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優しい怪獣と意地悪な怪獣 2

「あの中にいたら一瞬忘れさせてくれるけど、わたしたち、嫌になるくらい大きいのね」

辺りに広がる小さな世界を見て、小鈴ちゃんがため息をついていた。また身長コンプレックスを発症しているらしい。


「小鈴ちゃん。違うよ」

「え?」

「わたしたちが大きいんじゃないよ。この世界が小さいんだ」

別に、わたしたちが大きくても、この世界が小さくても、目の前に広がっている世界がわたしたちには小さすぎるというのは同じことだ。けれど、小鈴ちゃんは自分の大きさが嫌みたいだから、ちょっとでも考え方を変えてあげたかった。


「そっか……」

小鈴ちゃんが小さく息を吐いた。

「ありがと」

小鈴ちゃんがわたしの手を握る力が強くなる。


ここからわたしたち用の大きなグラウンドを1.5キロほど歩いて進んでから、一般生徒と巨大少女の校舎を隔てている標高150mの小さな山を超える。一般生徒ならそれなりに超えるのに労力のいる山なのだろうけれど、わたしたちならほんの1分足らずで移動ができた。左手に小鈴ちゃんの柔らかい手を握りながらでも、簡単に超えてられてしまう。わたしたちの腰の高さにも満たない小さな校舎や、体育館、それに指先に乗ってしまいそうな鉄棒や水飲み場。全てがミニチュアの世界に足を踏み入れる。わたしたちは間違って人を踏んでしまわないように、ジッと下を向きながら、一歩ずつゆっくりと歩を進める。


「一般生徒の人はいないよね?」

小鈴ちゃんが恐る恐る尋ねてくる。

「大丈夫なはずだよ」

わたしたちの移動時間が指定されているということは、この時間帯には誰もグラウンドには出ないように指示はされているはず。


「まあ、いても勝手に避けるでしょ」

わたしが呑気に言うと、小鈴ちゃんは顔を顰めた。

「ねえ、月乃ってずっとその考え方でやってきたの……?」

「え?」

「いや、お気楽っていうか、建物の一つ二つくらいは壊したことありそうな感じだから……」

「一つ二つっていうか、歩道橋に足引っ掛けて転んだ時に、街を半壊させちゃったこともあるかな……」

「いや、それヤバいでしょ……。ねえ、まさか人殺したりしてないでしょうね?」

「みんなもう慣れてるから、わたしが通る道は初めからすごい逃げてくれてるよ。わたしの姿は遠くからでもよく見えるから、みんな移動が早くて助かるよね」

「あんたの街の人たち、めちゃくちゃ訓練されてるのね……。ちょっと羨ましいわ……」

小鈴ちゃんがため息をつく。


「小鈴ちゃんのところはみんな慣れてなかったの?」

「うん、うちの街は、みんなわたしのこと怖がっていたから、そんな月乃のところみたいに友好的な関係は築けてなかったわね。ていうか、そもそもわたしが家の外にほとんど出てないし……」

また小鈴ちゃんが悲しそうな顔をした。あんまり小鈴ちゃんの昔の話は触れない方が良いのかも。さっさと明るい話でもしようと思ったのに、タイミングが悪かったみたい。グラウンドの付近にある通学用スクールバスから降りてきた一般生徒の子たちが、わたしたちの方を見て、指差した。


「怖っ、怪獣じゃん」

「偏差値高いから来たけど、あんな子たちと同じ学校に通うとか嫌すぎなんだけど」

わたしは気にしなかったのに、小鈴ちゃんが泣きそうな声を出していた。

「怪獣か……。まあ、そうだよね……」


わたしはしょんぼりしている小鈴ちゃんに肩を引っ付けて、耳元で呟いた。

「いいじゃん。怪獣、カッコいいじゃん!」

わたしが言っても、小鈴ちゃんは首を横に振った。ふんわりと巻かれた髪の毛が大きく揺れて、驚いた鳥が慌てて小鈴ちゃんから逃げるようにして飛んでいた。

「人間の敵の象徴みたいな生物に例えられるなんて嫌よ……。ここでもみんなわたしからどんどん距離をとって、一人ぼっちになっちゃうんだわ……」

小鈴ちゃんの足が止まる。彼女の中にある大きさへのコンプレックスは、多分相当根強いものなんだろうな……。


「よし、わかったよ、小鈴ちゃん!」

「何が……?」

弱々しく尋ねてくる小鈴ちゃんの手を離して、わたしは校舎に向かって走り出した。

「ちょっと、走っちゃダメよ!」

後ろから驚いた声を出す小鈴ちゃんの制止を聞かずに、わたしは走った。


わたしの走る足音はきっと地響きになって一般生徒用の校舎まで響いていると思う。机とか、棚とかもわたしの体重の起こす揺れには耐えられずに大きく揺れてると思う。後片付けとか大変かも、という申し訳なさの感情を持ちつつも、わたしは小さな校舎の目の前にやってきて、校舎を見下ろした。


多分、本気で壊そうと思ったら3分もせずに全部壊せてしまいそうな小さな校舎。自分たちの学校を3分で壊せるような巨大少女のことは、実際に通っている人から見たら確かに怪獣に見えるのかもしれない。だけど、それで小鈴ちゃんが傷付いてしまうのはわたしはやっぱり嫌だった。悪いけどちょっとだけ怖がらせちゃうね、と心の中で謝りながらわたしはゆっくりと右足を校舎よりも高い位置に上げた。

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