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存在スポットライト 始

 昔からオレ(影山晴(カゲヤマハル) 十六歳)は、存在感というものが薄い。家族などの血の繋がった人間は大丈夫なのだが、逆にいうと、それ以外の人間には存在をとことん感知されない。

 学校の出席確認の際は、名前を呼ばれず終わることはしょっちゅうで、自慢じゃないが、今までの学校生活で一度も、授業での問いかけに当てられたことがない。

 突然だが自分は、喋りに飢えている。親友や恋人同士が親しげに話しているところを見ると、どうしようもなく舌と喉が疼き、胸が痛くなる。

 あの輪の中に入りたい……しかしそれはできない。その理由は、オレがいつの日か勇気を振り絞り、親友ができたその翌日に言われた言葉(セリフ)が想起されるからだ。

 

 ――誰? お前。

 

 キュッとお腹が締めつけられる。最初はオレのことをからかっているとも考えたが、眉をひそめ、口をぽかんと開けていることから、本当に忘れたのだろうと直感した。

 あの日以降、どうしても一歩を踏み出せない自分がいる。話を聞く限り悲惨としか思えない状況。しかしオレは、たった一つだけ幸福を見いだした。それは……


「今日も、可愛いな……」

  

 HR(ホームルーム)を終えて、一時間目が始まるまでのわずかな時間。突っ伏した姿勢は変えず、片目だけに外部の世界を映し出す。視線の先は、窓側の前から二番目の席。

 窓は半分ほど開け放たれていて、席に座っている彼女の二つしばりにされた黒髪が、ふわりとカーテンと一緒に舞い上がっている光景を眺めていた。

 淡く白い、小さくて触れただけでも壊れてしまいそうな手で頬杖をつきながら、ぼんやりとした目つきで窓の外を見つめている。

 なにを考えているのだろう……と、自分の意識とは勝手に妄想せずにはいられなかった。

 普段は親友などとのお喋りで笑顔が絶えないのだが、ふといなくなった瞬間、物思いに耽っているような顔つきも、オレはすごくいいなと思った。

 ぱっちりとした大きな目元も、薄ピンク色でツヤのある唇も、気を抜けば釘付けになってしまいそうでいつもハラハラする。

 信じられないことに、オレの存在をちゃんと認知していて、話しかけてくる貴重な存在。とくに口元に手を当てながら笑う仕草はたまらなくかわいい。

 存在感がなくて唯一得をしたこと。それは――好きな人(花山春近(ハナヤマハルチカ))をどんなに見つめても周りに気づかれないことだ―― 


    *

  

「春近さんと、ちゃんと話してみたいな……」


 放課後、オレは隣に誰もいない帰り道で、独りごちる。周りを見渡すと、教室のときとなんら変わりない様子で雑談する生徒たちが見えた。思わず目をそらす。

 たしかにいくら凝視しても気づかれないのは利点だが、どうしても欲が湧いてしまうのが人間というものだ。彼女は今日も親友と楽しそうに話していた。羨ましい。

 今日のオレはいつも通りの一人。学校へ行くときも。用を足すときも。ご飯を食べるときも。今までの学校行事でも。もうすでに慣れてしまったのだが。

  

「……存在感を出すにはどうしたらいんだろう……?」

 

 久々に自身に問いかけた。この問題に抗った時期もあったが、いつしか無理だと悟ってしまい、その間はなにも考えずに生活していた。

 思考が錆びついてしまったのか、こうして考えていても正直ピンときていない。整形をしたらなんて考えたが、あいにく元がいいわけじゃないので見込みは薄いだろう。

 

「テストの順位はほぼ毎回中くらいだし、かと言ってなにか極めようとすると絶対途中で飽きちゃう性格だし、オレっていったい……」


 このまま、身内以外に存在をほぼ認知されることなく、寂しい生涯を終えてしまうのだろうか? そう考えると怖くなってしまうので、オレはずっと目を逸らしている。

 でも、いつか必ずやってくる。狭く窮屈な棺桶に押し込められ、業火に焼かれるその日が。そのとき、オレのために泣いてくれる人間は、どれほど残っているのだろうか。


「はぁ……簡単に存在感をあげられる道具とかないかな……」


 もちろんあるわけがないというのは承知している。しかし嘘から出たまことなんて言葉(セリフ)があるように、こうやって口に出していけば、いずれ願いはかな―― 


 ドンッ

 

