影はしだいに
「ねぇ渚?私、今ね、とてもうきうきしているわ」
浩二たちに追跡されていたとは欠片も知らない霧島と渚と呼ばれたマネージャーは
知らぬまま彼らを巻いた高級マンションの一室にいた。
「どうしたんですか?」
「だってそうでしょ?私はもうすぐお金持ちの玉の輿よ」
レースのカーテンをひらひらと遊ばせながら霧島は渚に話をした
「女優ももうすぐおしまい。彼と結婚して、それから・・・
そうね、結婚する前に事務所にも何も言わず婚約発表でもしてやろうかしら?」
「だめですよ、社長だって今までよくしてくれたじゃないですか、迷惑はよくないですよ」
「あぁーそうかもね、でももう関係なくなるじゃない。」
クスリと卑しい微笑を浮かべてカーテンから手を離す
「人気女優、友人の死後に突然結婚!?引退発表!?かけおち相手は財閥跡取り!?」
両手をいっぱいに広げ部屋中をくるくると回りながら楽しそうに言葉を流す
「きっとこんな見出しの週刊誌が書店にもコンビニにも棚を埋めるほどに並ぶんだわ」
「私はこのまま邸でお手伝いをさせて頂くからいいものの、他の方から反感を買いますよ」
「さっきも言ったでしょ?関係なくなるのよ」
「ファンだって黙っていませんよ、ここに来る前のしつこかったストーカー達が
何をやりだすかも分かりませんし・・・」
「おもしろいじゃない、この街には、今の私には、”あいつ”がいるのよ?」
◇◆◇◆◇◆◇
鈍くて深い痛みが右足の太ももにある
枕元の目覚ましには4時33分とデジタルの数字が時間を刻み入れている
だが、それがあるのは俺の枕元ではなかった。
いや、俺は枕すら使用していない。
昨晩、憤慨した彼女はそのまま一言も話さぬまま俺のベットで寝てしまった、
だからそれがあるのはあの枕元だ。
そして、俺のベットはこれ。三枚並べた座布団。
掛け布団は?
何を聞く気だよ?そこまで哀れじゃあないさ。
俺の掛け布団はこれ、ジャケットだ。多分これから先も幾度となくお世話になるだろう。
「っつ」
起きてすぐに感じた太ももの痛みを思い出す
「ぁ~~」
膝までズボンを下ろして太ももを見ると青くて痛々しいアザが広がっていた
「そんな強く叩いたっけな?」
昨日の一件、影を追い払った代償にしては大きいんじゃないか?
そんなふうに感じながらズボンを穿き直す。
すーぴー・・・すーぴー・・・
と可愛らしげな寝息を立てている彼女は・・・
「俺の枕がぁ・・・べちょべちょじゃねぇかよ・・・」
べちょべちょだった。
怒りが浩二の血潮を滾らせる。
「・・・っくそ、こいつ、どうしてやろうか」
拳を握りしめて眉間にしわを寄せて開いた眼をギラつかせ・・・
「・・・っ。やべ、鼻血でた」
かっこ悪りぃ・・・突然噴き出した鼻血は怒りの血潮ごと鼻から出ていってしまった。
「んぁ・・・・?」
「お、」
鼻の根元を強く掴んで、女の子の声の方を確認した。
「ん~~・・・ふぁっ!」
こいつなかなか個性的なあくびだな。
浩二が見たのは彼女のあくびだけではなかった。
「やばい!ほっぺに俺の鼻血付いちゃってる!」
線の細い繊細で儚げな人形のような愛らしい顔だち。
そんな彼女の頬にはに赤いワンポイントが入っていた。
「あ~これ絶対こいつ怒るってっ!寝ぼけてるうちに!」
さっさとふき取ってしまおうと彼女の頬に手を上した
「・・・・・・?」
「・・・・・・!」
は、鼻血しか見えてなかった!
「・・・何?」
彼女は眼をぱちくりさせて俺を見ていた
「あ、鼻血。出ちゃったの。」
「・・・・・・」
いちもつ「おはよう」
膝「おはよう」
◇◆◇◆◇◆◇
キーーーーーーーッ!!!
甲高い嫌音を立てて一本の列車が三条駅にやって来た
「諸岡。タクシーと彼女はちゃんと来ているんだろうな?」
「はい、タクシーはあちらに。霧島様は我々の手配したマンションに一時的に。」
「よろしい。」
スーツの男はネクタイを直しながら年配の男性と一緒に駅に降り立った。
大きなアタッシュケースを持っている。