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Buddy

作者: おじぎ猫

 ――標的間距離四百五十四メートル三十八センチ、高低差十六メートル五センチ。風向北北西、風速一・二メートル。


 ……推測。


 狙撃銃(スナイパーライフル)を水平から五度上に傾け、ストックに首をもたれかける。息を糸のように細く、ゆっくりと吐き出しながら引き金に指を掛ける。


 スコープを覗き込んだ先に見えるのは高層タワーマンション、その四十八階のベランダ。柵の隙間から観葉植物がチラリと見える。


 およそ六秒後、バスローブを纏った男が子洒落たワイングラスを手に現れる。照準の中心はそれの少し上を指している。だが、構わず彼女はトリガーを引く。


 消音器(サプレッサー)で音を隠した弾頭はブレを見せずに鋭く空気中を進む。空気抵抗により少しずつ僅かに減速していき、照準の真ん中の少し下、梓沢(アズサワ)の頭蓋を貫通、破壊した。


 標的の沈黙を確認した後、緊張した心を弛ませ、ストックから顔を離す。その顔は朱色のボブが似合う美人、任務用の衣服の下にある華奢な肉体を合わせればその姿は可憐な少女に間違いなかった。――今の狙撃を除けばの話だが。


「くっははは! ……んー? いやいや、何でもねえっすよ」


 後ろからおかしな笑い声が聞こえる。少女は怪訝そうな顔を見せながら振り返る。


 屋上へ続く扉の横に背中を預け、デバイス片手にこちらを見る男が肩を震わせる。スマホも持っていて、電話をしているようだ。


「……(ユウ)、何か面白かった?」


 少女は不思議そうに訪ねる。男はちょうど用事の終えたスマホを仕舞う。


「い、いやいや、やっぱヤバいわ(アザ)は」


 笑いを静めながら游は少女の持つ狙撃銃を指差す。片手作業で隠蔽工作(カモフラージュ)をしながら。


 戯は手早い動作で狙撃銃を解体、ギターケースに模した収納バッグへと仕舞い込む。その姿は暗殺者から只のギター少女へと変化していた。


「もしかして私変な撃ち方してた? いつもより集中できてたのに」

「ちがうちがう。いつもより完璧だからだよ」


 戯は目を少し見開いた後、微笑を浮かべる。


「よかった」


 それを聞いた後、游はドアへと向き直る。


「……じゃー帰るか!」


 今日はなにやろっかな~と跳ね気味に扉を開ける。


 ――バタン。


 音に合わせるように振り返ると、少女は、


「……戯!?」


 俯せにぶっ倒れていた。



 

「ごめんなさい」

「……いや、気づけなかった俺も悪かった」


 一、二時間後、戯はベットの上で、反省していた。横の椅子には游が座っていた。


「やけに最近張り切ってると思ってたが……、何日間だ?」

「……? 何が」

「連勤日数だよ。何日寝てない」

「……三日」

「五日だな。今日は寝とけ」

「むぅ……」


 戯は嘘を見破られたことや待機を命じられたことの不満を漏らす。


「んーと、何かあったのか? 報酬使いすぎたのか? 欲しいもんあんなら俺が買うよ」

「……違う」

「じゃあ、嫌なことがあったからストレス発散?」

「違う」

「んんと、人が殺したくなったとか?」

「私そんなサイコパスじゃない」

「……何だよ?」


彼女は少しの間何かを迷ってるように一点を見つめる。次に口を開けたのはその後だ。


「…………来月」

「来月? 来月って? …………もしかして潜入任務のことか?」


 彼女は頷く。確かに、游は情報奪取のため敵対組織への潜入任務がある。だがそれに何の関係が?


「……嫌なの」

「え?」

「潜入任務に行っちゃうのが嫌なの」

「……えぇ?」


 確かに上からは戯とではなく別の同業者と組むように言われたような。でもそれは。


「戯は狙撃の名手だ。近接戦闘が予想される潜入任務は向いてないと判断されただけだろ?」

「でも、もっと活躍すれば私でも大丈夫だって思ってくれると思って……」

「その活躍が狙撃なら尚のこと近接じゃ厳しい。しかも体調を崩したら本末転倒だ」

「……」


 何も言えなかった。その通りだ。自分が、深海でも渓谷でも何でも良いが、とにかくどこか深いところに落ちていくような、そんな気分だ。


「明後日の任務は他の空いてる奴に任せるから、ちゃんと休め。潜入任務に行けなくなったら困るぞ」

「うん…………ん?」


 彼の言葉に疑問を覚える。


「潜入任務って?」

「ん、今散々言ってたろ。戯がいないと心細いんだが?」


 游はぶすっとした顔で主張してくる。戯は困惑しながらそれを言葉にする。


「……潜入任務は私と行くの?」

「……? そんなの当たり前だろ?」


 当然だと言う顔で戯を見る。


「で、でも、(アイ)さんと電話してたのは」


 藍。游の先輩で、舞いのような流麗な身のこなしと、テコンドーを軸とした磨かれた格闘術を持つ綺麗な女性。先ほど戯の後ろで通話していた。


「あー、あれは来週飲まないかって誘いが来たから。その話してたんだよ」

「じゃ、じゃあ、本部で(ナミ)と話してたのは」


 游の後輩で戯の同期。体格は戯と同じような小柄だが、筋肉隆々のSPを吹き飛ばす異常な腕力を持ち合わせるかわいらしい女の子だ。この前廊下で潜入任務が何たら~と楽しそうに話していたのを見かけた。


「それは単純に『潜入任務、戯ちゃんと頑張ってください』って応援もらっただけだぞ。何かやけに戯と、って所を強調してたが」


 不思議そうに首をかしげながらそう答える。


「……何で私?」


 どうしようもない不安が無意識に問いとして現れる。


「だってバディだろ?」


 彼は考える素振りも見せずにそう答えた。

 彼女はまだ少し把握しきれずにぼーっとしたままでいた。彼は再び口を動かす。


「ま、そんなことより休んどけ。戯を活かす戦術を幾つか思い付いてるんだ。上の奴らがそれ聞いてどう思うか楽しみだぜ。そうだろ? 戯」


 戯がいろいろ呑み込めたぐらいに贈られた問いに、少し遅れて、笑みを浮かべながら答える。


「……もちろん」


それに微笑みで返す。すると、游は立ち上がり、


「それじゃ、休め!腹減ってるだろうから適当にお粥かうどんでも。あ、うどん無いからお粥でいいか?」


 冷蔵庫を探りながらまた問いをぶつける。


「うん。いいよ」



 

 これは、小さな国のとあるバディの話。





「……あと、藍さんと飲み行かないで」

「え、何で?」

 

 

 



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