絵美莉の憧れの人 4
暗いポケットの中に巨大な手が入ってくる。次に光を浴びた時、すべてが巨大な世界の中にいた。小鈴がポケットからわたしを出してくれたらしい。手のひらから周囲を見渡すと、ここが普通の場所ではないことに気付く。
看板みたいに巨大な本があったり、街灯みたいな電気スタンドがあったりするから、多分学習机か何かの上なのだろうけれど、そのスケールはどれもこれも半端なく大きい。全景はごく普通の寮の部屋みたいなのに、何もかもが30倍サイズだった。
「まるで小人になったみたい……」
現実としてこの場所を理解しようとしたのに、それよ先に小鈴が手のひらを傾けたから、わたしの身体が急斜面を転がる。
「痛た……」
もっと丁寧に扱ってくれたらいいのに。呆れながら、上を見ると、椅子に座った小鈴がわたしのことをジッと見下ろしていた。机上に肘をついて見下ろしてくる姿から圧を感じてしまう。唾でも吐いてくるんじゃないだろうか。そのくらい得体の知れない不安さがあった。
「スマホ出しなさいよ」
小鈴の冷たい声が聞こえてくる。
「い、いやです……」
小鈴とわたしは多分同学年だけれど、その声の迫力のせいで、思わず敬語になってしまっていた。
「じゃあ、データ消して」
追撃みたいに発される冷たい声。わたしは首を横に振って拒む。だって、このスマホの中にはさっき撮った月乃様の写真だって入っているのに。大事な写真を消すわけにはいかない。
「わからないかな……」
呆れたようなため息交じりの声が出される。ため息で髪の毛を揺らされ、彼女の圧倒的な大きさを嫌でも理解させられる。
「あんたのことなんてどうにでもできるのよ?」
上空から少しずつこちらに近づいてくる手のひら。まるで、天井が落ちてきているみたい。このままだと潰されてしまう。
「や、やめて!!」
わたしの叫び声を聞いたからだろうか、手のひらの動きは止まった。
「わたしはただ手を机の上に置こうとしただけなのに、そんなに怖いのよね? 悪いこと言わないから、これ以上怖い思いしたくなかったら、さっさとわたしの言うことを聞きなさい。スマホを壊せなんて言わないわ。とにかくさっきの写真を消して。わたしたちが巨大だってことがわかるようなものを世界に残して欲しく無いから」
一応、小鈴が必死にわたしの大事な写真を消したがっている理由はわかった。
「わかりましたよ……」
仕方がない。わたしはスマホを操作する。小鈴が上空から見守ってくる中、データを消したのだった。せっかく月乃様の麗しい姿を直接撮れたというのに……。
「これで解放してくれますか?」
早くここから出たい。全てが巨大な世界は自分がどこまでも無力になってしまったみたいで嫌だった。もちろん、月乃様がいれば無力でもなんでも良いのだけれど、残念ながら月乃様はここにはいないみたいだし。とりあえず、さっさと普通サイズの世界に戻りたいのに、小鈴は相変わらず冷たい声を発する。
「まだ大事な話が残っているわ」
「大事な話?」
一体これ以上何を月乃は話そうとしていると言うのだろうか。
「あんたはなんでわたしたちの写真を撮ったのかまだ聞いてないわ。興味本位? それともわたしたちが巨大なことネットで晒してバズろうとでもしたのかしら?」
「ち、違います!!!」
それは全力で否定した。そんなことするはずない。
「そうなの?」
「はい、まったくそんなつもりないです!」
そこははっきりと、自信満々に答えた。むしろ月乃様を大衆の好奇の目に晒す機会は少しでも減らしたい。
「もし嘘だったらわたしのこと踏み潰してもらって大丈夫ですから!」
「自分から踏み潰されて良いとか言わないでよ」
小鈴が呆れたように言う。さっきは小鈴の方から巨大な体で潰してしまうと脅しをかけてきたのに、わたしが言うと止めてくれた。思ったよりもまともな人なのだろうか。
「小鈴さんのこと怖い人だと思っていたけど、本当は潰したりするの嫌いなんですね」
「当たり前でしょ。大きな体コンプレックスなんだから、嫌に決まってるわ。さっきはあんたがわたしたちのことネットに晒そうとしたと勘違いしたから怖がらせただけよ。悪かったわね」
コンプレックスと思っている割には、巨大さを利用してたっぷり怖がらされた気がするのだけれど……。まあ、いっか。とりあえず、話が通じる人間であることに安堵する。小鈴が悪い子ではなさそうだということを理解した。おかげで、すっかり気が緩んでしまったみたいだ。思わず、言う必要がないことまで言ってしまった。
「安心してくださいよ。わたしはそんな嫌なことしませんから。ただ月乃様の写真を撮りたかっただけです」
「月乃?」
「はい! わたし、月乃様のこと大大大好きなんです!!」
思わず声に出してしまった。その瞬間、小鈴の顔が曇った。
「は?」
(あれ? わたし何かまずいこといっちゃった……?)
「月乃のことが好きってこと?」
「はい! めちゃくちゃ好きですよ!」
”じゃあ、恋敵ってこと……”
その声が巨大少女の口から発されたとは思えないくらい小さな声で、本当に小鈴の口から発されたのかどうかもよくわからなかった。
それと同時に巨大な部屋の廊下の方から声がした。
「小鈴ちゃーん」
月乃様の声だ! 嬉しくなったけれど、その瞬間、巨大な手がわたしを包み込んで、簡単に隠してしまう。世界が暗闇になった。
「え?」
あっという間に近づいてくる手のひらにくるまれた。小鈴はサッと机の引き出しを開けて、わたしのことを閉じ込めてしまった。
「もう休み時間終わってるのに、何してるの? 授業始まってるよ」
「ごめんなさい、すぐに行くわ……」
外から聞こえてくる呑気な月乃様の声と少し緊張したような小鈴の声。
「月乃様、助けてください!! わたし引き出しに閉じ込められてます!! 出して!!」
向こうはわたしのことなんて覚えていないのに、必死に助けを求めていた。けれど、残念ながら声は虚しく引き出しの中で反響するだけだった。




