絵美莉の憧れの人 2
月乃様が小鈴を拘束してくれている間に、なんとか山のふもとまで来た。普段運動習慣がないせいで、広大な巨大少女向けのグラウンドを走るだけでも疲弊してしまう。ようやく巨大少女用のグラウンド用の端まで来たけれど、これから登らなければならない小高い山を見て、ため息をついた。
すぐ目の前にあるのは、普通サイズ生徒用校舎と巨大少女用校舎を隔てる標高150メートルの小山である。普通に登るだけでもそれなりに体力を使う。しかも、巨大少女が登ることを想定されているせいで、まともに舗装されていない道はかなり歩きにくい。
6メートルを超える靴の跡が無数についている地面はぼこぼこしている。おまけに巨大な事務員の東条さんがたまに履いているヒールパンプスのせいで大きな穴まであいているから、穴にはまって転ばないようにも気を付けないといけないし。
「まあ、とりあえず、登るか……」
憂鬱な気持ちを必死に振り払うようにして、小さな一歩を踏み出した。もはや疲弊しすぎて、走って登るなんて元気もない。
わたしが山を越えるくらいの時間は、月乃様が小鈴のことを止めておいてくれるだろうし、そこまで焦らなくても良いのかな。月乃様からしたら自身よりずっと小柄な小鈴のことを止めるなんて簡単だろうし。それこそ、ただギュッと抱き締めるだけで簡単に動きを止められそうなのだから。そう思ったけれど、思ったよりも早く月乃様が小鈴のことを解放してしまったのだった。
(え、ええっ!?)
まだわたし登り始めたばかりなのに!?
どうやら月乃様からしたらたった5メートルほどの丘みたいな感覚の山だから、もうわたしが登り切ったと思ったらしい。巨大な小鈴を野放しにして、一人で校舎に戻って行ってしまった。月乃様はめちゃくちゃ可愛いし、優しいのに、とんでもなくおっちょこちょいらしい。あまりにも自分たち巨大少女の強さについて無自覚すぎる。
「と、とにかく登らないと……」
見上げる山が先ほどよりもさらに大きく見える。身長40メートルを超える小鈴がこちらにやってくるまでに登りきらないといけないなんてあまりにも無理ゲーすぎる。わたしが一歩を踏み出すよりも先に、身体の内側から揺さぶってくるような揺れに襲われる。どうやら、小鈴がこちらに向かってきているらしい。
そんな彼女の一歩の大きさを見て、逃げ切ることは絶望的であることを悟らされてしまう。あれだけ必死に走ってきた距離をのんびりと歩きながら、あっという間に詰めてしまう。わたしが必死に30歩かけて移動した距離をたった1歩優雅に歩くだけで追いついてしまう巨人に勝てるわけなんてないのだ。
「……逃げるよりも隠れた方が良いのかな」
わたしは大きな木の幹に隠れて息を顰めていた。横から見たらただ木陰で休憩しているだけの無防備な状態にしか見えないけれど、上から見たら生い茂っている葉に隠れて、見えないはず。我ながら、良い隠れ場所を見つけられたようだ。
ズシンズシン、と少しずつ大きくなってくる足音に震えながら、ひっそりと息を潜めていた。小鈴に見つからないことを信じながら。
「あんな小さな歩幅じゃ、まだそんなに登れてないわよね? ねえ、まだこの辺にいるんでしょ?」
先ほどまで月乃様と戯れていた時とは全く違う、冷たい声が上空から降ってくる。小鈴が山の麓で立ち止まって、足元をジッと見つめた。その先に、きっとわたしもいるけれど、上手く木に隠れているから見えてはいないはず。
(と、とにかくここに隠れておいて、小鈴が諦めてくれるまで待ったら大丈夫なはず……)
完全に獲物と化している状態に、心臓が口から飛び出しそうなくらい緊張してしまう。声を出してしまえば小鈴に気付かれてしまう。両手で口元を押さえながら、必死に声を出さないように我慢する。
「ねえ、早く出てきてよ」
再び上空から冷たい声が響いてくる。胃にズシンと響くような大きな声。一切その場から動かずに、ただ声を発しているだけなのに、身体が勝手に震えだしてしまった。巨大少女は本気で怖がらせようと思えば冷たい声を出すだけでわたしたち普通サイズの人間を震え上がらせることができるらしい。
「ねえ、言うことを聞いてくれた方があなたの為でもあると思うけど? わたしもできれば穏便に済ませたいのよね。小さな人間の肉片とか見たくないし」
(に、肉片……!?)
ゾッとした。わたしのことを潰してしまう気なのだろうか。普通サイズの女子が言うのなら冗談になるのだろうけれど、小鈴が言うとシャレにならない。彼女なら、本気でわたしを潰せてしまう。
(で、出ていった方が良いのかな……)
でも、自分の30倍サイズの少女が怒っているのに、目の前に飛び出すのはあまりにも怖すぎる。今迂闊に出たら何をされるかわからない。彼女の強さなら、わたしのことを本当にどうにでもできるのだから。
「出て来ないと今からここを登るけど良いのかしら?」
上空から、丘の斜面を指差している。唾を飲み込んだ。怖い。登るって、脅しだよね。だって、わたしがここにいる状態で登り始めて、万が一上からスニーカーを乗せられてしまったら、質量27000倍の重みはわたしのことなんて簡単に潰せてしまう。小鈴が月乃様と比べたらずっと小さな小柄なはずの少女だとしても、体重40キロほどの普通サイズの小柄なわたしを潰すには十分すぎる質量だ。
「脅しじゃないわよ? 5秒だけ待ってあげるわ」
上空から念を押すための声が聞こえてくる。またわたしは背筋を震えさせた。出るわけにはいかないけど、怖くて出ていってしまいそう。息は荒れていて、もはや手のひらで口を押えても隙間から音がでてしまっている。大きな音となっているけれど、30倍サイズの少女からしたらわたしの息を荒げる音なんて小さすぎて聞こえないだろうから、そこだけはサイズ差があって良かったのかもしれない。




