40メートルちょっとの同級生 1
外で萩原先生のことを紹介してもらっていたら、いつの間にかもう時刻は朝の6時近くになっていたようだ。すっかり日の出の時間になっていた。建物内に入ったわたしたちは、窓から入る日差しを受けていた。
「じゃあ、適当に荷物の整理をしたら、ゆっくりしてて良いわよ。入学式が始まったら、一般生徒用の体育館前のグラウンドのところに来るようにしてちょうだい。わたしたちは寮長用の部屋にいるから、困ったことがあったら、いつでも呼んでいいからね」
萩原先生はそう言うと、東條さんに手のひらの上に乗せられたまま、玄関のすぐ横の部屋に入っていった。どうやら、寮長を兼任している東條さんもこの寮に住んでいるみたいだ。
部屋に入る2人を見送って、「わかりましたー」とのんびりとした調子を装って、玄関で手を振っておいたけれど、心の中でわたしは心臓が跳ね上がりそうなくらいテンションが上がっていた。2人が部屋に入ったのを確認してから、わたしは思いっきり両手を突き上げて、ガッツポーズをした。
「やばいって! すごいよ! 建物内だとわたしめちゃくちゃ普通の子みたいだ!」
とりあえず、テンション上がって無意味に壁を触ってみたけれど、わたしが触っても、びくともしない。一体どれだけ頑丈な材質を使っているのだろうか。普通の建物はわたしが触れただけで、大きく揺れてしまう。大きくなったばかりの頃は、古い建物を触って壊してしまったこともあった。だから、迂闊に建物には触らないようにしておいた。でも、ここなら大丈夫みたい。
それに、全ての大きさがわたしにちょうどいいサイズになってるから、この建物の中なら、わたしはどこからどうみても普通の女子高生だ。まあ、制服は中学のときのやつだから、高校生というよりも中学生に見えちゃうかもだけど。いずれにしても、わたしはここなら巨大少女としてではなく、一般生徒として振る舞えるんだ!
「すごいなぁ。天井も手伸ばしても届かないよ!」
わたしが天井まで背伸びして手を伸ばしても届かないなんて、きっとこの建物の中に大きなマンションも収納できてしまうのだろう。
「あぁ、感動的だなぁ」
思わず頬を押さえて感嘆の声を出す。
「って、そんなことやってる場合じゃないや!」
入学式までに荷物の整理をしておかないといけないし、同じ部屋の子にも挨拶しておかないと!
玄関のすぐ横、寮長室の向かい側ににある教室が、わたしたちが授業で使う教室みたいだ。普通の学校の教室に比べて狭く、3×2列に机が置いてあるけれど、それだけで教室後ろまで埋まってしまっている。最大6人しか使えないみたいだ。そして、さらにその奥にわたしたちが寮として使う部屋がある。廊下を挟んで向かい合わせになっている部屋を含めて、合計3室あった。各部屋2人ずつ使うから、やっぱりここは6人で使うのが限界らしい。
わたしは寮の部屋を同じ新一年生と2人で使うらしい。
「優しい人だったら良いなぁ」
中学時代は基本的には夏穂以外の子はわたしによそよそしかったから、新規での友達関係の築き方がよくわからなかった。緊張しながら、恐る恐る静かに扉を開けると、2段ベッドが壁際にあって、逆サイドの壁際には横並びの勉強デスクがあった。そして、勉強デスクのその奥には、全身鏡があって、その前で少女が立っていた。鏡に映る自分の姿に夢中になっている彼女は、わたしにはまだ気付いていないみたいだ。
わたしよりもかなり小柄な子で(と言っても、外に出たらビルと背比べできるくらい大きいんだろうけど)、ブラウンカラーの髪の毛をふんわりと巻いている、目鼻立ちの幼なげな子。なんだかドール人形みたいに思えた。「可愛い……」と思わず呟いてしまうくらい、愛らしい見た目をした子だった。
そんな彼女が、全身鏡の前で、くるくると回っている。スカートがほんのり遠心力で舞っていた。そして、何周かしたら、彼女は突然頬を押さえて、うっとりとした表情で鏡の中の自分に向かって独り言を呟く。
「すっごい! 今のわたし、可愛いすぎるわ! どうしよ!」
そんなことを言ってから、デスクの上においていたスマホを取ろうとした時にこちらに顔が向いたから、わたしに気付いたみたい。彼女は顔を硬直させて、冷や汗をかいていた。だから、わたしは頷いてから、伝えてあげる。
「うん、すっごい可愛いよ」
「見てたの……?」
「鏡の前でくるくるしてたのは見たよ」
途端に彼女は顔を真っ赤に染めて、早足でわたしのほうに近づいてくる。
「可愛くないから! お世辞言わないで! 気持ち悪い!!」
「えぇっ……」
なぜか怒られてしまった。どうやら、見た目は可愛い子だと思ったけれど、性格は怖い子だったみたい。
「そんなことないけど……。お人形さんみたいで可愛いよ?」
「どこの世界に身長43メート……、40メートルくらいのお人形さんがいるのよ! そんなのホラーじゃない!」
途中で身長を言い直してサバをよんだ。3メートルも誤魔化すなんて、なかなか大胆な子である。
「ホラーかなぁ? わたしよりちょっと小さいくらいのサイズ感のお人形さんみたいな女の子、可愛いと思うけど?」
「あんたがデカすぎるんでしょ? わたしたちのサイズ感だと小柄でも、足元の人から見たら、とっても巨大で怖いのよ! どうせ怪獣なのよ、わたしたちは!!」
泣きそうな顔で興奮気味に伝えられた。そして、彼女がポツリと呟く。
「ごめん、デカすぎるとか言っちゃった……」
謝られたけれど、わたしは何を謝られたのかよくわからなかった。
「別に謝ることじゃないと思うけれど。実際にわたしでっかいし。来る途中だって、大きさを活かして街路樹を持ち上げてきたんだから」
さっき女性警察官の人に褒めてもらったから、えっへん、と胸を張ってドヤって見せた。そんなわたしのことを彼女は不思議そうに見つめてきた。
「大きいって言われるの、嫌じゃないの?」
「全然。でも、褒められたらちょっと照れちゃうかも」
わたしが答えると、少女が小さく呟いた。
「変な子……」
どうやら、わたしは変な子らしい。でも、一体どこがだろう? 彼女の言っていることがよくわからなかった。