「――えっ?」


 横断歩道を渡り切る直前、飛んでいる。自分の体が飛んでいる。なんの脈絡もなく、きっかけもなく、本当にいきなり。

 でも飛び方が変だ。手を翼に見立てて飛行しているのではなく、どっちかっていうと、飛んだというより、()()()()()()()みたいな……、


「ゴハッ」

 

 胃から逆流するようにして、血反吐が口からこぼれ出る。飛んでいると頭で理解したそのすぐあと、体は勢いよく地面に叩きつけられた。ゴキュッと鼻の骨が折れる。

 硬くざらざらしたアスファルトの感触が痛々しい。そこにしっとりと、じんわりと紅く、紅く、染まっていく鮮血。まるで一種の前衛的なアートだ。

 これはなんだ? と頭が理解を拒んでいる。いや、理解ができなくなっている。代わりに痛覚が声高に主張してきた。


「い、痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……いたァい!!!!」


 声はヒューヒューと乾いた風みたいな音を出すばかりで、うまく喋れない。どうやら自分は――事故にあったらしいとここでようやく理解した。

 それだけでも信じられない事実なのだが、なにより体から流れ出る紅い血と、耐え難い地獄のような苦痛が嘘ではないと証明してしまっている。

 そしてさらに、追い打ちをかける事態が発生してしまった。オレを轢いた車から運転手が出てきたが、その顔はまったく罪悪感を抱いていないような顔だ。


「なにかぶつけたような……気のせいか!」

「ちっ、ちが……う……」


 なんと運転手は、オレを轢いたことにすら気づかずに再度エンジンをつけると、そのまま発進してしまったのだ! ダメ押しの排気ガスを顔に噴射させられた。


「助けて……たす、けて……」


 なんとか手を上げて自分の存在をアピールするが、向かいの歩道を歩いている女子生徒や、買い物袋を持った中年女性、ランニングをしている老夫婦。

 そのすべての人がまるでオレのことは最初からいないもののようにして通り過ぎていった。血の一滴一滴が、死へのカウントダウンを示しているようだった。

 

「ありゃりゃ。せっかく話しかけようと思ったのに、物語が始まる前に主人公が死ぬのは、異世界漫画だけでいいんだヨ。これそうゆうのじゃないから」

 

 なんだか強烈な眠気がオレを包み込もうとしていたころ、どこかからか女の声がした。真紅に染まった耳からは、足音がカツカツと聞こえてきた。そして、


「ぃよっと」


 その女の人は片手で軽々とオレを持ち上げると、服が汚れたなどと愚痴を吐きつつ、なぜかオレの家の方向へと足を運んでいったのだった――


    *


「……ここ、は……?」


 てっきり誘拐されたのかと思ったが、視界に映っているのは知っている天井。ここはオレの部屋で、今はベッドで横になっていた。

 どうやって来た? と考えてすぐに運んでくれた女の人が頭をよぎり、オレはすぐさま起き上がる。その人は座ったまま学習椅子を回転させて、こちらに向き直った。

 

「やぁやぁ、気分はどうヨ? その様子じゃ、もう体は大丈夫そうだね」

 

 声からして、オレを横断歩道から運んでくれた人だ。スラッとモデルのように細身で、黒いシルクハットを目元が隠れるほど深々と被っている。

 唯一見える薄桃色の口元はニヒルな笑みを浮かべていて、美しくもどこか不気味でつかみどころがない印象を受けた。

 服装は真っ白なショートトレンチコートに、白黒のチェック柄のネクタイ、そして同じ配色のチェック柄のミニスカート。

 ボクの物語(タビジ)が、音を立てて動き始めた――

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