人が勇気を出して声をかけた。「おい、君は一体誰だ?」すると、兵士はゆっくりと顔を上げ、泥に塗れた目を見開いた。その目は、普通の人間のものではなかった。まるで、何か別の存在が宿っているように冷たい目だった。
「ここは戦場じゃない…」兵士はそう呟いた後、突然その場で崩れ落ちた。村人たちは慌ててその場を離れ、兵士が死んだように見えるその瞬間を目撃した。
その後、神社の近くでは、兵士の姿を見たという証言が立て続けに現れるようになった。しかし、どんなに探しても、兵士の姿は二度と見られることはなかった。
村に伝わる言い伝えによると、その兵士は、戦争の最中に亡くなった無数の兵士たちの霊が集まる場所で、死者の未練を晴らすために現れるのだという。
だが、ある重要なことを村人たちは忘れていた。それは、兵士が「戦場じゃない」と言った言葉の意味だった。戦争が終わっても、彼らはまだその「戦場」に引き寄せられていたのかもしれない。